6話 蒼い瞳の少女
「あ……えと、どうも」
取り敢えず挨拶をしておいた、私の挨拶に彼女は軽く会釈をする。
「おかえりなさい雫ちゃん!」
雫、この娘の名前だろうか。
「ん……」
そうクール気味に頷いて、彼女は事務所の奥、扉を開けて別の部屋に入っていった。私はボーッとその様子を見る。
なんというか、凄く冷静で落ち着いた雰囲気の女の子だ。まさしくクール系美少女という言葉が相応しいと思う。
「──えっと、なんの話してたっけ?」
真鶴さんは首を傾げる。
「時隠し、って現象についてです。もう少し詳しく教えてくれませんか?」
未だに自分の、男だった頃の存在。生きてきた軌跡が消えた事について納得というか……どうしても信じきれない。
「んー、と言ってもあれ以上詳しい話をするのはねぇ。かなり専門的な話になっちゃうわよ?」
「専門的ですか……」
そう言われてしまうと、困るというか。多分聞いても理解できなさそうだ。
「それより今はアナタがこれからどうするのかを考えた方がいいわね」
これから……今までなるべく考えないようにしてきたけど。
「すみません。正直なところ全く思いつきません」
素直にそう言った。
「まあそうよね……いきなり未来に行って、女の子になって、未来を変えろだなんて言われて。混乱するのも無理はないわ」
……私はむしろそれより。真鶴さんの理解力の速さに混乱している。
こんな馬鹿げて現実離れした話を普通に受け入れて、それどころか事情にかなり詳しい事の方が驚きだ。この人、本当に何者なんだろう……
「あの、沖宮さんって何者──」
と、その時だった。突如机の上に乱雑に置かれているノートPCから「ピーッピーッ」という警告音のようなやかましい物が鳴った。
「あー、その話は後ね」
そうして、真鶴さんは立ち上がってノートPCの方に向かう。何があったというのだろうか?
「ちょっと遠いかも……雫ちゃーん! 聞こえたー!?」
隣の部屋に向かって叫ぶ彼女。暫くして雫と呼ばれたあの蒼髪の女の子がドアを開けてこちらの部屋にやってきた。
「うん、連絡あった……って、アナタまだいたの?」
私を見てそう呟く雫。
「え? あぁ、はい。ダメでしたか……?」
私がそう言うと雫は真鶴さんに視線を向ける、なんとなく非難の気持ちが混じっているのがわかる。
「あ、この娘は大丈夫よ。とんでもない事情を抱えてる娘でね」
とんでもない事情か……未来に飛ばされて女の子になって。そりゃ確かにとんでもないよね。
「ふーん、まあ別にいいけどまだ。じゃあ私先に言ってるから」
そうして彼女は……ちょ、え? なんで窓から身を乗り出して──
「よっこいしょ」
と、オヤジのような一言を残して大通りに面している窓から飛び降りた!
「ちょ、なにして……!」
私は窓に駆け寄る。だが雫はどこにも見当たらなかった。
「え、何がどうなって……」
困惑する私、真鶴さんが私の隣に来る。
「アナタも一緒に行きましょうか。そうすれば私達の正体がわかるわ」
「し、正体……?」
そうして、私は真鶴さんに連れられて事務所を出た。階段ではなくエレベーターに乗り込む。ていうかエレベーターあったんだ。気が付かなかった……
真鶴さんはB1ボタンを押した。地下一階、何故そんなところに行くのだろうか。
そうして数秒後、エレベーターは止まりドアが開かれる。辿り着いたのは……ガレージ?
そこそこ広めのガレージ。だけどガレージというよりお洒落な車のショールームみたいな雰囲気だ。
「──え」
ガレージには車が一台止まっていた。だけどその一台を見て驚愕した。
「こ、こ、これ、もしかして沖宮さんのなんですか!?」
雄々しく美しいスーパーカーがライトに照らされて光っている。光沢のあるピンク色のカラーは彼女の趣味であろうか。
「そうよ〜」
車には詳しくないけど間違いなく四、五千万くらいはしそうな代物だ。
沖宮さんはポケットからキーを取り出して解錠、そうしてさっさと車の方に行ってしまう。斜め上に跳ね上がるようにドアが開かれる。
リアルであんなドアの開き方する車初めて見た……
「アナタも早く乗って!」
「あ、はい!」
そうして私も乗り込む。激しく暴れる闘牛のようなエンジン音がガレージ内に鳴り響いた。
すげぇ音……
「さぁ、現場まで飛ばすわよ!!」
「安全運転でお願いします……」
〜〜〜〜〜〜〜
そうして二十分ほど。初めて乗った超高級車に若干ワクワクした気持ちになりながら人気の少ない住宅街の一角にたどり着いた。
適当なコインパーキングに車を止める。
「……こんな場所に何を?」
「すぐにわかるわ、雫ちゃん聞こえる?」
ドアを開き外に出て、彼女はスマホで……多分雫と会話している。
「あ、こっちこっち!」
沖宮さんが手を振る。するとその方向、マンションの屋上からピョンと、勢いよく人がジャンプして降りてきた。
って、えぇ! そんな高さから飛び降りて大丈夫かよ!?
そう思ったけど、全くの杞憂だったようだ。私たちの目の前に華麗に着地した彼女……
「し、雫さん? その格好は……」
彼女は、水色と白を基調とした大胆で和風がかったアレンジが施されたセーラー服のような衣装を着ていた。
髪型も、先ほどまでは特に何もしていなかったシンプルなロングヘアーだったけど。今はツインテール……いや、これツーサイドアップっていうんだっけ?
──というか、スカート丈短い。おへそも出てるし。
「何?」
私の視線に気がついた彼女は怪訝そうにこちらを見る。
「えっと……コスプレ?」
「はぁ、なんでこんなの連れてきたの?」
呆れられてしまった。
「まあまあ、ほら。反応は向こうからよ」
いかにもな路地裏の方を指さす沖宮さん。
「えっと……これから何をするんですか?」
そうして、私の方を振り向いた雫はため息をつく。そうして──
「影霊退治よ」