閑話 史佳撃沈! 前編
No regrets...
一体どれくらいの時間が過ぎたのだろう?
私の時間は止まっている。
あの日、会社からの電話で会社に呼び出されてからずっと...
課長が出ていった後、会社から掛かって来た電話に急いで会社へ向かった。
『雲地が粉飾をしていた』
会議室で常務から言われた言葉が理解出来なかった。
頭を殴られた様な衝撃、信じられない。
仕事が出来、いつも自信に溢れていた課長がまさか?
『そんな...何かの間違いです!』
思わず叫んでいた。
信じていた、そして愛していた。
課長を、雲地満夫を。
『バカが...』
必死で課長の潔白を訴える私に常務は数々の書類を提示した。
それは仕入れの発注書と仕入れ先の納入単価が印字された物だった。
『久園君、君も片棒を担がされていたのだ』
『...まさか』
私の書いた書類は全て先方の単価と合わない。
全て高く書かれ、実際に会社が支払った金額と合わなくなっていた。
書類の作成者には全て私の名前が記載が...
『そんな...私知りません...』
でも分かった。
納入業者が雲地に頼まれ水増しした書類を作成していたのだ。
『君は奴に頼まれ粉飾の書類を作らされていたのだよ』
『ああ...』
不正に手を貸していた。
それは私にとって今まで仕事を頑張って来た自負を叩き潰すに充分な事実だった。
『君も不審に思うべきだったな、何の連絡も無しに仕入れ単価が上がる事は無い事くらい知っているだろ』
『...はい、でも課長が』
『言い訳は聞きたくない』
『う...』
おかしいとは思った。
課長に聞いたが、特注品と言われ納得してしまった。
商品番号を調べたら分かる事だったのに。
『君の関与は以上だ、就業時間内の不正は認められなかった』
『就業時間内の不正?』
一体何の事だ?
『雲地は他の数人と就業時間内に抜け出して違反行為をしていたのだ』
『そ...それは誰なんですか?』
まさか課長が私の他に女の人と?
次々と暴かれる事実、もう自分を保てなくなっていた。
『話は以上だ、暫く自宅待機しなさい』
『教えて下さい!』
私の叫びに常務は答える事が無かった。
後の記憶は曖昧だ、同僚から向けられる冷たい視線を感じながら自宅へ帰った。
突然帰宅した私に家族は心配していたが、説明する事が出来ないまま私はベッドで泣きじゃくった。
そして更に追い討ちを掛ける出来事が続いた。
『史佳どういう事よ!!』
友人から掛かって来た電話。
激しく怒鳴る友人の声に怯えた。
『アンタが西京君の就職先聞いたから教えたのに!』
『あ...』
すっかり忘れていた。
私は課長の指示で政志の就職先に彼によるストーカー被害を訴えたのだ。
『それは...』
『言い訳なんか要らないわ!
まさか恋人にこんな仕打ちをするなんて絶交よ!!
訴えられたらいいわ!』
『ち、違うの』
騙されていたんだ!
そう言う前に友人は電話を切っていた。
慌てて連絡を入れるが、既に着信は拒否されていた。
それは噂を流した友人に限らず、全てだった。
『まさか訴えられるの?』
名誉毀損についてパソコンで調べた。
覚めてから分かる愚行、私のしてしまった最低の行為が跳ね返って来た。
『ああ...』
私のした事は充分名誉毀損にあたる。
目の前が真っ暗になった。
『お父さん...お母さん』
『どうしたんだ』
観念した私は全てを両親に打ち明けた。
会社で上司と愛人関係にあった事。
上司は不正行為で逮捕された事。
私の関与は認められなかったが、自宅待機を命じられた事を。
『愛人...まさか相手は』
『それは大丈夫...年上だけど独身だったから』
『そ...そうか』
不倫だと疑っていたなら大丈夫。
私だってそこまで愚かじゃない。
『政志君と別れたって言ってたが、その人が?』
『...うん』
両親には政志と別れたとだけ言っていた。
凄く政志を気に入っていた両親は本当に残念そうだったが、仕事が忙しい事によるすれ違いだと説明していた。
『それで...私訴えられるかもしれない』
『何故だ?』
『どうしてそんな事になるの?』
『それは...』
私は政志にしてしまった事も打ち明けた。
課長と二股を掛けていた事。
嘲笑う為にホテルに呼び出しストーカー呼ばわりした事。
そして根も葉もない噂を周りに吹聴した事も...
