36話 静かなる井の頭公園
「井の頭公園って行ったことないんだけど、どういうとこ?」
吉祥寺に向かう電車の中、隣に座る灯に聞いてみる。
「え? いや別に普通のでっかい公園だよ、なんか大きい池あってさ」
いや、それはわかってるけど……
「いい場所よ、落ち着けるし。雰囲気は悪くないわね」
と、前に立つ雫が呟く、そうそう。そういうことが知りたかったんだよ。
「てかとっとと終わらせてさ、商店街の方行かない? あそこ美味いもん沢山あるしさ、腹減ってきたわ〜」
なんとも呑気な様子な灯、その余裕さを私にも少し分けてほしい。
「スムーズに終わるといいけど……」
なんか、ものすごく嫌な予感しかしない。大丈夫かな……
『次は、井の頭公園駅〜』
車内アナウンスが流れる。公園に行くなら吉祥寺で降りるより手前のこの駅で降りた方がいいだろう。
そうして電車は駅に到着する。井の頭公園駅、その駅前は落ち着いた雰囲気のある場所だった。
「意外と静かな感じ?」
「まあこっち側はね、吉祥寺駅のほうは色々とごちゃごちゃしてるけど」
と、雫。少し先を見ると公園特有の緑々とした感じの風景が見えた。
そうして、井の頭公園に。公園に入ってしばらく行くと小さい橋のようなものが。
先ほど乗ってきたのと同じようなシルバーの電車が橋の上を通っていった。その橋を潜り抜け先を進む。
「結構人いるね」
「そりゃ、休日だしな」
まあ、それもそうか……
「あれ、てか待ち合わせ場所ってどこ?」
先を行く灯が思い出したようにそう呟く。
「確か……あぁ、ここね」
雫がスマホの地図を拡大してある場所を指差す。私たちは指定された場所へと向かった。
辿り着いたのは、井の頭公園内の湖がよく見渡せる静かな場所にある東屋であった。
「……来ましたわね」
そうして、そこにいたのは一人の少女であった。
「えっと、あなたが?」
東屋のベンチ、まるでその一角だけ雰囲気が違っていた。なんというか……格式高い雰囲気というか。
ベンチに座る少女、私と同い年くらいだろう。綺麗な長い黒髪を後ろで結んでいる、いわゆるポニーテールってやつ。
容姿は……なんというか雫の言った通りだと思った。すごく美人だ。まさしく、由緒正しきお嬢様って雰囲気がする。
これで和服を着てれば……と、思ったけど流石にそこまではイメージ通りにならない様だ。彼女はおそらく自分の通っている学校のものであろう制服を着ていた。
「あれ、舞花は?」
灯がベンチに座る彼女に聞いた、そういえば彼女がいない。
「舞花は後ほど来ます、あの娘……職業が職業ですから」
確かに、大人気アイドルだしとても忙しそうだ。
「オホン……お二人、いや三人ともお久しぶりです」
三人? 私の事だろうか、でも多分面識ないだろうし……
『私の事だと思うよ』
「うおっ! びっくりした!」
霧の声、私のスマホからだ。ってか心を読むな!
私はスマホを取り出す、すると画面が切り替わり暗い画面、真ん中にトキをかたどった様なオシャレなマークが出る。
『今流行りのリモート参加』
「……はぁ」
なんというか、霧らしい。
「それで、アナタが……」
彼女の視線が私に向く。
「ほ、北條あげはです。よろしくお願いします」
とりあえず名乗っておく、自己紹介は大事だ。
「……アナタどこかで、いや……気のせいですわよね」
微妙な反応の彼女、なんか凄く疑われてるみたいな雰囲気なんだけど……!
「私は南野家、当代退魔巫女の南野柚子と申します。以後お見知り置きを」
立ち上がり礼儀正しく頭を下げる南野家の退魔巫女さん。
「なー、さっさと終わらせない? 私腹減ってしにそー……」
「灯さんは黙っててくださる?」
ぴしゃりとそう言い放つ彼女。
「単刀直入に申し上げます、私たち南野家にあげはさんの情報を開示してくださらないかしら」
いきなりド直球ストレートをぶつけてくる。デッドボールなんてレベルじゃないぶつけっぷりだ。
「情報、って言っても……」
やはり、知りたいのはそこなのか。というより向こうはどれくらい私の事を把握しているのだろうか?
「私は名字の通り雫や霧の遠い遠い親戚で、それ以上でもそれ以下でもないです」
とりあえずそう言ってみた。
「こちらの調査ではアナタの身元が一切わかりませんでした、怪しい事この上ないですわ」
彼女はそう説明する。そこまで調べているのか、でもやっぱり未来が云々というのは知らない……よね?
「えーっと……それは……」
やっぱ、下手な誤魔化しなんて効かないんじゃないだろうか。どうしよう……
「私たちは退魔巫女、志を同じくし影霊と戦う存在。隠し事などせずに手を取り合って互いに協力していくべきだと思いますわ」
至極まっとうな正論なんだけど、その言葉を聞いた雫の雰囲気が少し変わった様な気がした。
「手を取り合って、ねぇ」
「なんですか雫さん、言いたい事があるならはっきりと言ってください」
二人の間に微妙な空気が流れる。これはまずい流れなのではないだろうか……
「あー! ほら、まだ舞花の奴も来てないしさ、揃うまでどっかで飯でも……」
「灯は黙ってて!」「灯さんは黙っててくださる!?」
二人の声が重なる。いや君ら実は仲がいいのでは?
そして、睨み合う二人。まずい……かなり雲行きが怪しくなってきた……




