第一話 埃まみれの巨人
このたび、初めて投稿しました停留所所長と申します。
細々とではありますが頑張っていきたいと思います。
小さなころからあるヒーローに憧れていた。
鋼の体を持つそのヒーローはいつだってボロボロだけど決して諦めなかった。
TVの前の僕にはその姿がとても輝いて見えて、いつか自分もあんな風になりたいと毎晩布団を深くかぶって想像を膨らましていた。
ある時、ヒーローはTVの前の僕に向かってこう言った「少年が絶望していいのは一週間だけだ__」と。
僕には不思議で仕方がなかった。どうして一週間も悲しい思いを我慢しなければいけないのかと。
理解できない僕など知らずにヒーローはニカっと笑っていた。
春にしては肌寒いと両手をこすって暖を取っていた少年_搭堂壱騎は半ば愚痴のような思考でこれまた無駄に長い階段を早足で賭けていた。
現在時刻は8時20分。遅刻する可能性は億に一つもないが、5階まで続く階段は去年より一階分多くなったことで壱騎の精神を朝からゴリゴリと削っていった。齢16の彼の体力は同年代と比べれば平均より若干上位だが、朝の精神力は人一倍弱いと胸を張って言えるくらいには朝が苦手だった。
這う這うの体で教室にたどり着いた彼を待っていたのはスマホの液晶をリズミカルにたたく指の音、カードスリーブをこするシャカシャカという音、専門外のジャンルの会話。正常な気を持った人間が見ればそのあまりの自由さとまとまりのなさに驚くであろう。だが壱騎はいつもの様子に驚くこともないごくごく自然で当たり前のことである。
ここは大明浜工業高等専門学校_通称「大明高専」。微妙な志とそこそこな学力を持った人間が集まる変人の学校である。
壱騎はこの学校の機械科の2年生だ。
クラス内ではそこそこできるやつという良いのか悪いのか壱騎本人もよくわからない烙印を押されている。もっともそれはこの場においては単なる1年間一緒にいた周りのクラスメイトの壱騎に対しての印象評価でしかない。性根が似通った変人が集まったこの学校にはいじめというものが存在しない。あったとしてもそれは消して見えないし誰も傷つけない、この学校のいじめとはそういうものだ。
だからこそ印象評価というのは「この人間と仲良くなりたい」そういう時くらいにしか役に立たない。みな大事な友達がおり誰にもとられたくないのだ。
きっとうらやましがる人もいるのだろうと1限目の授業の内容を聞き流しながら壱騎は考えていた。世の少年少女を悩ませるスクールカーストもなければそれに伴い発生するいじめもない。大明高専は理想郷だとそう考える人もいるだろう。事実、今このクラスにもそう考える人間はいるはずだ。
だが、壱騎は思う。ここは時折がっかりするところだと。ここは決して夢を見る場所ではなく現実に覚めるところだと、夢を捨てきれないからこそ壱騎はそう思う。
ゆっくりとした深いため息は後ろから来た強烈な圧力によって、無理やり外に吐き出させられてしまった。
「どうした?随分と浮かない顔して。そんな顔ずっとしてるとおじいちゃんになちゃうぞ」
耳にタコができるほど聞いたその声に無理やり気合を入れなおした。
「ため息は疲れや悩みを外に出してくれるんだよ」
「じゃぁ、壱ちゃんの吐き出した悩みを誰かが吸っちゃうじゃん」
「空気中に分散されるから個人が吸う量は微々たるもんだよ」
「ホントに?」と声の主はずいぶんと懐疑的な声を上げた。目鼻立ちはそこそこ整っていてこのクラスの女子_5人しかいないが_の中ではたぶん一番かわいいんではないだろうか。
彼女の名前は真城冊月。そばかす伊達メガネに短めにそろえた髪を後ろでちょこんと縛っている、幼稚園からの幼馴染。
「あ、そうそう例の話、先生うまくいったみたいだよ」
「マジ!?」
胸が高鳴った。ようやくスタートラインに立てるかもしれないと。全身の毛穴からやる気がにじみ出て今すぐにでも駆けだしたかった。
だが、現在時刻は10時25分。5分後には3時間目が始まってしまう。
残りの4時間、この興奮と理性で戦わなければいけないことに前借の疲れを感じていた。
案の定というべきか、残りの4時間は地獄に匹敵する長さだった。当然授業の内容など覚えてなどいない。今日の残り科目が苦手な科目じゃなかったことに対して授業日程を作ってくれた誰かに心の中で感謝した。
さて、今立っているのは最近の壱騎が一番長い時間を過ごすことの多い場所である。
周りの建物に比べ少し背の高い年季の入った建物。
入り口と思しき巨大な、それこそ牧場の牛舎にありそうな扉の横にお世辞にもきれいとは言えない文字で書かれた木製の看板が掛けてある。
『特殊ロボット技能部』___通称『特技部』
壱騎はこの学校の機械科の2年生だ。
そして、このボロボロの建物を城とする特技部の部長である。
