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公爵令嬢と悪魔と婚約破棄  作者: 唖鳴蝉
第三章 物語の変容
13/18

5.暗躍する者たち(その3)

「つまり……どちらに話が転んでも、(ろく)な事にならない可能性が多々ある――と?」

「ですから、余計な手出しは控えたいのですわ。当家に火の粉が降りかかってくるかもしれませんし」



 確かに、その可能性が無視できない以上、危うきに近寄らないのが最善手であろう。



「そう考えると……教会の動きを探るのが最優先ですか」

「それと、教会の動きが殿下の耳に入るのも避けたいですわね」

「確かに……そうすると、我々が動く機会はありませんか」



 幾分か残念そうな口振りの「上司」。簡単なようでいて予想外の難問となるサンドラ絡みの案件は、ヘクトーの修行には持って来いだと思っていたのだが……



「いえ……打てる手が皆無というわけでもないのですけれど……」



 自信無さそうに(つぶや)いたシーラ嬢に、振り返った悪魔二人の視線が突き刺さる。この状況で何か打つ手があるというのか?



「正直なところ、効果があるのかどうかすら判らないのですけど……」

「打てる手があるというのなら、ご教示願えませんか?」

「できる限りの事はしてみたいと思います」



 二人の熱意に押される形でシーラ嬢が口にしたのは、世慣れた「上司」氏にとっても予想外の一手であった。



「そうですわね……ヘクトー、あのスナギツ……彼女の脳裏に『バッドエンド』という言葉を吹き込めますか?」

「は? ……『バッドエンド』……ですか?」

「そこは掘り下げなくていいです。できますか?」

「それは……まぁ」



 できなくはない――と言うより、悪魔にとっては容易(たやす)い事である。だが、それにどんな効果が期待できるのか?



「いえ、効果を期待してというか……不吉な結果を暗示してやれば、あの女狐もそれを避けるために動くのではないかと思ったのです」

「「はぁ……」」



 ()(とく)(よう)(りょう)な顔付きの二人に、(はら)を決めた様子のシーラ嬢が説明を補足する。



「あのスナギツネは、バ……殿下への愛情よりも保身に走るタイプだと見ました」

「それはまぁ……」

「確かに」



 その点に関して異論は無い。人の本性を見抜くのは悪魔の基本技能である。

 ……(もっと)も、目の前にいる令嬢だけは、その対象外――と言うか、埒外(らちがい)――にいるようだが。



愈々(いよいよ)となれば殿下を切り捨てて、自分だけでも助かろうとするでしょうが、そうなるまでは殿下を見捨てる事はしないと思われます。愛情云々ではなく、まだ利用価値のあるものを捨てるのは勿体無いという感覚から」



 〝それがエコというものです〟――という追加の(つぶや)きは別として、シーラ嬢の言う事は悪魔二人にも理解できたし、サンドラの性格についても納得できた。



「つまり……曖昧(あいまい)に危険を示唆しておけば、それを回避するように勝手に動いてくれる――と?」

(いささ)か虫の良い期待なのは自覚していますけど、上手くすれば殿下の暴走を抑えてくれるのではないかと」

「なるほど……」

「王子の立場がどうとかいうより、自分が巻き添えになるのを避けるため――ですか」

「充分にありそうな話に思えてきましたな」

「仮に上手くいかなくても、こちらに不利益が及ぶ可能性は低いですし」



 駄目で元々と思えば、それくらいの手間は何でもない。(まか)り間違って効果があれば、これは望外(ぼうがい)の儲けものではないか。



「……解りました。やってみましょう」

「えぇ、(よろ)しゅうに」



 ――()くして舞台は整えられた。

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