この面談は特別なものになりそうな気がしている②
ダンジョンの最上階層マスタールーム。
既に新装開店の準備を終えたアイトはヒショと二人マスタールームに戻って来た。
点けっ放しは何か気になるという前世からの感覚で消しておいたテレビモニターを点け。
フロントの様子を移すとソファーに寝っ転がりヒショの太腿に頭を載せる。
「オープン直後に休憩しに来る勇者がいたら盛大に持て成してやるぜ!」
「流石はマスター。素晴らしいお考えだと思います。」
アイトの思い付きにヒショは平常運転でヨイショする。
「何かオープン記念のキャンペーンとかやりたいよね。何か無いかな。オナッホ無料貸出キャンペーンとかやろうかな?良いな。そうしよう」
アイトは名案を思い付いたといった様子で満足気だが、そのキャンペーンは確実にヤーサン初期に起こった一人遊び祭りの二の舞になる可能性が高いだろう。
あんな素晴らしい文明の利器を外の世界の人間が知ったなら“彼女って面倒臭いし別に作らなくてよくね?”とか言い出して局地的な少子化を生み出す可能性が濃厚である。
オ〇ホールとの熱烈濃厚接触である。
「あれ?タスケ君もう帰って来たんだ。お?後ろにいるのはもしや?」
色々と施策を考えながらぼんやりとモニターに映るフロントの様子を見ていると、入口が開いてタスケが中に入って来た。
今は本来外からの客を入れる時間ではないので、エマはフロントに立っていない。
代わりにミーアがフロントに置かれたモニターでスーパー鞠男に興じていて、タスケを一瞥だけして視線を戻した。
ミーアはラブホテルでテレビゲームに出会い、冒険者を辞めて12時間勤務休み無しの超ブラックラブホテルに就職したガチのゲーマーなのだ。
タスケが帰って来た程度の事でゲームを中断するような柔なメンタルは持ち合わせていない。
なので一瞥する以上の事はしない。
それが勤務態度としては0点だとわかっていても。
しかし。
タスケの後に続いて入って来た人物を見てミーアはゲームを一時停止して。
フロント内と客側を隔てる強化ガラスの隙間からでも取りやすい様に電話の位置をずらしてゲームに戻った。
ラブホテルは自由で伸び伸びと仕事が出来る職場である。
「このおじさんって悲ちんこを持ちしおじさんだったよな。連れて来るの早くない?」
「ちょっと記憶にございませんが」
タスケとスミスに挟まれる様にして入って来た赤毛のおじさんがエロイマン伯爵だと気付いたアイト。
エライマン伯爵ではなくエロイマン伯爵としての認識である。
ヒショは相変わらず覚えていないのだとして。
タスケから内線が入ったので面談の場所を決めて二人は指定した客室へと転移したのであった。
「ありがとうございます。それではお部屋に向かうとしましょうか」
受話器を置いてタスケはミーアに礼を言い。
振り向いてフォルカーに頷くと先導して客室に繋がる扉を開いた。
そこでフォルカーが目にしたものは。
ちょっと面白い謎の面を付けた人型と青白い肌で眼鏡をかけた魔族だった。
アイトがフォルカーとの面談に指定したのは豪華客船のデッキをイメージして昨晩ノリで作った客室である。
最近海とかプールとか流行ってるから両方ガッツリ楽しめる部屋があっても良くね?
そんな軽いノリで作られた客室は。
空は一面の青空で周囲は360度何処を見ても海。
四隅に丸みのある長方形のデッキは、中心にやや細長いプールがあり。
プールの水はラブボテルのイメージカラーであるピンクに見える仕掛けになっている。
プールの直ぐ傍にはゆったりと浸かれるジャグジー風呂があり。
プールで泳いで疲れた体を癒す事が出来る。
床は水を良く吸うベージュのタイルが敷かれていて。
座り心地の良いビーチチェアと日除けのパラソルがついたテーブルセットが置かれている。
寝室はデッキから階段で下りた場所に壁と天井がガラス張りで尋常じゃなく開放感のある部屋が用意されている。
まるで海の上で致す様な開放感である。
スミスの婚活パーティー用に作った客室も同様だが。
そもそも何人で使うのを想定して作っているのだろうか。
多人数で利用する場所を貸し切ったと考えれば、かなり贅沢な気分は味わえるのかもしれないが。
そんなビュースポットしか無い場所に立つひょっとこ面の男。
“邪魔だなぁ。あの人退いてくれないかなぁ。”そんな感想を漏らす映えたい系カップルの声が聞こえて来るぐらいに異物感しかないのだが。
これがアイトにとっての正装である。
明日には別の正装に変わっているかもしれないが。
ひょっとこ面を見てやや顔がにやけるフォルカー。
外の世界の人間へのひょっとこ面の笑いの訴求力は中々なのだ。
タスケは我慢しているがスミスとか吹き出しているし。
そしてアイトはフォルカーと向かい合い。
「よろちくねぇぇ?」
本日のスベりノルマを達成した。
「ラブホテルのオーナーをやっているオーナーだ」
「秘書のヒショです」
アイトとヒショがいつもの下りをやって。
「エライマン領の領主を務めているフォルカー・エライマンと申す。この度はよくぞ我が領に移転して来てくれた。深い感謝を申し上げる」
アイトがスベって場が白けたので笑いを溢す事無く言い切って軽く頭を下げたフォルカー。
少し前までは対等な関係を築けたらと考えていたフォルカーだったが、この素晴らしい景色を楽しめるであろう客室に入って、その考えは直ぐに捨て去った。
