19話 八年先のことなんて考えられない
「あなた、よくこんな沢山甘いモノ食べられるわね」
バイト終わり、探偵事務所内の応接用のソファーに寝っ転がりダラダラとテレビを見ながら、夜ご飯代わりにさっき貰った余りのケーキを食べてると、事務所に入ってきた雫が呆れた様子でそんな事を言った。
「いや……だって私甘いモノ好きだし、雫も食べる?」
「いらないわよ、私そういうの苦手だから」
へぇ、それは意外だ。女の子ってみんな甘いものが好きなのかと思ってた。
「そういや、結局真鶴さんどこ行ってんの?」
夜になっても戻ってこない。まああの人もいい歳した大人なんだしそこまで心配するような事はないんだけど……
「影霊の調査、どこに行ってるのかは私も知らないわ」
調査……か、一応ちゃんとそういう事はしているのかな?
私は自室にあった資料の山を思い出す、あれらはそういう調査、研究の成果という訳なのだろうか。
「……」
「……」
そうして沈黙、雫とはなんとなく会話が続きにくい。
『え〜今日のゲストは、人気アイドルユニット"Wild Weasel"から〜』
沈黙とは関係なしにテレビはお気楽なバラエティ番組を流し続ける。
「……ねえ、あげはって八年後に行ったのよね」
雫が沈黙を破り口を開く。
「うん、行ったよ」
「どんな場所だった?」
どんな場所……かぁ。
「とにかく、この世の終わりみたいな感じだった、色々とめちゃくちゃだったよ」
世紀末とはまさにあんな感じの事を言うのだろう。
「未だに信じられないよ、未来があんな風になってるなんてさ」
人っ子1人いない、真っ赤な空に覆われた東京。影霊が跋扈しまさに地獄というに相応しい光景だった。
「八年後……か、私は何をしているのかしらね」
雫は、どこか遠くを眺めながらそんな事を呟く。
「……戦い続けてるんじゃないかな、多分……影霊と」
私はどうしているのだろうか。八年も先の事なんて想像がつかない。
というより、そもそも東京があんな風に変化してしまうのは今から一年後のはずだ。
今から一年後に一体何が起きると言うのだろうか。影霊の大量発生とかなんとかスティーブンは言ってたけど……
結局、その後また会話が途切れてしまった。私はそのままテレビを眺めながらずーっと未来の事を考えていた。
気が付けば雫は部屋に戻っていた、時刻は夜十一時過ぎ、結局真鶴さん戻ってこなかったな……
「ふぁ〜っ」
大きくあくびをする、眠くなってきた。もうそろそろ寝ようか……
私はテレビを消して事務所を出た。そのまま部屋に戻ろうと思ったんだけど、なんとなく外の空気を吸いたくなってきた。
エレベーターで屋上に上がる。この一週間なんとなく考え事をする時は屋上を使っていた。
エレベーターを降り、ドアを開け屋上に出る。屋上には自家栽培していると思われるお洒落な野菜の鉢植が沢山あった。
それらをスルーして遠くが見渡せる場所に。フェンス越しに高いビル群が、あれは新宿だろう。ここからは副都心がよく見える。
「うぅ、ちょっと寒い」
あたりに少し冷たげな風が吹く。私はブルッと身震いしながら星が見えない東京の暗い空を見上げた。
「……なんか不思議だな」
つい、一週間ほど前までは、ごく普通でつまらない生活を送っていた筈なのに。
その時、ふと誰かの気配を感じた。私は後ろを振り返る。
「もしかして……」
野菜の花にとまっていた一匹の蝶がこちらに向かってきた。
「やっぱり、揚羽ちゃんだったか」
「ちゃん? 言っておきますけど私はアナタより何千年も長く生きてるんですよ? もっと敬意を払ってください」
と、人の姿になった揚羽は不満そうにそう言った。この娘ロリババアだったのか……
「すみません、揚羽様」
「……敬語使われるのも気持ち悪いです、普通でいいですよ」
なかなか難しい娘だ。
「ねえ、私の事嫌いなの?」
思い切ってそう聞いてみた。
「別にそういう訳ではないですけど……ただ、アナタってなんだか流されて戦っているような気がするというか」
帰ってきたのは意外な答えだった。
「流されて?」
「アナタの事情は私も大体知っています、未来に迷い込んだことも……あのアホに無理矢理退魔巫女にされた事も……」
あのアホ? スティーブンの事だろうか。
「私にはアナタがただ状況に流されて、漫然と役割を演じているようにしか思えません」
真剣な面持ちで私を非難する揚羽。
「流されてって、私だってあんな未来をどうにかしようと思って……」
「それはただ都合よく目的が転がってきたからそれに縋りついただけです」
バッサリと切り捨てられる。
「……意外と手厳しいんだね」
確かに、ただ漠然と未来をどうにかしたいなんて言ったって具体的に何をすれば良いのかなんて全くわからないし……
「ヤバい時は力を貸します、姫神と退魔巫女は一心同体ですから、でも私はあなたをまだ認めてませんから」
そう言って揚羽は私に背を向け……蝶の姿になりどこかへ飛んでいった。
「流されてるだけ、かぁ……」
私は再び遠くの煌めく副都心を眺めながらそう呟いた。




