とりあえずの結び(その1)
「本日は態々お越し戴き申し訳ありません。今回は例の一件、その後の顛末についてご報告しようと思いまして、ご足労をおかけいたしました」
「いえ、あの件は我々としても気になるところでしたからな」
真面目な表情でシーラ嬢の挨拶に応じる「上司」氏であったが……これは社交辞令などではなく、掛け値無しに彼の本音である。
卒業記念のパーティで主演男優が大熱演(笑)だったと聞いて、彼のみならず関係各位がうち揃って、その後の顛末を気にしていたのである。
悪魔の力を以てすれば、王宮に忍び込んで事情を探り出すなど造作も無いが、下手にそんな真似をして教会にでも気付かれ、依頼主に迷惑がかかってはいけないと、動くのを自粛していたのである。
悪魔のくせして……いや、契約に厳しい悪魔なればこそなのか、そういうところは律儀な連中なのであった。
「結論から申し上げますと、私と殿下の婚約は目出度く白紙撤回……とはなりませんでした」
シーラ嬢の発言とその微妙な声音に、悪魔たちは意外の表情を隠さない。
あそこまでやらかしたバカ殿下と婚約を続ける意義がどこにある? シーラ嬢ならその辺りは弁えている筈だし、デュモア家も切り捨てる気満々だったと聞いているが?
「それが……どういうわけか、陛下が予想外の粘りを見せたのです。表向き、婚約は一旦解消にするが、殿下が心を入れ替えた折には考え直してくれ――と」
「心を入れ替えるねぇ……」
「頭を挿げ替えた方が簡単なんじゃないですか?」
「私も同感ですし、お父さまも内心では同意していると思いますが……同時に、あまり王家を追い詰めるのも得策ではないと考えられたようです」
「「はぁ……」」
「それに最悪、シェイプシフターを頼るという手も考えられますし」
「「あぁ、なるほど」」
端で聞いていれば大概な話であるが、遺憾ながら内実は、彼らの言動の方に理がある。シェイプシフターどころか縫い包みの方がまだマシ――というのは、王子近辺に控える者たちの偽らざる総意であったりする。だって、縫い包みは余計な事を言わないし。
だが、それはともかくとして……
「そうしますと……場合によってはお嬢様とバカ殿下が縒りを戻すという可能性も……?」
多少疑わしそうなヘクトーの問いかけを、しかしシーラ嬢は言下に切って捨てる。
「あり得ませんわ。当家ではどうやって婚約を決裂させるか、その算段を巡らせている最中ですもの。陛下もどうして、今頃になってこんな往生際の悪さを発揮したのか……」
頻りにぼやくシーラ嬢であったが、王家には王家の都合と困惑があった。
事態の急展開――もしくは急転回――に頭を抱えていたのはシーラ嬢だけではない。何より王家がその筆頭であったのである。
それもこれも問題の根源は、平民出の一少女に過ぎぬサンドラが聖女に認定されるという、誰も彼も夢想すらしなかった成り行きにあった。
そもそも「聖女」というものは、王家の権威に対抗すべく教会がデッチ……掲げる旗印である。ゆえにこそ、聖女は王家とは距離を置く事が要求される。
それなのに、あぁそれなのに、此の度教会が聖女に認定したのは、あろう事か第三王子――まだ一応は王籍にある――が思し召しを示しているという少女であった。これに驚かずして何に驚けと言うのか。
まぁ尤も、件の少女サンドラの立場というのがまた微妙であった。何しろ第三王子は歴とした婚約者を持つ身。その婚約者を蔑ろにする勢いで、王子は彼女に言い寄っているというのだから……王家が件の少女を取り込む事は――政治力学の上からも――あり得ない。ならば彼女を聖女に認定しても、王家の既得権益を侵害した事にはならない……そう教会が考えたとしてもおかしくはない。
――しかし、これを王家の側から見ればどうか。




