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閑話 満夫撃墜!

Manhoo!Shot down!!

 時刻は三時。

 今日は芸能事務所主催のパーティーに参加する予定の俺はデスクを片付けた。


「それじゃ、お先」


 恨めしそうな視線を向ける部下共を残し、笑顔で職場を出る。

 無能共の目なんか気にならない、本来なら俺は課長で燻る様な人間じゃ無い。


 俺が不遇をかこつ原因になったのは、全て18年前の離婚。

 当時30歳で営業部のホープだった俺は、得意先の女としていた不倫が会社にバレてしまい、出世の道を失ってしまった。


 言い寄って来た女の方が悪い。

 それなのに俺だけを悪者と決めつけ、有責の離婚まで、到底納得出来ない結末だった。

 子ナシだったのに、共有財産放棄だけでは済まず、慰謝料まで取られて一文無しになった。


 不倫相手の女も元妻から慰謝料を請求されると、俺を罵倒し姿を消してしまった。

 それ以来バカらしくなり、貯金なんかした事が無い。


 もう結婚は懲り懲りだ。

 幸いな事に、女に苦労はしなかった。

 優れた容姿と仕事のスキルがあるのだから当然だ。


 今も数人の女と同時に付き合っている。

 その中の一人、久園史佳は俺の部下。

 入社当時、ガードの固かった史佳だが、俺は史佳からの仕事の相談を受けながら、一年を掛け口説きおとした。


 史佳には恋人が居たが所詮は若造。

 当時22歳で、社会を何一つ知らない史佳に、大人の魅力を持つ俺が学生の恋人に負ける筈も無かった。


「お待たせしました」


 ホテルのラウンジでコーヒーを楽しんでいると史佳が現れた。

 これから一緒にパーティーへ参加する。


「行くか」


「はい」


 わざわざ時間をずらしラウンジで待ち合わせしたのは、会社で史佳と俺の関係を気づかれない為。

 お互い独身だから倫理上の問題は無いが、余り知られたく無かった。


「フフ...」


 俺の腕を掴みながら史佳が笑う。

 昔は野暮ったかった史佳だが、最近はすっかり洗練された良い女になった。

 大人の色気も出て、化粧や香水も板に着いて来たな。


「どうした?」


「ちょっと思い出してたの」


「何を?」


「ここでアイツと別れた事」


「...ああ」


 2ヶ月前に史佳が恋人と別れたのはこのラウンジだった。

 あれは傑作だった、何一つ言い返せないで項垂れていた男の姿。

 あの後、史佳とベッドで大笑いをした。


「あれからどうだ?」


「全然連絡して来ないわよ」


「まあそうなるな」


 録音した音声を史佳へ渡し、知り合いに別れた事を周りに言う様指示した。


 『男がつきまとって史佳が困っている』

 真偽なんかどうでも良い、大切なのは先に広める事だ。

 こちらには音声がある、さぞ絶望した事だろう。


 史佳の恋人は、まるで子供の様に愛らしい男だった。

 涙を浮かべ、悲しそうな瞳に、ちょっとだけ罪悪感を覚えたが、これも人生経験、恨むなよ。


 史佳の肩を抱きつつ、会場へ向かった。


「あそこに居るのは[ハッピードラッグ]のステマさんじゃないですか?」


「そうだよ、紹介してあげる」


 パーティー会場で史佳は一人のアーティストを見つける。

 彼は以前俺が担当した奴だ。


「どうも」


 奴が一人になった隙に挨拶をする、以前何度か打ち合わせをした事があるから大丈夫だろう。


「貴方は?」


「Silly商事の雲地です、久しぶりですね」


「あ、ああ...どうも」


 クソ、覚えてやがらねえか。

 ここで引く訳に行かない、史佳の前で恥をかく事は出来ない。


「また次もお願いしますよ、トレーナー以外に今度はマグカップなんかどうですか?」


「あ、ああ...Sillyさんね、またデザイン画出しときますね」


「ステマさんの書いたデザインは良いですね、担当デザイナーがいつも驚いてますよ。本職みたいだって...」


