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夢幻喫茶店  作者: 泡沫
2/3

第二夜 ピエロからもとに戻る魔法

マスターの準備作業は慣れてからとにかく「いつもと同じ」を心がけていた。


不自然なところがないように、自分が自分でいられるように。


これは彼の自衛手段の一つである。彼でさえもこの世界は得体が知れないところ

なのだから。


最後に彼はいつもグラスに水を注ぎ、口を潤して客を待つ。


(まあ、喫茶店のマスターは接客業ですからね.. 喉のケアはしておかなければ

なりません。)


開店を知らせる鐘がなり、扉が開かれる。入ってきたのは活発そうでとても

可愛い女性だった。


「失礼しまーす。ってわぁ! おじさんは何者ですか?」

「ようこそ、夢幻喫茶店へ。私のこと..」

「もしかすると、ここに私を呼び出して、監禁しようとしてる!?」


(?? 私今話してましたよね? さてはこれ話通じない方だったりします? 監、禁?)


突如マスターに頭痛とともに頭のどこにもおいておきたくない記憶がよみがえろう

としていた。


(あれは半年前だったか、どこかの国の王女っぽい方がきて入るなり騎士?の名前を

叫んで... やめましょう、これ以上思い出すと頭痛がさらにひどくなります。)


「ゲフン、よろしいですかな? お嬢さん。ここは夢幻喫茶店。あなたを癒す

 場所であって、監禁する場所ではないと申し上げておきましょう。」


それと、この世界のこと、自分のことを合わせて説明した。

反応的にはまだ納得していなさそうだったが...


「えっ、閉店の時刻までこの世界から出られない? 嘘... 本当だ、扉、開かない」


彼女は入口の扉のノブを触ったが、押しても引いても扉は反応しなかった。


(やはり、この世界の法則はいまだ健在ですか。彼女自身がここから出るためには、

私が彼女の「 」を繋ぐ必要がある。さて、その「 」はなんでしょうか..)


「はい、お嬢さんの抱えている事情を解決しなければなりませんが.. その前に

 お嬢さんの食べたい物と飲み物をお伺いしましょうか。」


そういって、マスターは彼女に注文を聞いた。


「頼む物はなんでもいいの?」

「あまり手間がかからない物だったらすぐに用意できます。もちろん、手間が

 かかる物ほど時間がかかりますがね。」


マスターのその言葉に彼女は一瞬考えた後、牛丼と麦茶を頼んだ。

やっぱり毎日をのりきるには、がっつりした物を食べないとね!、と彼女は言った。


マスターもその考えには思うことがある。人間には集中して物事に向き合う時が

誰しも必ず一回以上はやってくる。いざその時が来た時に、普段の状態から切り

替えるスイッチが必要なのだ。


(私も慣れたもので、普段の状態でも客の応対ができるようになりましたが...

ええ。近いうちに私にもその時が来るでしょう。その場面で、一切の後悔が

残らないようにしなければなりません...)


「...? マスター?」

「おっと、これは失礼。少し考え事にふけっておりました。」


マスターは新しいグラスに麦茶を注いで、丼ぶりにごはんと調理し終わった牛肉

を盛り、そして箸をカウンターにおいた。


「おまたせしました。牛丼と麦茶です。」

「ありがとう、っていつの間に」

「現実世界よりは早くできあがるのでね。」


彼女はやっぱり怪しい人なんじゃ..、と言いつつ箸を手に取った。


「..ではありがたく、いただきまーす。んん、美味いこれ!」

「そういってもらえるとこちらもうれしいですね。」


やはり料理をふるまって良い反応をもらえた時は、晴れやかな気持ちになるのは

変わらないですねという感想をマスターは心の中にしまい込んだ。



「...で、私のことについて何か話さないといけないんだっけ?」

「ええ、ここに来る人たちは何かしら悩み事をもっていますからね。」

「そしたらうん、やっぱりこのことになるのかな。」


そういって、彼女は話を始める。マスターは彼女のために二杯目の麦茶を注いだ。


「私ね、アイドルになりたくて。で、オーディションに受かって、念願のデビュー

 ライブを二週間後くらいに控えてるんだけど最近、メンバーと話が

 合わなくて。」


「ふむ。新しい環境に新しい仲間。誰でもそんな簡単にすぐ打ち解けることは

 できないでしょうなあ。」


「最初は、私の話にみんな首を縦に振ってうなずいてくれたんだけどさ、最近は

 もうその話はやめて、練習に戻ろうとか、話かけても無視されるようになっちゃ

 ってさ、なんかいつの間にか温度差というか壁ができちゃったんだよね。

 

 いつの間にか私だけ浮いちゃってさ、ピエロみたいだよね、みんな私のこと嫌い

 になっちゃったのかな、そうだよね、...」


「お嬢さん、大丈夫ですか?」

「....わたしなんてきっと、そうよね..うん..」


パン! パン!

