第2話 最強の兄貴出撃!
Ryoji Strike back
政志が元恋人と男に嵌められ1ヶ月が過ぎた。
あの後、なぜか捻じ曲げられた別れ話の一件が政志の友人達の知るところとなり、弟はすっかり参ってしまった。
噂の出所は考えなくても分かる、女とその上司からだ。
幸いにもそんな噂を信じる人間は殆ど居なかったが、奴等の卑劣さに俺達は制裁を徹底的にする事と決めた。
「それじゃ行ってくる」
「政志君行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
今日は日曜日だが、俺は妻と家を出る。
俺達を見送る政志の表情は未だ冴えない。
まだ心の傷が癒えないのだ。
「行ってらっしゃい義兄さん、姉さん」
政志の隣に寄り添う美愛の表情は明るい。
今は美愛が政志を支えている。
ようやく自分にチャンスが訪れたと実感しているからだろう。
紗央莉は美愛に頷き、家を出た。
「美愛...良かった」
「そうだな、本当に」
車内の助手席で紗央莉が呟く。
妹の恋がようやく実るのを心から祝福している。
俺がブラコンなら紗央莉は相当なシスコンだ。
美愛は10歳も年下だから、紗央莉の気持ちは痛い程分かった。
「あいつら...絶対に許さない」
紗央莉の目は怒りが滲んでいる。
政志が傷付けられた事は許せないのだろう。
美愛の恋と今回の事は話が別だから当然だ。
30分後、車は妻が経営する会社に到着する。
地下の専用駐車場に車を停め、オフィスに向かった。
「座って」
「ああ」
妻は会議室の電気を点ける。
これから奴等を追い込む打ち合わせをする。
家では出来ない、政志に余計な心配を掛けたく無かったのだ。
持参したファイルを会議室のテーブルに並べた。
「...Silly商事か」
Silly商事は俺の会社に属する子会社の一つ。
昨年買収された会社なので、詳しく知らなかったので今回徹底的に調べた。
イベントやコンサートのグッズを企画するのがSilly商事の業務。
芸能人や著名人にとって、グッズの売れ行きは大切な収入源だ。
「どうぞ」
「ありがとう」
紗央莉はコーヒーをテーブルに置き、資料に目を通す。
妻の会社は商社が企画したグッズを具体的にデザインし、商品を発注するのが業務。
その中にSilly商事も含まれていた。
「へえ、さすがは監査室ね」
「まあな」
俺の仕事はグループ会社の内部監査。
会計や経営などを監督、検査するのが主な仕事。
今回は人事の事まで調べ上げたのだ。
「雲地満夫、48歳ね...」
紗央莉の顔が歪む。
紗央莉と面識は無かったが、幾つか奴の仕事をこなしていた。
「バツイチ現在は独身、離婚原因は浮気か。
こんな奴にバカは引っ掛かったのね」
「そうだな」
一体男のどこが良かったのか。
写真で見る限り、冴えない中年男だ。
仕事が出来る大人の男にでも見えたのだろうか?全く理解出来ない。
「史佳はいつかやらかすと思ったけどね」
「そうか」
紗央莉は久園史佳と面識がある。
当然俺もだ、普通の女性に見えたが。
「貴方に色目使ってさ、呆れちゃったわ」
「...知らなかった」
そんな事してたのか?全然気づかなかった。
「バレバレよ、美愛も気づいてたわ」
「へえ...」
だとしたら史佳の目当ては俺だった可能性もあるのか。
まさか、政志と付き合ったのは...
鬼畜の所業だな絶対に許せん。
俺は弟が好きだ。
政志は武骨な俺と違い、昔から小柄で可愛い。
あの黒目がちの瞳で見詰められたら堪らない。
そんな天使の政志に...畜生が。
「落ち着いて」
「分かってるさ」
殺気が抑えられない、よくも政志を...
「女は私が片付ける、貴方はコイツを」
「そうだな」
紗央莉の目に頷く。
史佳の制裁は任せよう、俺はクソ野郎を追い込む事に全力を尽くす。
奴が妻帯者なら不倫になるが独身だ。
破滅しても良心は全く痛まない。
「はいこれ」
「ありがとう」
紗央莉からSilly商事に関する資料を受けとる。
そこには妻の会社と結んだグッズの見積書等が記載されていた。
「...やはりか」
仕入れ原価が会社の会計報告と違う。
奴は粉飾していた。
納入業者に頼み、二種類の仕入れ伝票を作らせていたのだ。
「これで奴は終わりだな」
この資料を元にSilly商事に会計監査を行う。
まだまだ余罪がありそうだ。
余りに稚拙な手口だ、よく今までバレ無かったな。
「...覚悟しろ」
社会人としてのルールさえ守れないクズが。
大切な政志を傷付け、汚名まで着せたんだ。
相応の報いは受けて貰うぞ。
拳を握り締めた。