相変わらず滑りの悪い鉄製の大扉を全身を使って開けると、見たこのない人影がいる事に気づいた。女の子であろうか?ドラム缶の上に座っている。部室にこぼれる光が彼女の黒い髪を照らす。美しさのへったくれもわからない壱騎であるが、これは美しいと理解できる。それくらいにはきれいであった。
声が聞こえる。随分とざらついた声である。おおよそ女子の声とは思えない。
少女がこちらを振り向いた。
詳しい顔はわからないが、遠目から見ても整って見える。冊月と同じくらいにはきれいな顔立ちと推測できる_20メートルは離れているのであるが。
数秒の間壱騎を見つめた少女は立ち上がり、建物の奥にあるやたらと大きなモノに近づいていく
「それはだめ!」
少女が3歩目を踏み出すのと、壱騎がカバンを放り出し少女に向かって全力のロケットダッシュを始めたのはほとんど同じタイミングだった。
“ソレ“を他人に触れさせるわけにはいかない。
少女がそれに触れるまであと4秒。
壱騎が少女のもとにたどり着くまであと6秒。
間に合わない。
少女がそれに触れるまであと3秒。
壱騎が少女のもとにたどり着くまであと5秒
間に合うわけがない。
だが
少女がそれに触れるまであと2秒。
壱騎が少女のもとにたどり着くまであと4秒
だがこの男_搭堂壱騎は稀代の諦めの悪い男であった。まわりがちょっと引くくらいには諦めが悪い。
少女がそれに触れるまであと1秒。
だからこそ、この男は主人公にされるのだ。
諦めの悪い人間は時折奇跡を起こす。
神様はそういうが人間好きなのだろう。だからこそ諦めない人間は世界から消えないのだ。
その例にもれず、彼もちょっと奇跡を起こした。
壱騎が全力で飛び上がる
壱騎が少女のもとにたどり着くまであと0.5秒
壱騎は2.5秒を縮めたのだ。
少女がそれに触れるまであと0.5秒。
壱騎が少女のもとにたどり着くまであと0秒
“ソレ“に触れさせないという事自体は達成した。
だが、結果がいくら良くても状況が同様にいいとは限らないのだ。
少女はとてもきれいな顔をしていた。
特に目がきれいだった。まるで丁寧に磨いたガラス玉をそっくりそのままはめたかのような透明で自分のすべてを見透かされているように感じる目だった。
その感想はもっとちゃんとしたときに感じるべきだと壱騎のなかのもう一人の壱騎が言ってるような気がした。
壱騎は少女の上に覆いかぶさっていた。ほかの人がいたらこう呼ぶだろう
「変態」
「あっ…ごめん」
急いで少女の体から降りた。ほとんど男子校のこの学校に2年もいる壱騎には冊月いがいの女子とはなにか壁を感じてしまう。
だがしかし、少女の声はとても澄んでいた。あのざらついた声と同一人物とは思えない。
「これ、君の?」
彼女が渡したのは黒いラジカセだった。この部室の一角に構えられた小屋_壱騎の秘密基地にあるものだった。
「なんで盗ったの」という余裕は壱騎にはなかった。それよりも押し倒し覆いかぶさる形になった少女に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。彼はあきらめの悪い人間であると同時に、非常に女性が苦手だった。どうしていいかもわからずうつむいて黙り込んでしまう。
数秒しかたっていないのだが壱騎には何よりも長く感じられた、それこそ今日の授業よりも。
不意に少女が立ち上がった。
「それに触っちゃダメ!」
「なんで?」
説明するために壱騎は立ち上がった。謝る為だけなら多分立ち上がれなかった。
「まず、ごめんなさい。どうしてもこいつに触れさせるわけにはいかなかったんだ」
壁にあるスイッチを押す。入り口側からパッパッと照明が点いていく。最後の一つが点いたとき“ソレ“の全容が姿を現した。
あっちこっちに埃がたまり長い間そこにいたことがわかるソレは鋼鉄製だった。人の胴体のようにも見える。
しかし、それは巨大だった。
「総合格闘競技用特殊軽車両Martial Arts Special Light equipment 日本語読みでマーシャル。鉄と鉄をぶつかり合わせて戦う鋼鉄の巨人」
少女と少年はその鋼鉄の、埃まみれの巨人にくぎ付けだった。
「これは君の?」
「そう、大明高専特技部の僕たちのマーシャルさ!」
いつの時代だって少年と少女の運命の出会いは物語の始まりだ。
物語は往々として誰かが救われるものだ。
苦しんで悩んでそれで終わりでいいはずがない。
これもきっとそういう物語。
「そういえば、自己紹介してなかったね。僕、機械科2年の搭堂壱騎。好きなものはアストロボーイとタコのから揚げ」
「私は……」
「私は杏。孤門杏」
かくして物語はスタートラインへと至った。
つづく
第一話どうでしたでしょうか。
まだまだ序盤も序盤です。今後も精一杯精進していきますので応援や感想ブックマークなどよろしくお願いします。