突然店内に破裂音が鳴り、彼女が顔を上げるとマスターの心配そうにする顔が

あった。


「..? あっごめんなさいしゃべりすぎて.. 私話始めるとちょっと止まらなくて..」

「ええ。ちょっとどころじゃないですね、それと...はい、

人の話も若干聞いてないですね..」

「っ。なあっ?!」


今まで普通に自分と接していたマスターがいきなり刺してくるなんて、彼女は

夢にも思わなかったらしい。口を開くも少しの間彼女の口からは何の言葉も

出てこなかった。


「あう..、確かにそうだけど、そこまでいわなくても..」

「大体わかりました。お嬢さんをピエロからもとに戻して見せましょう。」

「本当ですか!? なんだろう魔法とかかな..?」


「いえ、私にそんな大それたことはできませんよ。お嬢さん、ルールを

 作ればいいんですよ。」

「ルール..?」


若干まだ理解していない彼女を理解させるべくマスターは話を続ける。


「ええ、話始める前にどういう話をするかの大枠を決めて、話終わったら

 相手の話を聞きにまわる。とかですかね。自分でコントロールできない

 のなら相手に自分の話を止めてもらうとかもありだと思います。」


「えっ、でも嫌がらないかな、私の話止めるの...」

「あくまで私の予想になりますが、それはないですよ。」


そういってマスターは彼女に微笑んだ。彼女はまだ不安に駆られている

ようだった。


「大丈夫ですよ。メンバーの皆さんが、最初お嬢さんの話を聞いてくれたのなら

 そこまでお嬢さんのことを悪い風には思ってないはずですよ。」

「...、そっか。」


(...ふふっ、そこまで言われたら私もがんばるかー。 ...ねえ、今日はもう

終わるつもりだったけどさ、サビまでいかない? なんかxxxxxの話聞いて

やる気出ちゃった。)


彼女の脳裏に仲間の姿が呼び起こされていく。店内にはもう、不安がって落ち込

んでいた彼女はいなかった。


「ねえ、マスター。私もっとメンバーと仲良くなりたい。お願い、

 手伝ってくれる?」

「ええ、私でよければ是非とも。」


彼らは時を忘れて話し込んだ。彼女がまた一つ壁を乗り越えられるように。

彼女自身が彼女の目指すアイドルになるために。

気づけば今日もまた、夜が明けようとしていた。



「マスター、今日は..ありがとう。マスターももしこの世界から出れたら絶対に

 私たちのライブ見に来てね!!」


「ええ。もしお嬢さんと私の世界が一緒であれば、見に行きましょう。」


「大丈夫だよ、多分一緒だから。..じゃあ、またね!」


その言葉を残して彼女は扉を開け、店を出た。

そして、いつも通り閉店を告げる鐘が鳴る。


(今日も無事終わりましたか.. しかし、大きな夢や目標にまっすぐ進んでいく人は

どなたもとても眩しいですね。)


「さて、閉店後の作業をとっとと終わらせてしまいますか。」



...某日、某ダンススタジオにて


突然ドタドタ音が聞こえてきたかと思えば、彼女が走りこんできた。


「あれー?、奈津、もしかして寝坊した?」

「未来っー!! いろいろごめん~!」

「ってちょっ、いきなり抱き着いてこないでってなんで泣きそうになってんの?」

「え~、なっちゃんどうしたの?」

「亜里沙~!!」


奈津は何とか言葉を紡ごうとしたが、あふれ出した彼女の感情がそれを許さなかった。


「たぶん、またレットスの動画見て夜更かししたんでしょ、私数日前にも言った

 んだけどなー。」と未来。


「あ~。なっちゃん自分の話に夢中で話聞かない所あるもんね~。

 ほら、なっちゃんよしよし。」


「..ねえ、二人とも聞いて。私もっと二人の話ちゃんと聞く。だから、二人が何を

 考えているのか教えて。目指したいアイドルの話とか、あれしたい、これしたい

 とか、色々。もし、私が話しすぎちゃったら名前呼んで止めて。


 私も、ちゃんと自分をコントロールできるように頑張るから、」


だから、私を話に入れて。もうピエロになりたくない。と、彼女は言った。


一瞬の静寂が流れた後、未来と亜里沙は思わず笑いだしてしまった。

何が起こったのか困惑する奈津に未来が話しだす。


「なんでいきなり泣いたと思ったら..

 わかったよ。ちょうど私も奈津と本当の意味で話し合いたかったんだ。

 ピエロは..、ちょっとわかんないけど。それも含めてストレッチの後で話そ。」


「うん、そんなに顔くしゃくしゃにしてるのはなっちゃんらしくないよ、

 ほらっ、立って。勇気、を出してくれたのにそれを受け取らないのは私たち

 が申し訳なくなっちゃうでしょ。」


亜里沙に手を引っ張られ、奈津は立ちあがった。


奈津は今日また一つ壁を乗り越えた。しかし、彼女はまだスタートラインに立った

ばかりである。みんなに光を届けられるアイドルになる、という彼女の夢は

はるか彼方で、彼女たちはもっとその彼方の先へ跳んでいけるはずなのだから。

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