アイトの隣にいる魔族の女。
なるほど、あれはバケモノだ。
スミスから忠告を受けて一体どんな者だろうかと考えて。
フォルカーが想定していた強さの何倍なのか何十倍なのか。
想像が及ばない程に強いのだけは理解出来る。
どう考えても危険な存在だが。
危険だからと言ってどうにも出来ない、そんな強さだ。
辺境にある山の奥地に住むドラゴン様には絶対に手を出しちゃいけないよ。
誰もが子供の頃に大人から言って聞かされる話だ。
実際に目にした訳ではないが、その話に出て来るドラゴンに近い存在だと考えれば想像もし易い。
それまではラブホテルが移転して来た事を手放しに喜んでいたフォルカーだったが。
どうしても一つだけ確認しておかなければならない事が出来た。
「このラブホテルはダンジョンと見受けるが。通常のダンジョンにあるモンスターの氾濫が起きる可能性はあるのだろうか?」
これは非常に重要だ。
万が一にでもヒショがダンジョンから出て来たら、どれだけの被害が発生するのかもわからない。
少なくとも直ぐ近くにあるエライマンは一瞬で壊滅するだろう。
だからこれはエライマンの領主として絶対に確認しておかなければならない話だ。
「ああ、無い無い。外の世界だとスタンピードの仕組みって知られてないの?」
「そうですね。ダンジョン内のモンスターが増え過ぎた結果氾濫が起きるのだと言われています」
アイトの疑問にタスケが答える。
「そのパターンのスタンピード起こすのって相当馬鹿なダンジョンマスターだぞ。折角貯まったダンジョン力で際限無くモンスター生み出してるからスタンピードが起きるんだよ。大体そういう所のダンジョンマスターって知能が低いか本能の赴くままにいざ往かん系のモンスターじゃね?」
アイトの言葉を受けて過去に起きたとされる幾つかのスタンピードの事例と照らし合わせたフォルカー。
本能のままにいざ往かん系については理解出来なかったが。
「その通りかもしれない。スタンピードを引き起こして討伐されたダンジョンマスターは元々の知能が高いとは言えない種族のモンスターだったと聞いている」
過去の事例からアイトの言葉に同調して。
「だからうちは大丈夫だよね。少数精鋭だし。皆が出て行って戻らなかったら俺が寂しくて死んじゃうもんよ」
そう言うとヒショがアイトの頭を抱き寄せて胸に押し付けたが。
ひょっとこが邪魔をして感触が楽しめないが。
軽めにひょっとこにヒビが入ったが。
ヒビと言うよりも亀裂に近いが。
フォルカーがタスケの方を見ると安心しろとでも言う様に深く頷いた。
実際の所がどうであれ、最悪の事態になってしまえばどうする事も出来ないのだから気にし過ぎても仕方が無い。
ラブホテルが出来た事はフォルカー領にとって確実に利になるのだし、最悪を考えるよりも良い関係を築いて最高の結果を生んだ方が民にとってもプラスになるだろう。
そもそも簡単にスタンピードを引き起こす様な者が自分の症状を見抜いて秘薬を授けてくれるだろうか?
いいや、くれる筈が無い!
マカマカテラックスは神が作りし秘薬なのだ!
あれが手に入らなくなったら泣いちゃうもん!
フォルカーは多分に私事を挟んでタスケの事を信用した。
そしてタスケを交えての面談が始まり。
「わっはっは!フォルカー君よ!もっと飲みたまえよ!ヤマオカくーん!ザブトン持って来て!レアで!レアが旨いから!」
直ぐに面談から酒盛りへと変わり。
「何かラブホテルを売り込むキャンペーンをぶち上げたいのだがね」
「でしたら何組か限定で値引きをするのは如何ですか?」
「それなら私が個人的に金を出そう。希望者を募って休憩と食事付きで招待するのはどうだろうか?」
「良いねぇ!うちが半分負担するからラブホテルとフォルカー君の共同イベント20組限定ラブホテル無料体験祭りを開催しようじゃないか!わっはっは!楽しくなって来たぞ!」
「素晴らしい企画力ですね。流石はマスターです」
話が滅茶苦茶盛り上がっていた。
最早面談の体は成していない。
完全なる酒盛りである。
どうせ客が来ないので開店初日は休業と言う事にして。
普通に業務があると思って起き出して来たエマを呼んで。
蒼剣の誓いの残りのメンバーも呼んで。
マシマシオーク亭の二人も呼んで。
キッチンを増設してヤマオカにライブクッキングをさせて。
様子を覗きに来たレイさんも巻き込んで。
ワンポは呼ばなくても自主的に来て。
ミーアは部屋に籠ってゲームに耽り。
オーガズは忘れられていた。
楽しい酒盛りは蒼剣の4人がゲロリアスして船底に沈むまで続いた。
“冒険者は酒が強い”が定説の筈なのだが、それ以上に強い者達しかいなかったのだ。
タスケだけは口八丁手八丁で上手い事回避していて摂酒量を調整していたのだが。
余談だがフォルカーだけは帰りが遅いと様子を見に来たカロリーナと彼の側近に連れて行かれて途中退席となり。
屋敷に帰ると妻達に尋常じゃないぐらい滅茶苦茶怒られたのであった。
お読み頂きありがとうございます。
もし【面白い】【続きが読みたい】と思ったらブックマーク、評価お願いします。
作者のモチベーションを上げるなら数字が一番だって昔どこかの偉人が言ってた気がする。
カクヨム先行で公開していますので気になる方はこちらも是非。
https://kakuyomu.jp/works/16817330665881599043




