7.卒業記念パーティ(その1)
「シーラ・デュモア! お前との婚約を破棄する!!」
声も高らかに婚約――国王の意向によって結ばれたもの――を勝手に破棄したレクサンド第三王子を見て、サンドラは目の前が真っ暗になるような虚無感を味わっていた。ここ暫くの間、機を見て折に触れては王子に忠告してきた自分の苦労は何だったのか。……このボンクラ、ちっとも解ってやしねぇ!
サンドラの聖女就任の噂が巷に流れて以来というもの不機嫌なレクサンド王子を、〝聖女なんていつでも辞任できるんだから〟――と宥め賺し懐柔して暴発を防いできたというのに……
(……そんな苦労もこれで全てパァじゃないのよ……ったく……このアホ王子!)
シーラ他二名を筆頭に、今なら多くの者が両手を挙げて賛同しそうな見解を胸に秘め、サンドラは素早く思案を巡らせる。このバカを切り捨てるのは既定の方針だとして……それは今やるべきなのか。
サンドラはここに至るまでの流れを反芻してみた。
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サンドラの聖女就任の噂が広まっていくにつれ、レックスは何かを考え込む事が多くなっていた。どうせアホな事に違いないと確信していたサンドラであったが、同時に卒業パーティでの婚約破棄宣言という――サンドラにとっては――最悪の可能性が色濃くなってゆくのをひしひしと感じており、それだけは思い止まるよう口を酸っぱくして嘆願していた。
が――レックスからは〝サンディが気に病む必要は無い〟という温かい、そして見当違いの言葉がかけられるばかり。これは愈々「バッドエンド」かと慄いていたところに、救いの氏神の如く声明を発表したのが教会であった。
――サンドラの聖女認定である。
卒業パーティで派手々々しく婚約破棄と新たな婚約発表をぶちかまそうと、独り勝手に考えていたレックスの出端を挫くが如き先制パンチであるが……少し考えてみれば解る事だ。「卒業パーティ」は飽くまで学園の行事であり、教会がそれを忖度する必要など無いのである。教会としては聖女認定の宣言をなるべく早く済ませておきたかっただけで、卒業パーティに先んじるという意識は無かったものと思われるが、結果的にはレックス王子の目論見を潰す事になったのは、図らざる運命の妙味というやつであろうか。
ともあれ、これで最悪の事態は回避できたと、胸を撫で下ろしていたサンドラ(他数名)であったが、諸悪の根源たるレックス王子の往生際の悪さは、彼らの想像をちょっぴり超えていたようだ。
幸いにして他国からの来賓の前での愚行は避けられた――国の体面を慮ったとかではなく、単にグズグズしていてタイミングを逃しただけだろうと、シーラとサンドラは睨んでいる――が、パーティがお開きとなって参加者が会場を離れ始めたまさにそのタイミングで……
「シーラ・デュモア! お前との婚約を破棄する!!」
――と宣ったのが冒頭の情景なのであった。
((((何でこのタイミングで――?))))
と、黙したままに仰天している四名――サンドラ・シーラ・ヘクトーおよび「上司」氏――をそっちのけに、レックス王子は滔々と婚約破棄に至った理由を――自己陶酔気味に――述べ立てる。シーラが如何に悪辣な女性であるか、サンドラが如何に素晴らしい女性であるか。
ここでこの後にサンドラとの婚約宣言が続けば、ラノベで能くある「婚約破棄もの」の定番展開なのだろうが……如何せん、肝心の「ヒロイン」は聖女に就任した後。王族との婚姻など絶望的なシチュエーションである。レックス王子もそこは弁えていたのか、この場での婚約宣言という暴挙には踏み込まなかったのだが……そのせいで、「王家の第三王子」が、「教会公認の聖女」の素晴らしさを力説するという妙な展開になってしまう。王家は教会と距離を保っていた筈だが、ここへ来て方針を変更したのか?
周りで聴き耳を立てている者たちも、困惑の面持ちを隠せない。王家と教会の関係に変化の兆しがあるというなら、これは聞き逃せない重要情報である。が……彼らをして困惑せしめている理由はもう一つあった。一応は本題の筈のシーラとの婚約破棄、その理由である。
……シーラ嬢は、聖女に及ばないという理由で、婚約を一方的に破棄されたのか?
当事者三名にそんな意図など微塵も無いにも拘わらず、事情を知らない傍観者にはそういう意味にしか受け取れない。理不尽な理由で婚約を破棄されたシーラ嬢も気の毒だが、破棄の口実として引き合いに出された聖女サンドラ嬢もいい迷惑ではないか?
風評被害の受難者となった女子二人が唖然とする中、空気の読めないレックス王子はなおも――相変わらず陶酔感たっぷりに――言い募る。




