20話 理由は様々
翌日、今日は雫も学園に行くようだ。珍しくちゃんと制服を着ていた。
「どうしたんだ? 今日は」
私がそう尋ねると、彼女は「別に……なんとなく行きたい気分になったから」と、適当な様子で返答してきた。なんというか気まぐれなやつだなぁ……
「ん、飯……昨日のケーキ一個余ってる、これでいいか」
私は事務所にある冷蔵庫をガサガサと漁りショートケーキを取り出す。
「朝からよくケーキなんて食べられるわね……」
雫は呆れた様子で私の方を見る。
「しゃーないだろ、これくらいしかマトモな食いもん入ってないんだから」
冷蔵庫の中は……缶ビールが山ほど詰め込まれている。誰のかは勿論言うまでもないだろう。
「雫こそ、コーヒーだけでいいのかよ? ちゃんと朝飯食わんと身体に悪いよ?」
「あなた……私の母親かなにか?」
そんなやり取りをしながらのんびりと朝の時間を過ごす。実に平和な時間だなぁ、なんて思ってたのに。
ブォォォォォ……
外から、暴れる闘牛のようなエンジン音が聞こえてきた。この音は……
私は窓からチラリと外を見る。案の定、真鶴さんのスーパーカーだった。戻ってきたみたいだ。
「はぁ〜ただいま〜」
そうして数分後、真鶴さんが事務所に上がってきた。なんだかかなり疲れている様子だ。
「おかえりなさい、どこに行ってたんですか?」
真鶴さんは事務所に入るやいなや応接用のソファーに寝転ぶ。
「ちょっと昔の同僚にね」
同僚……というと、昔いた研究所の仲間だろうか?
「ねぇ、雫」
私は雫の近くにこっそりと耳うちする。
「何?」
「真鶴が前いた研究所って……どういうとこなの?」
「さぁ……私もよく知らないわ」
雫も知らないのか、相変わらず真鶴さんに関する事は謎に包まれている。
「昔そこで影霊の研究をしていた……までは聞いたことあるけど」
それ以上の事は聞いていないらしい。私はチラリと真鶴さんに視線を向ける。
「……zzz」
寝てる……だいぶお疲れのようだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「ねえ、雫はさ……なんで戦ってるの?」
駅に向かう途中、私は雫にそう聞いてみる。彼女は一体何故退魔巫女として戦っているのだろうか。
「いきなりどうしたの?」
「いや、なんとなく気になってさ」
昨日、揚羽に言われた事をずっと考えていた。私はただ状況に流されているだけ。意思がないと言われた。
確かにそう言われたら言い返せない。
雫に戦う理由を聞けば、なんとなくこの状況を打開するようなヒント。揚羽に認めてもらえるようになる答えが見つかるのではないかと考えたのだ。
「別に、深い意味は無いわ。私が戦ってるのは……"北條"という名字を背負ってるからよ」
「名字を背負う?」
私がそう聞き返すと雫は静かに頷く。
「ええ、何百年という時の中で影霊と戦い人々を守ってきた、私はそんな北條家の一員」
北條家……大昔から影霊と戦ってきた……そう聞くと今更ながら私たちを取り巻く状況のスケールの大きさに少しビビってしまう。
「……じゃあ、もし北條の家に生まれてなかったら?」
「は? あなた何言ってるの?」
ナニイッテンダコイツみたいな表情で私をみる雫。
「……そうね、北條の家に生まれなかったら、そもそもこの力もなかったろうし、影霊を見る事もなかっただろうし」
影霊と関係ない普通の生活が送れた……とでも言いたそうな様子だ。
「でもそうはならなかった、私は北條の家に生まれたの。私の背中には……色々な人の意思が乗っかってるよ」
そうして、空を見上げる雫。その表情はどこか寂しそうというか。この世にいない誰かを思い出しているかのような様子であった。
「……すごいよ、尊敬する」
私なんかと比べてしっかりとしてるよ雫……
〜〜〜〜〜〜〜
「は? なんで戦ってるのかって?」
いきなりの真面目な質問に驚いた様子の灯。
今は昼休み、今日も灯と一緒に最上階の食堂に来ていた。雫も誘ったんだけど遠慮された。
なんとなく、今日の半日で雫は灯の事が苦手という事が伝わってきた。まあ真逆な性格だしわからなくもない……
「そんなの決まってるだろ? 私達、退魔巫女は正義のヒーローなんだぜ? ヒーローがみんなを守るのは当然でしょ」
わかりやすいくらい単純で明確な答えが返ってきた。
「それに……私はあの人みたいになりたいんだ」
昼食の唐揚げ定食をかきこみながらそう呟く灯。
「あの人って?」
誰か憧れの人でもいるのだろうか。
「……そのうち話すよ」
結局、その憧れの人とやらについては教えてくれなかった。
〜〜〜〜〜〜〜
「揚羽、いる?」
私は遠くに向かって呼びかける。
静かな学園の屋上、五限目の途中で具合が悪いと言って授業から抜け出してきた。灯が着いて行きたがってたけど遠慮してもらった。
「ええ、いますよ。私は常にアナタのそばにいますし」
……なんかそれちょっと怖いな。
「あのさ……明確な戦う理由もなく、流されているだけって話」
「ええ、それがどうかしましたか?」
今日二人にそれを聞いてみた。二人とも理由は違ったけど、私とは違ってはっきりとした答えというものを感じた。
使命感や正義感、憧れ……理由は様々だ。私は……
「保留でいい?」
「……は?」
予想外の言葉に驚いた様子の揚羽。
「いやさ、二人に聞いてみて凄いなと思った、確かに私にはあそこまでしっかりとした意思はないよ」
私は状況に流されるまま今この場所に立っている。
「……」
揚羽は私の話を真剣に聞いてくれている。
「でも、とにかく今は自分にやれる事をやろうと思う、きっとそのうちはっきりとした理由は見つかると思うし」
そういうのって多分戦いを続けていく中で見つかるものだと思う。
「はぁ〜……あげは、アナタはそういうタイプの人間でしたか」
そう言う揚羽は……なんと、唐突に私に口づけをした……!
「え……ちょ、何!?」
私の唇から彼女の柔らかい感触が離れる。すると……腕のスマートウォッチが鐘の様な通知音を鳴らした。
『システムのロックを解除、限定稼働モードを停止します、これより通常稼働モードに移行します……システムを更新中……』
よくわからないけど……言葉から察するに普通に動く様になったと言う事だろうか?
「これで、正式な契約の儀式は終了しました」
そうして、若干顔が赤めな揚羽はビシィ!と私を指差す。
「勘違いしないでくださいね! まだ私はアナタを認めてませんから! ただ……アナタがどんな答えを出すのか、最後まで見届けてあげます!!」
そうして、私とツンデレ姫神は正式なパートナーとなった。