5話 ここって探偵事務所?
「んーっ! うまい!!」
目の前の女性は、ガツガツと美味しそうに私があげたカツサンドを貪る。
「あー……」
なんか、凄く残念というか……美人が台無しな食いっぷり。
「ふぅ、おいしかったぁ」
カツサンドを食べ終えた女性は私に向き直る。
「ありがとう! どこの誰だか知らないけど!」
「い、いえ別に……」
流石に腹を空かせて倒れている女の人を放置しておくわけにもいかない。昼食用にさっき買ったカツサンドが入ってたから、あげてみたらこれだもんなぁ……
「改めて、ようこそ沖宮探偵事務所へ! 私は所長の沖宮真鶴です、よろしく!!」
女性はテンション高めで名乗る。彼女のセミロングの黒髪はボサボサ気味で、化粧とかもしてない。
顔立ちは整っていて美人なのになんだか勿体ない人だなぁ……
「えっと……自分は……」
そこで私はある違和感を覚えた。あれ? 私の名前ってなんだっけ……?
「どうかしたの?」
不思議そうに私の事を見つめる真鶴さん。
「あっ……いえ、そうだ、スティーブンって女の子にここの事を……」
私はそこまで言いかけて言葉を止めてしまった。
──あの体験を素直に話すべきなのだろうか。到底信じてもらえるとは思わないけど。
「どうかしたの〜?」
「ここって探偵事務所なんですよね?」
「そうだよ?」
何を当たり前の事を、とでも言いたげな彼女。探偵事務所……本当かよ、部屋の中なんか関係無さそうなモノばっかなんだが。
私は部屋を見渡す、そこらじゅうに乱雑に積み重ねられている本の数々。
背表紙を見てみると政治や経済、法律から医学まで様々な分野の専門書が。
その他にも謎の機械だったり、やたらモニターが多めなPC、あと一部の棚にはアニメのBDや漫画が山のように詰め込まれている。
……ホント、ここってなんなのだろうか?
「……」
ふと、視線を感じる。
「ど、どうかしましたか?」
真鶴さんがジーッと私の腕に巻かれている例の端末を見ていた。
「ねえ、それ見せてもらってもいいかな?」
「え? いいですけど……」
私は腕を差し出す。なんだろう、この端末の事を知っているのかな。
腕に巻き付けられているそれをペタペタと触りながら興味深そうに観察する彼女。
「天空橋──」
ふと彼女がある一点で視線を止める、スマートウォッチの側面だ。私もその部分を見てみると"TENKUBASHI"というロゴが刻み込まれていた。
気がつかなかった、こんな場所にご丁寧にロゴが入ったいるなんて。
「これどこで?」
「えっと……」
本当になんて説明したらいいのだろうか。未来に行って変な女の子に無理やり付けられて……うん、自分でもバカらしいと思う。
「あの、笑わないで聞いてくれます?」
仕方ない、いい誤魔化し方が全く浮かばないし素直に話すしかない。頭おかしいんじゃないかと思われそう……
そうして、真鶴さんに私が体験した出来事を話す。真鶴さんは笑わず真剣な表情をして聞いてくれていた。
「というわけで、ここの探偵事務所に」
私の話を聞いて考え込むような様子を見せる彼女。
「時隠し……実例を見るのは初めてだけど……」
時隠し? 聞き慣れない単語だ。
「ねえ、キミ自分の名前思い出せる?」
「な、名前ですか? それが全く」
素直に名前が思い出せない事を伝える。苗字も名前もおかしな事に全く思い出せない。
「やっぱり、時隠しの体験者は自分の名前を思い出せない……」
ブツブツとそう呟く彼女。
「あの、さっきからどうしたんですか? 何か知っているなら教えてほしいんですけど」
確実に何か知ってそうな雰囲気、これはここに来て正解だったかも。
「ごめんごめん、えっと……ちゃんと説明するね」
そうして、彼女は語り始めた。
「落ち着いて聞いてほしいんだけど、あなたはもうこの世界では"いなかった"ことになっているわ」
「……え?」
いきなり突拍子もない事を言われた。「いなかった」って、どういう事なのか。
「あなた何歳?」
唐突に年齢を聞かれた。私は「十五歳です」と答える。
「そう、じゃあアナタが生きてきた十五年という軌跡、アナタがの存在は既にこの世界から消えて再構築された……というわけ」
「……言っている意味が」
あまりにも現実離れした話に混乱する私。
「時隠し、未来に迷い込み戻ってきたら自分の存在が消えている……恐ろしい話ね」
途端に自分の手が震えだす、存在が消えてる? そんなバカな話があるのか、現実離れしすぎ……
そこで私は自分の身に起きた事を思い出す。未来になんか行ってる時点で現実離れもクソもないという事実に気がつく。
「そんな……」
存在、人一人が生きてきた歴史がこんなにあっさり否定されていいのか、私が生きてきた十五年ってなんだったんだ……
「ていうか、なんで沖宮さんはそんなに詳し」
と、その時だった。私が言い終わるより前に乱雑に探偵事務所のドアが開かれた。
「ただいま……」
探偵事務所に入ってきたのは、綺麗な蒼みがかった髪が特徴的な私と同世代くらいの女の子だった。
彼女の髪と同じ色をした深々とした蒼い瞳と視線が合う。
「……誰? お客さん?」