『バカ!』
『なんて事をしたの!!』
激しい怒声と共に頬に走る衝撃、お母さんは泣きながら私の頬を叩いていた。
『なんてバカなの!』
『...お母さん』
倒れた私を尚も叩くお母さん。
お父さんは呆然と立ち尽くしていた。
『とにかく政志君に謝罪をしなくては』
翌日両親は政志に謝罪を申し入れた。
しかし、全て断られたのだ。
直接来る事も拒絶され、来たら訴えるとまで言われ完全に道は絶たれてしまった。
『覚悟するしかないか』
『ええ』
冷えきったリビングのテーブルで項垂れる私達。
なんでこんな事になったのだろう?
どうして私は政志と別れてしまったの?
お父さん達は何も言わない。
呆れと突き放す様な態度は分かった。
そんなある日、私の元に1通の封書が届いた。
差出人の名前に目眩がした。
『コイツが...』
[雲地満夫]
その名前に怒りが込み上げる。
一体なんだと言うのか?
今さら謝罪でもしようと言うのか?
破り捨てたい衝動を堪え、封を開けた。
『何よこれは...』
そこに書かれていたのは裁判の情状証人を頼む内容だった。
謝罪等一行も無く、ただ自分を助ける様に、命令口調で書かれていた。
まるで私が逆らう事なんか考えて無いような...
『ふざけるな』
私は指先にカッターナイフを当て、滴り落ちる血で返事を書いた。
[私の人生を返して]
その手紙を返信用の封筒に入れて返した。
もうダメだ。
最近いつもそう思う。
頭に思い浮かぶのは幸せだった日々ばかり。
政志と過ごした思い出ばかり。
何が不満だったのか、彼はいつも私の事を大切にしてくれたのに。
そうよ、政志は許してくれる筈だ。
あれだけ私を愛してくれていたんだ。
連絡先を消しても怒らなかった。
どれだけ責めても許してくれたんだ。
だから私を訴えたりしないんだね。
もう大丈夫、少しよそ見しただけだよ。
身体を許しただけ、私の心はもう政志に帰って来たんだから。
「フフ」
そうと決まれば早速連絡だ。
「あれ?」
どうして?
携帯に政志の連絡先が無い。
そんな筈は...
『ほら消したわよ』
『良い子だ...』
そうだ、別れた日に私は政志の連絡先を消してしまったんだ。
男に抱かれながら私は...
「ゲエエェェ...」
込み上げる胃液、最近何も食べて無いのに...
「史佳!!」
リビングで嘔吐する私にお母さんが駆け寄る。
遠退く意識、体力も限界だったのね...
気づけば私はベッドに寝かされていた。
意識を失った私は救急車で病院に搬送されていたのだ。
「...なんで助けたの」
「なにをバカな事を」
「なんで?あのまま死なせてくれないの!!」
泣き叫ぶ私にお母さんは何も言わない。
こんな事しなくても良いのに!!
私は病院を抜けだし政志の自宅へ行こうと決めた。
『もう一回交際を申し込むんだ、断られたら...』
そんな事を考えていた。
「失礼します」
「...はい」
病室の扉がノックされる。
お母さんが席を立った。
一体誰だろう?聞き覚えのある様な...
「久し振りね」
「あ...貴女は」
現れたのは一人の女性。
私の憧れ、政志のお兄さんの妻...
「紗央莉さん...」
私は再び意識を失った。