85話 江戸川の空に②
〜〜〜〜〜〜〜〜
そうして土曜日を迎える、花火大会は夕方からだ。私は約束の時間まで霧の部屋で彼女の調べ事を手伝っていた。
「やっぱり、物理的に残ってないものを探すのは難しいんじゃ?」
「……確かに、国立影霊研究所があった場所は綺麗な更地になっている。例の事件でデータサーバーも何もかも消滅してる。バックアップも含めて綺麗さっぱり」
消滅か、改めて聞くとゾッとする。一体その研究所で何があったというのだろうか。
「それでも、何処かに残ってるかもしれない……データの残滓が」
残滓ねぇ、なんだか詩的な言い方だけど。
私は霧の作業を眺めながら、事務所に残されている資料を漁っていた。
この沖宮ビルには色々な資料が残されている。多くは真鶴さんが纏めたものだ。
私の部屋や霧の部屋にはそういう紙媒体の資料が多く保管されている。
現在は完全に取り壊されてしまったが、消滅を免れた第二研究所から引っ張ってきた物であるとのこと。
「でも、あまり重要そうなのはないなぁ」
一応調べてはいるが、多くは影霊の生体などについて纏めた物であり。歴史的価値がありそうなものは無かった。
まあもし未来に関する資料が見つかったら灯台下暗しってレベルじゃないけど。
「真鶴がもうちょっと研究に関わってくれてれば……」
霧が愚痴を溢す。そう、真鶴さんって研究所にいたはいいけど特に深い部分に関わっていた訳じゃないらしい。
曰く、研究所で用心棒的な任務についていたとの事。
まぁ自衛官って聞いた時点でそっち方面の仕事なんじゃというかはしていたけど。
「やっぱ無いなぁ」
段ボール箱を退かす。重要そうな資料は眠ってなさそうだ。
「そもそも、何か残ってたら国もそれ把握してるはずだよねぇ」
国立影霊研究所において、"滅び"に関する情報はトップシークレットであり運営を行う国にも報告があがっていなかったらしい。
「湾岸プラントの件で、それが浮上してきて今頃政府の人たち大慌てなんじゃない?」
私は顔も知らない政府の役人さん達の慌てた顔を思い浮かべる。
「お偉いさん達は、今まで真鶴の報告をまともに受け止めてなかった……自業自得」
そう、私が現れてから真鶴さんは"未来に起こりうる危機"を上に報告していた。
「ま、根拠が私の話だけじゃ信じてくれないでしょ……」
ところがどっこい、先日の湾岸プラント調査において。例のファイル。さらに滅びに関する研究の一部も発見されたらしい。それを見た国はようやく重い腰を上げたとの事。
「……っと、そろそろ時間か。霧はやっぱり花火大会行かない?」
部屋に置かれているデジタル時計を確認する。そろそろ出かける支度をしなければ。
「……花火大会の人混みを想像しただけで吐き気が」
「ごめんごめん、じゃ私は行くから後はよろしくね」
私は霧に後を託して部屋を出る。そうして階段を降りて二階の探偵事務所へ。
「あれ、真鶴さん居たんですか?」
探偵事務所には真鶴さんが。
彼女はボーッとテレビを見ていた。テレビでは先日発足した新内閣についての報道が流れている。
「……ええ、仕事もひと段落ついたから」
なんだか疲れている様子が伝わってくる。
それにしても仕事か……いま国では私たち同様、来年の二月に起こりうる厄災についての調査や対策が急ピッチで進められているはずだ。真鶴さんもそれに関わっているんだと思うけど……
「どんな状況なんですか?」
「なかなか難しいわね、何せ雲を掴むみたいな話だから。はぁ……あのバカ研究所がもっと情報共有してくれていればこんな事には……」
状況は厳しそうだ。
「あ、そういえば今日みんなで花火大会行くんでしょ?」
声のトーンを切り替える彼女。
「ええ、そうです」
なんだかこう聞くと、単に遊びに出かけるだけみたいに聞こえるが。一応しっかりとした目的のあるものだ。真鶴さんにも事情は伝えてある。
「──ちょっと待ってあげはちゃん、もしかしてその格好で行こうとしてない?」
「え? どういう事ですか?」
おかしな格好してるかな、いやいや今私が着ているのはなんの変哲もないTシャツとハーフパンツだけど……
「も〜う、花火大会といえば浴衣でしょあげはちゃん。アナタってほんと洒落っ気がないわね!」
あぁ、確かに花火大会にはお決まりの格好だろうけど。私浴衣なんざ持ってないし。
それを真鶴さんに伝えると、彼女は何やら意味深な笑みを浮かべる。なんだか物凄く嫌な予感がしてきた──
「ふふふ……こんな事もあろうかと! 密かに用意してあるのよ! あげはちゃん用の浴衣が!!」
真鶴さんがガタッと椅子から立ち上がる。そうして勢いよく事務所を出て行く。
「……」
一分ほど経ち、真鶴さんが事務所に戻ってきた。手には綺麗に折り畳まれた浴衣が。いやいやなんでそんなもの用意してあるんですかホント。
「え、着なきゃダメですか……?」
私はその浴衣に視線を向ける。可愛らしいアゲハ蝶があしらわれており、確かに私専用に用意された物であるのがわかる。
「もちろん、雫ちゃんも浴衣着て行くみたいだし。二人合わせた方がいいでしょ!」
そ、そうなのか。あの雫も。クール系美少女(?)である雫にはさぞ似合いそうだ。
「私が着付けてあげるわ! さあ着替えましょう!!」
「お、お手柔らかにお願いします……」




