1.悪魔との契約(定形外)
ふとネタが浮かんできたので、流行りの婚約破棄ものに挑戦してみました。
「お試しセール? ……そういうのって、普通にあるんですの?」
「いえ、普通ではありません。……ただ……お客様がお呼びになったこの者がまた……何と言いますか、我々で言う〝普通〟のカテゴリーから些か逸脱しておりまして……」
「まぁ……」
草木も眠る丑三つ時、王都のとある屋敷の一室で密談を交わしている三名。
うち一人は育ちの良さそうなご令嬢であるが、このところその瞳は憂いの色に覆われている。……尤も現在は、想定外の事態に遭遇した驚きと戸惑いで、その憂色も吹き飛んでいるようだが。
そして、その令嬢と対話しているのは、黒尽くめの衣服をシックに着こなした、一見紳士と言えそうな男性であるが……現在の状況に鑑みれば、人間社会で言う「普通」のカテゴリーに含まれない事は明らかである。
何しろ、時は深夜で場所は令嬢の寝室という、それだけでも些かどころでなく不穏当なシチュエーションなのだが、問題はそんなところには無い。寝室という性格上、客用の椅子などは置いていないのだが……この(一見)紳士はそんな事は気にも留めず、令嬢の前の虚空に浮かんでいるのである。上から目線にならないように浮かんでいる高さを調整しているところを見ると、普通ではないなりにマナーというものを心得た人物らしい。……「人」であるかどうかはともかくとして。
そして、この場に控えているもう一人……先述の男性と同じような黒い衣服を身に纏っているが、今一つ着慣れていないと言うか着せられている感が強く漂っている若者……いや、少年と言った方が良いであろうか。目下話題の中心となっているらしい彼は、温和しく傍に控えて沈黙を守っている。
「何と言いますか……この者は悪魔にあるまじく生真面目で融通の利かない性分の上、実践の場では過度に緊張する質らしく……暴走気味になるのですよ」
「まぁ……」
「本来ならお客様の前に出せるような者ではないのですが……遺憾ながら、当節では真面目に悪魔と契約しようとする人間自体が減ってきているため、この業界を志望しようとする若手も減ってきておりまして……」
「まぁぁ……」
「伝統技能を絶やすなとの声に押されて……というのもありますが、再研修も一応は問題の無い成績でクリアーしておりますし、お客様なら波動も近いところがありますので、何とか上手くいくのではないかと期待しているわけでございまして」
一度でも成功体験を刷り込む事ができれば、それを糧に手際も進歩すると思うので、欺されたと思って――話している相手の正体に思いを巡らせた場合、些か問題のありそうな形容である――契約してもらえないか……というのが向こうの言い分であった。
「勿論、代価については勉強させて戴きます。ただ、できればお客様目線での評価レポートを提出して戴ければ――と」
「それくらいは構いませんが……〝波動〟ですか? それが近いかどうかというのが、契約の成否に影響するんですの?」
「あまり知られていないようですが……そのとおりです。とは言っても、幸運値がどうこうという話ではなく、お客様のイメージする依頼内容が正確に伝わり易い……と言えばお解りでしょうか?」
「あぁ……依頼人が自分の希望を正確に伝えられるとは限りませんものね」
「然様でございます」
「はぁ……悪魔との契約というのも大変なのですわね」
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事情を少し説明しておくと、スレた……失礼、物慣れた向きには「婚約破棄もの」という一言でお解り戴けるであろう。
彼女はとある公爵家の令嬢であるが、王家の意向――と言うか嘆願――によって、出来の悪い第三王子の婚約者を押し付けられていた。
ところがそのボンクラ王子が、何をどうトチ狂ったものか、令嬢との婚約を一方的に破棄して、平民出のヒロイン(笑)を正妃に迎えようとしている……というのが、どこかで何度も聞いたような現状なのである。
公爵令嬢の方もそれを知って、元々少なかった王子への好意は跡形も無く消し飛んだのだが……両家の親たち――片方は国王夫妻――に心労を掛けるのは避けたいとの健気な思いから、ヒロイン(笑)を穏便に退場させる事はできないかと思案を巡らせていた。
ところが、そんな令嬢の動きをバカなりに察知したのか、ヒロイン(笑)が自作自演の傷害事件その他をでっち上げて、無実の罪で令嬢を追い落とそうと画策を始める。
令嬢に味方する大多数の生徒たち――如何に王子一味に人望が無いかを示している――からの情報によってそれを知った彼女は、事ここに至っては非常の手段に頼るしか無い――と思い詰めた挙げ句……なぜか悪魔を呼び出して協力を要請した――というのがここまでの経緯であった。
……ご令嬢の方もかなりストレスが溜まっていたようである。
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「それで……差し当たっての依頼内容は〝問題の女生徒によって冤罪を仕掛けられるのを事前に防ぐ事、お嬢様と第三王子との婚約を白紙に戻す事〟――これだけで宜しいのですか?」
不祥事の原因となった〝問題の女生徒〟への報復や第三王子の放逐などが、この依頼内容には含まれていない。悪魔の力を以てすればそう難しい事ではないのだが、それは望まないというのか?
「えぇ。あまり事を大きくすると、学園の評判にも関わりますし。そうなると、折角学園に通っておいでの他の方たちにも、ご迷惑がかかるので」
「ふむ……それくらいならこの者にもどうにかできそうですな」
「ただ……私の置かれている状況が流動的と言うか……予断を許さない状況になっていますので、契約の内容には或る程度以上の冗長性を持たせて戴きたいのですけど……」
「ふむ……確かにややこしい境遇に置かれておいでのご様子。……解りました。その線で契約を詰めさせて戴きます。……お前も確りと働くのだぞ?」
「はっ! お任せ下さい!」
――こうして、喜劇の幕が上がった。