「そうですか?」


 ちょっとヨイショしたら良い気になりやがって、コイツのデザインなんかガキの落書きみたいだったじゃねえか。

 手直しは全部下請け業者にやらせたが、大変だと文句を言っていた。


「ほら久園君」


 後ろに控えていた史佳に手招きをする。

 これなら会話になるだろう。


「そちら方は?」


「あ...あの、私昔からファンなんです」


「ありがとう...その...上司の方と仕事頑張ってね」


「は...はい!!」


 さすがは人気商売だな。

 ファンなんか金を運ぶ餌にしか思ってないくせによ。

 にしても、俺の名前くらい覚えておけ。


「雲地さん、ありがとうございました」


「ここでは課長と言いなさい」


「す...すみません」


「公私の区別はちゃんとね」


 飴と鞭、馬鹿はこれで益々落ちる。


「...はい」


 よし、次は...


「部屋では構わないからね」


「課長...」


 耳許で囁くとウットリした目で俺を見る。

 本当にチョロい女だ、遊ぶにはこれ位のバカがちょうど良い。

 パーティーが終わり、そのまま予約していたホテルでセックスを楽しんだ。


「...ん」


 翌朝、携帯のバイブ音で目が覚める。

 時刻は朝の九時、昨夜は深夜までやりまくったから史佳はまだ夢の中。


「会社から?」


 携帯には会社と出ていた。

 今日は俺と史佳は有給を取っていたのだが。


「何かね?」


「...雲地君、猪狩だ」


 電話の声に眠気が吹き飛ぶ。

 それは猪狩常務からだった。


「じ、常務...どうなさいました?」


「直ぐ会社へ来なさい」


「え?あの今日は有給を...」


「一時間以内にだ、そのホテルに行ってやろうか?」


「は?え?」


「マンフィーホテル1205室だろ」


 なんで知ってるんだ?


「以上だ、第一会議室で待っている。

 先ずは君一人で来なさい」


「あ、ちょっと!!」


 常務の電話は一方的に切れる。

 これは不味い、部屋まで割れているのか?


「どうなさいました?」


「い...いや会社から呼び出しがあってね」


「え?」


 史佳が慌ててベッドから身体を起こす。

 全裸が眩しい、だが今はそれどころでは無い。


「君はそのままで大丈夫だ」


「でも...」


 不安そうな史佳だが、余裕を崩す訳には行かない。


「心配するな」


「...雲地さん」


 そっと口づけを交わす、これでよし。

 焦りを見せずスーツに着替え、そっと部屋を後にした。

 昨日と同じスーツ、髭も綺麗に整える暇も無い。

 当然だが、髪のセットも出来ない。

 頭に降り掛けないまま、タクシーに飛び乗った。



「お待たせしました!」


 会社に到着したのは電話から90分後の事だった。


「座りなさい」


「...は」


 常務は俺を睨み着席を促す。

 コイツは俺が新入社員の時に直属の上司で、今も苦手なのだ。


「では始めて宜しいですか?」


「お願いいたします」


 常務の隣に座っていた男に常務が頭を下げる、一体何者だ?

 俺より一回り大きな身体、分厚い胸板。

 なにより精悍な容姿に圧倒されそうだ。


「こちらは海山物産の西京様だ」


「開山物産?」


 開山物産なら勿論知っている。

 去年、家の会社を買収した総合商社だ、そんな会社の奴が何の用だ?


「彼は会計監査の為弊社に」


「か...会計監査...」


 常務の一言に全身の血が一気に引いて行く。

 落ち着こうとするが、汗と震えが止まらない。

 こんな事ではダメだ、なんとか乗りきらねば...


「随分と派手にやってくれたな」


 常務は俺の前に書類を投げ付ける。

 それは全て俺が下請けや納入業者に作らせた偽の仕入れ伝票だった。


「何か言いたい事は?」


「...ぐ」


 西京が俺を睨み付ける。

 こんな若造ごときが俺に対して...


