5.暗躍する者たち(その3)
「つまり……どちらに話が転んでも、碌な事にならない可能性が多々ある――と?」
「ですから、余計な手出しは控えたいのですわ。当家に火の粉が降りかかってくるかもしれませんし」
確かに、その可能性が無視できない以上、危うきに近寄らないのが最善手であろう。
「そう考えると……教会の動きを探るのが最優先ですか」
「それと、教会の動きが殿下の耳に入るのも避けたいですわね」
「確かに……そうすると、我々が動く機会はありませんか」
幾分か残念そうな口振りの「上司」。簡単なようでいて予想外の難問となるサンドラ絡みの案件は、ヘクトーの修行には持って来いだと思っていたのだが……
「いえ……打てる手が皆無というわけでもないのですけれど……」
自信無さそうに呟いたシーラ嬢に、振り返った悪魔二人の視線が突き刺さる。この状況で何か打つ手があるというのか?
「正直なところ、効果があるのかどうかすら判らないのですけど……」
「打てる手があるというのなら、ご教示願えませんか?」
「できる限りの事はしてみたいと思います」
二人の熱意に押される形でシーラ嬢が口にしたのは、世慣れた「上司」氏にとっても予想外の一手であった。
「そうですわね……ヘクトー、あのスナギツ……彼女の脳裏に『バッドエンド』という言葉を吹き込めますか?」
「は? ……『バッドエンド』……ですか?」
「そこは掘り下げなくていいです。できますか?」
「それは……まぁ」
できなくはない――と言うより、悪魔にとっては容易い事である。だが、それにどんな効果が期待できるのか?
「いえ、効果を期待してというか……不吉な結果を暗示してやれば、あの女狐もそれを避けるために動くのではないかと思ったのです」
「「はぁ……」」
不得要領な顔付きの二人に、肚を決めた様子のシーラ嬢が説明を補足する。
「あのスナギツネは、バ……殿下への愛情よりも保身に走るタイプだと見ました」
「それはまぁ……」
「確かに」
その点に関して異論は無い。人の本性を見抜くのは悪魔の基本技能である。
……尤も、目の前にいる令嬢だけは、その対象外――と言うか、埒外――にいるようだが。
「愈々となれば殿下を切り捨てて、自分だけでも助かろうとするでしょうが、そうなるまでは殿下を見捨てる事はしないと思われます。愛情云々ではなく、まだ利用価値のあるものを捨てるのは勿体無いという感覚から」
〝それがエコというものです〟――という追加の呟きは別として、シーラ嬢の言う事は悪魔二人にも理解できたし、サンドラの性格についても納得できた。
「つまり……曖昧に危険を示唆しておけば、それを回避するように勝手に動いてくれる――と?」
「些か虫の良い期待なのは自覚していますけど、上手くすれば殿下の暴走を抑えてくれるのではないかと」
「なるほど……」
「王子の立場がどうとかいうより、自分が巻き添えになるのを避けるため――ですか」
「充分にありそうな話に思えてきましたな」
「仮に上手くいかなくても、こちらに不利益が及ぶ可能性は低いですし」
駄目で元々と思えば、それくらいの手間は何でもない。罷り間違って効果があれば、これは望外の儲けものではないか。
「……解りました。やってみましょう」
「えぇ、宜しゅうに」
――斯くして舞台は整えられた。




