第1話 政志、被弾!!
軽ーく行きます。ノンストレス!
俺はその日、恋人の久園史佳に呼び出され、ホテルのラウンジで待ち合わせをしていた。
俺は就職活動、史佳も仕事が忙しく会うのは二か月振り。
大学で知り合い、付き合って三年。
俺は22で史佳は24、二歳年上の彼女は社会人二年目。
「待った?」
「いや今来たところ」
約束の7時に史佳は現れた。
仕事終わりに直行してきたのだろう、メイクをバッチリ決め、少し派手な服に身を包んだ史佳。
少しメイクがキツく、服も普段デートで着ている清楚な感じと違う。
社会人ってそういう物なのか、それより気になったのが...
「香水着けてるの?」
「あ、うん」
史佳から漂う香水の臭い。
制汗剤やデオドラント以外、匂いの出る物なんか着ける事は無かった史佳。
興味ないって昔は言ってたけど、こんな強い香水なんか着ける様になったなんて...
「で、話って?」
臭いが気になる、でもエチケットなのかもしれない、彼女が勤めているのは結構大きな会社だから。
それより今日の用件だ、俺の就職が決まったお祝いかな?
でもまだ言ってないし、早く教えたいな。
「別れてくれない?」
「今なんて?」
「だから別れて欲しいの」
「...ちょっと待って」
余りにも唐突な別れの言葉に頭が真っ白になる。
いきなり過ぎる、二か月振りに会ってこれは無いだろう。
「話はそれだけ、じゃ」
「待てよ説明してくれ」
席を立つ史佳の腕を咄嗟に掴んだ。
「離して!」
「だから」
史佳は腕を振りほどこうとするが納得出来ない。
「離しなさい」
「え?」
後ろから聞こえる男の声。
振り返ると一人の中年男性が立っていた。
180を優に超える身長、少し伸ばした髪はオールバックに整え、口には髯を蓄えている。
「あなたは?」
「先ずは手を離しなさい、久園君が怯えているじゃないか」
「...怖い」
俺の質問に答えない男。
怯えた様子で史佳は男を見詰めている。
「分かりました」
史佳の腕を離す。
ラウンジの客やスタッフの視線が痛い、俺が悪者みたいじゃないか。
「私は久園君の上司だ、君に付きまとわれていると相談を受けてね」
「付きまとう?」
一体何の話をしているんだ?
付きまとった事なんか無いし、会うのだって二ヶ月振りなのに。
「別れたかったのに、コイツしつこくって」
「はあ?」
史佳は何を言ってるんだ?
別れたいなんか一度も言ってなかったし、それにコイツ呼ばわりって。
「成る程。顔はともかく、モテなさそうな奴だ」
「でしょ?
私以外の女性に全く相手にされないのよ」
「あのな...」
確かに女友達は少ないけど、それは史佳が束縛したからじゃないか。
俺が友人と遊びに行くのを知ると、しつこく聞いて、メンバーに女の子が居たら滅茶苦茶不機嫌になるからだろ?
勝手に俺の携帯まで見るし、お陰でプライバシーは丸裸なんだぞ。
「とにかく君のような男は久園君に相応しくない、とっとと消えろ」
なんで初対面の男にそんな事を言われなくてはならないんだ。
そんなに醜男じゃ無いと思うんだけど、十人並だと思っている。
兄貴には敵わないけどな。
「分かりました」
これ以上こんな所に居るのはごめんだ。
馬鹿らしくて文句を言う気にもならない。
「携帯を出しなさい」
「なぜですか」
一体何をこのオッサンは?
「久園君の連絡先を消すんだ」
「自分でやりますよ」
コイツアホか?渡す訳無いだろ。
「信用出来ないわ、後で連絡する気でしょ」
「お前な...」
マトモに話すのを諦め、携帯を取り出しテーブルに置いた。
「自分でやりますから」
当たり前だが触らせる訳にはいかない。
大事な連絡先を消されでもしたら大変だ。
「ほら見て、コイツの携帯連絡先がこれだけしか無いのよ」
「大学生なのに、信じられんな」
「いい加減にしろよ」
そうなったのは史佳のせいだろうが!
以前俺の携帯を勝手にいじくって消したくせに。
だから連絡先はメモ帳に書いてある、もちろん史佳には内緒だ。
「これで良いか?」
「うむ」
携帯を確認する二人。
ついでに史佳のラインも全部消した。
「分かってると思うが」
「ああ、もう絶対に連絡しない」
頼まれてもするもんか。
「私も消しとくからね」
「そうしてくれ」
当然だ。顔も見たくない。
「写真も消しといてね、アンタとの過去なんか汚点だから」
「はいはい」
何も言う気が起きない。
史佳の方から告白しといて、よく言うな。
「この会話は録音させて貰ったよ、もしまだ久園君に付きまとうようなら、出る所に出すからな」
男は勝ち誇った様子でレコーダーを取り出した。出る所ってどこだ?