「全て言質は取った。雲地さん、アナタの指示だとな」


「ち、畜生が...」


 何て口の軽い奴等だ、作らせた連中にも金を握らせていたのに。


「一体なぜだ?どうしてこんな事を?」


 常務!哀れむ目を向けるな!!


「...交際費です...業界の方達と付き合うには何かと必要で」


「へえ...上司に相談もなくですか」


「そ...そうです、彼等には何かと金が」


「あなたが部下の女と泊まるホテル代までも?」


「な、何の事だ!!」


 どうしてその事を知っている?


「...貴様に温情を掛けたのは失敗だった」


「...常務」


 常務は俺に視線を向けると下を向いた。


「離婚から立ち直りを期待したのに...まさか会社の恩情を仇で返すとは」


「そんな事はありません、これは誤解なのです」


「...へえ誤解ですか」


 ここを切り抜けるんだ!

 この若造を納得させれば!!


「実際に金は要るのです!

 下のスタッフにも小遣いを渡し、それが数年後に実る、この業界はそういう世界なんですよ」


 どうだ!


「...貴方は経営者なんですか?」


「は?」


「貴方が自分で会社を経営していたなら、その報酬どう使おうと自由です。

『そういう世界?』

 帳簿を粉飾し、会社に損害を与えといてよく言えますね」


「だ、黙れ!!」


 この男!私を誰だと!!


「黙るのは貴様だ!」


「常務...」


「貴様には心底愛想が尽きた!

 もう知らん!どこなりと行け!!」


「そんな...」


 まさかクビなのか?


「業務上横領、私文書偽造、後は名誉毀損か...」


「な、何の事だ!!」


 名誉毀損だと?そんな事は覚えが無いぞ!


「奪った女の恋人を侮辱...まあ女も大概クズですがね。

 嘘の噂を周りに流すとはクズ野郎め」


「そんな事は知らん!証拠でもあるのか!?」


「猪狩常務もご一緒に」


 男はテーブルにレコーダーを置き、ボタンを押した。


『本当惨めね、それに引き換え雲地課長は頼りになります』


『可愛い部下の為だ』


「な...」


 なぜこの音声が?


「この女の声...どこかで?」


「そちらでお調べ下さい。今日出社してない社員とかをね」


 勝ち誇った面を!

 なぜだ?畜生!史佳め、俺の名前を言いやがって...


「あああ!!」


「逃がさんぞ」


 部屋から逃げようとする俺の前に男が立ち塞がる。

 俺より頭一つデカいがこっちは柔道初段だ。こんな見掛け倒しと違う。


「フン!!」


 男の奥襟を掴み、引き寄せ...


「なんだと!?」


 男の身体はビクとも動かない。

 そんな馬鹿な...


「正当防衛だ」


 一体何のことだ...


「グワっ!」


 次の瞬間、視点が回転し背中に激しい衝撃を受けた。

 俺が覚えてるのはここまでだ。


 気づけば俺は逮捕されていた。

 男に対する暴行容疑、そのまま次々暴かれた罪で俺は勾留される事となった。


『実刑は免れない』

 謁見した弁護士にそう言われた。

 会社は懲戒免職になり、保釈は保釈金が用意できず無理だった。


 情状証人の手紙を知り合いに書いたが、返事は一枚。

 それは久園史佳から、


[私の人生を返して]


 赤黒く滲んだ文字で書かれていた。

 

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[良い点] 話の本筋とは関係ないんですが、ステマさんにマンフィーホテルはなかなかw
[良い点] やっぱりマンフはマンフ 良き良き [一言] 次は史佳か 紗央莉無慈悲な攻撃なるか
[良い点] >人生を返して 賭け金が還ってくるのは博奕に勝った時だけですからね。 詐欺被害を訴えられるのも被害者側であって加害者側じゃないし?
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