閑話 史佳撃沈! 後編
Fumika!Rreborn?
「...う」
「気がついた?」
目を開けるとベッドの隣に置かれた椅子に座る紗央莉さんが。
会わせる顔がない、こんな薄汚れた私は...
「貴女のお母さんには遠慮して貰ったわ」
「...どうして紗央莉さんが?」
個室の部屋に紗央莉さんと二人っきり。
恐怖に息がつまる、早く出ていって欲しい。
「お見舞い...少し違うか、どうしてるのかなって」
どうしてるって、見ての通りだ。
政志を裏切って、貶めた挙げ句、男に騙され仕事も友人も全部失った。
「私にも責任の一端はあるしね」
「な...何の事です?」
何の責任があるのか?
全部私がしてしまった事だ、紗央莉さんに責任なんかない。
「結婚するまではの事」
「ああ」
その事か。
確かに政志とセックスは結婚まではダメだと言われたな。
「おかしいわよね、私は単なる義姉なのに」
「そ...」「素直に言って良いわよ」
私の言葉を遮った紗央莉さん、その表情に僅かな苦悶が見てとれた。
「おかしいです...そこまで干渉するなんて」
過干渉だ未成年でもあるまいし、ふざけるなと思った。
でも言えなかった、紗央莉さんの約束は絶対の様に感じたのだ。
政志は私にとって初めての恋人。
可愛くて、天使の様な笑顔、その瞳に魅せられ告白した。
身体を重ね、結ばれたいと願うのは当然だった。
「そこは反省してる」
「もう良いですよ」
手遅れだ、私の身体は穢れてしまった。
私から手を出せない、なら政志の方から迫ってくれたらと、必死でアプローチした。
深夜のドライブデートや小旅行、頑張って少し際どい水着も着た。
でもダメだった。
政志は恥ずかしそうにうつ向くばかり、一向に先へ進めなかった。
だから男に相談してしまったんだ。
プライベートな事だと分かっていたが、女としての自信を失いそうになっていた私は...
「...私もそうだった」
「何がです?」
何がそうだったのか?
「私の方から主人に告白したのよ」
「紗央莉さんの方から?」
「そうよ」
意外だ。
確かに政志の兄である亮二さんは素敵な男性だけど、紗央莉さんから告白を?
「彼、凄くモテたからね。
友達の通う高校の文化祭で、一目惚れだった。
連絡先を交換して、私の方から告白したの。
OKの返事を貰った時は嬉しかったな...」
「そうだったんですか」
それが何だと言うのか、自慢したいなら他所でやって欲しい。
こんな私に聞かせて何のつもり?
いたぶっているのか?
「私も亮二さんを束縛したわ」
「え?」
「違う高校、彼は共学で私は女子高。
どれだけ信じていても不安で仕方なかった。
周りに相談しても誰一人まともに乗ってくれない、惚気だと取られちゃってね」
私もそうだった。
可愛い政志は大学で注目の的だった。
みんな彼を遠巻きに見ていた、私は勇気を振り絞って告白したんだ。
抜け駆けと周りの人達から随分言われたが、我慢出来なかった。
それだけにOKの返事は嬉しかった。
でもそれが彼の束縛に繋がってしまった。
政志を私から奪おうとする女が出てきたのだ。
『今まで恋人が居なかった政志に彼女が出来た、史佳なんかより私の方が』
そんな周りの女達に、自信を持てない私は政志を束縛する事でしか安心出来なくなっていたんだ...
「紗央莉さんはどうやって乗り越えたんですか?」
まさか...身体を使ってなら許さないよ...
「セックスじゃない」
「え?」
ズバリと言われてしまった。
「身体を重ねても不安は余計に膨らんでしまったの。
確かに多幸感はあったけど、それは一時の物。
それどころか、他の女とするんじゃないかって、私は拗らせだから」
「拗らせ?」
何だ拗らせって。
「いわゆるヤンデレね、考えれば考える程思考が危ない方に行っちゃう」
「まさか...紗央莉さんが?」
「本当よ」
こんなに綺麗な紗央莉さんが?
どうして?自信に満ち溢れている様にしか見えないのに。
「だからセックスだけじゃない。
私達は違う方法、それはお互いをさらけ出したの」
「さらけ出す?」
「そうよ、お互いの思っている事全部。
悩み不満、嫌な事を何度も何時間もね」
紗央莉さんは真剣その物、嘘を吐いてる目では無い。
「貴女は政志君と真剣に向き合った?」
「わ...私は」
答えられない。
私は自分の不満を政志にぶちまけるだけだった。
会えない不満、どこに誰と行くのか。
我慢出来なくなれば携帯を取り上げ、データーを消去したり...
「あ...謝りたい」
なんて酷い事をしてしまったんだ。
私は何様なのか、彼を何だと思っていたのか...
「謝罪は手遅れ、分かってるでしょ」
「そんな...」
突き放す様な言葉が突き刺さる。
その通りなのだが、でも私は...
「貴女の存在その物が政志君にはトラウマなの」
「アアアアァァ!!」
政志!なんで私は裏切ったの!?
私はなんて酷い噂を!!死にたい!!
「貴女の出来る事は政志君の前から姿を消す事。そして反省し、立ち直る事よ」
「無理よ!!」
そんな事出来るもんか!!
私は最低なクズなんだ!
あの男と一緒のゴミ、社会の悪なのだから!
「貴女が死んだら政志君はどう思うかしら?」
「スッキリするに決まってるわ!」
絶対にそうだ、ざまあみろって思うに違いない。
「...そうかな」
「そうに決まってる」
なんでそんな事を聞くの?
「貴女が死ねば貴女の両親が悲しむ、政志君きっと落ち込むわよ」
「なぜです?」
なんで両親が出てくるの?
「あなたの両親と仲が良かったでしょ、娘の死に落ち込む話を聞いて政志君は悲しまないかな?」
「私みたいなバカ居なくて清々するわよ」
「...死んで清々する人間を病院に運ぶ?」
「え?」
「そんな人間の為に訴えないでくれって連絡してくる?」
「...う」
「いつか政志君が立ち直った時、史佳は生きていた方が彼の為だと思わない?」
「紗央莉さん...」
私の名前を呼ぶ紗央莉さんの目。
懐かしい目、蔑みじゃない、私の憧れたあの目...
「...いつか政志に会えますか?」
「そうね、貴女次第よ。まだ24歳でしょ?」
「...25歳です」
「そうだった?じゃ私も29歳になるの?
来年30?やだ!」
両頬に手を当て慌てる紗央莉さんになんだか...あれ?
「ふふ...」
私笑ってるの?
「...史佳」
「紗央莉さん...ハハハ」
込み上げる気持ちが我慢出来ない。
何なの?面白くないのに!!
壊れてしまった心がまた動き出す予感。
私達は暫く笑いあった。
ありがとう紗央莉さん...
お父さんお母さん、心配ばかりごめん、もう一度やり直してみます。
...政志、ごめんなさい。
二度と会えないけど、私はあなたへの償いを胸に生きて行きます。