まあどうでも良いが、男の行動は参考にさせて貰おう。
携帯のスイッチを押してポケットに入れた。
「本当惨めね、それに引き換え雲地課長は頼りになります」
「可愛い部下の為だ」
身体をすり寄せる史佳を優しく抱き寄せる男。
二人は同じ会社なのか、どうでも良いけど。
「それじゃ」
「コーヒー代は払っておいてやろう」
男と史佳はラウンジを後にし、俺だけ取り残された。
「...ただいま」
打ちのめされた気持ちで自宅に戻る。
出る時は久し振りに史佳と会えるから、ウキウキだったのに。
「お、早いな」
「ああ」
玄関で靴を脱ぐ俺を兄貴が迎える。
俺は大学が近いので、四年前から兄貴家族が住むマンションに居候させて貰っている。
元々は兄貴の奥さん家族が住んでいたマンション。
たが、六年前に兄貴が結婚するお祝いにと、プレゼントされた。
奥さんの両親は郊外の別荘に移った。
大変な資産家で、兄貴の奥さんも会社を経営している。
「あれ早いわね」
「ただいま義姉さん」
兄貴の奥さん、紗央莉さんも続いて顔を出す。
二人共俺が今日史佳に会う為出掛けたのを知っている。
まさかフラれて帰って来たとは知らないだろう。
「あれ政兄い早いね?」
最後に義妹の美愛が顔を出す。
美愛は18歳の高校三年生。
義姉の紗央莉さんとよく似て、凄い美人。
兄貴は男前で昔から凄くモテたが、高校からの彼女だった紗央莉さんと結婚し、今もラブラブだ。
対して俺は初めての彼女が、あんな地雷だったとは...
「元気無いな、何かあったか?」
「いや別に」
兄貴には悪いが話す訳にいかない、余りにも情けない。
「待てお前は大切な弟だ、兄として見過ごす事は出来ない」
「兄貴...」
そうだった、兄貴は昔から俺を凄く大事にしてくれたんだ。
もうブラコンといって良いくらいに。
「そうよ、私達は家族でしょ?」
「義姉さん...」
顔が近いです、意識が無いだけに始末が悪い。
「政兄い、まさか...」
「おい美愛」
お前が一番近いんだよ!
「メス猿となんかあったの?」
美愛は昔から史佳をメス猿と呼んでいた。
何度嗜めても、直そうとはしなかったので諦めていたが、今日は全く気にならない。当たり前だフラれたんだし。
「...まさか政志」
「え...本当に?」
どうやら俺の様子に兄貴達も気づいたか。
「フラれたよ」
「そうか...」
「なんて事なの...政君を振るなんて」
二人はショックを受け、俺を見詰める。
哀れみでは無い、心の底から俺を心配する視線が痛い。
「美愛?」
なぜか美愛が固まっている、どうしたんだ?
「...本当に?」
「ああ、いきなりフラれた」
「本当の本当?」
「こんな事冗談で言えるか、もうつきまとうなだとさ」
美愛、何度も言わせないで欲しい。
「うっし!」
「お...おい?」
いきなり美愛が俺に抱きついて来る。
余りの事に頭が追い付かない、何が起きた?
「もう離さない絶対に!」
「何をだ?」
美愛は一体何を言ってるんだ?
「姉さんいいよね?」
「もちろんよ!」
「さ、紗央莉さん」
義姉さんまでどうしたんだ?
「構わない、行け美愛!」
「あ、兄貴まで」
何の事か分からないまま、美愛は俺にしがみついて離れ無くなった。
「で、何があったか教えてくれ」
「そうね」
「政兄い...政兄ぃ」
一時間後、俺はリビングで今日あった事を三人に教えた。
いきなり史佳に別れ話を言われた事。
俺が史佳にストーカー紛いの汚名を掛けられた事。
突然現れた史佳の上司と言う男に侮辱された事。
ついでにさっき録音した音声も聞かせた。
「...ふざけやがって」
「許せない...捨てるのは政君の方なのに」
兄貴夫婦は青筋を浮かべ怒りを滲ませる。
こんな時でも美男美女は絵になる、そんな事を考えていた。
「...姉さん」
「分かってるわ美愛、これは二人に制裁よ」
「もちろんだ、確かバカの会社はSilly商事だったな」
「そうよ、貴方の勤める開山物産の子会社ね。
私の会社もSilly商事と取引があるわ」
「義兄さん、姉さん、徹底的に殺っちゃって」
「ああ...、政志、この音声データー借りるぞ」
「いや、その...」
息苦しくなる殺気に、とんでもない事態の予感がする。
「政兄ぃ...」
美愛はずっと顔を埋めている。
一体どうしたんだろ?