とりあえずの結び(その2)
密やかにとは言え普段から不出来の不評が聞こえてくる第三王子のレクサンドが、あろう事かぽっと出の小娘の色香に迷って婚約者のシーラを蔑ろにしていると聞いた時には我が耳を、次いでレクサンドの頭を疑い、婚約の白紙撤回も已む無きか、最悪は愚息の廃籍も――と覚悟した。
ところがそこへ降って湧いたのが、件の小娘に対する聖女認定である。
不義理・不届き・不誠実には違い無いが、仮にも王子がコナをかけている娘を聖女に認定するとは、教会は何を考えている……と当惑したが、能く考えればそう悪い手ではない。
仮に王家がこの娘に触手を伸ばせば、それは第三王子とこの娘との仲を認めるという事。王家とデュモア公爵家との不仲は抜き差しならぬものとなろう。小娘一人を使い捨てて、王家とデュモア公爵家との間に楔を打ち込めるというなら、教会としてもこれは充分に引き合う計算である。その場合に聖女認定を取り消すのは難しいだろうが、噂に聞くあの小娘の挙動が真実ならば、王家は爆弾を抱え込む事になる。
王家がちょっかいを出してこなければ、このままその娘を聖女に認定すればいい。既に二つもの奇跡を体現している者を聖女とすれば、教会の評判も権威も上がるだろう。しかもこの聖女は王家に伝手を持っているのだ。伝手の先にいるのは噂のバカ殿下であるが、それだって伝手には違い無いし、上手く煽れば王家の威信を低下させる事もできるかもしれない。懸念となるのは「聖女」自体の言動であるが、それだって教会の中に取り込んでしまえば、暴言暴挙の類も覆い隠す事は難しくない。
うぬぬと苦吟していたところで、第三王子がやらかしてくれた。何と学園の卒業記念パーティで、シーラとの婚約破棄を宣言したのである。
さぁどう落とし前を付けるんだ、白黒はっきりさせようじゃないかと迫るデュモア公爵であったが、国王必死の努力が奏功して、どうにか保留にまでは持ち込む事ができた。とは言え、第三王子に対する視線が厳しくなるのは避けられないし、デュモア公爵家の協力を得る事も難しくなるだろう。
そうなると……国王の努力で婚約保留にまで持ち込む事ができたが、それでも関係が微妙になっているデュモア公爵家に加えて、教会とまで手切れになるのは好ましくない。仮令デュモア家の神経を少し逆撫でする事になっても、今や教会との唯一の手蔓となった聖女との仲を、完全に切り捨てるのは得策ではない。必然的に、聖女に対する唯一の伝手を持つバカ息子を、軽々に切り捨てるわけにはいかない……
今や聖女は愚息との仲を精算したがっている――あんな愚行をやらかしたのだから無理もない――ようだが……それでも他に伝手と言えるものが無い以上、こんなか細い伝手でも切り捨てるわけにはいかなくなった……
「……堂々巡りのようだが……レックスを切り捨てぬ以上、その後ろ盾たるデュモア家との関係を白紙に戻すわけにはいかなくなった……」
「他に後ろ盾になってくれそうな家はありませんからね……」
「公爵家にはいい迷惑でしょうが……それでも公爵家にしがみ付くしか……」
「まぁ、これでレクサンド王子を担ごうとしていた一派も、完全に諦めるでしょう。お家騒動の火種を一つ潰したと言えそうなのが救いですな」
斯くして、王家・デュモア公爵家・教会の三者は、いつ暴発するか判らぬ不発弾を抱え込んだままに、ややこしい関係を続ける事になったのである。
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「そういう次第ですので、契約の内容にある〝王子との婚約の解消〟がまだ達成されておりませんし、あのスナギツ……サンドラがどう動くのかも予断を許しません。貴方たちの努力に不満があるわけではありませんし、どちらかと言えば申し訳なく思っているのですが……」
「今後もこの契約を続けていきたい――と?」
「えぇ。ご迷惑だとは思いますけど」
「お気になさらず。契約内容を達成できていないのは事実ですし、そんな状況で契約を放り出すなど、悪魔としての矜恃にかけてもできません。このまま契約を延長いたしましょう」
出 演
シーラ・デュモア:デュモア公爵家令嬢。
ヘクトー:令嬢とお試し契約した見習い悪魔。地味に体育会系。
上司:ヘクトーの上司。任務に微妙に失敗し続けるヘクトーのせいで胃が痛い。
レクサンド(レックス):シーラの婚約者であったアホな第三王子。
サンドラ・デ・フォークス:平民出身の女生徒。今回めでたく聖女に認定された(笑)。
――続くかどうかは未定です。




