洋菓子店 Pumpkin lake 第六話
ここは、町外れにある洋菓子店「Pumpkin lake」
もう随分前からそこにあるお店は、朝から晩までぼんやりとした暖かい灯りが窓から漏れています。
風の噂によると、店主はまだ若い青年で、来店できるのは一日に一組と言うのです。栗毛色した扉にある貼り紙には
「来店時間はお客様の都合の良い時間に。お代は戴きませんが、その代わりに貴方の大切な思いを聞かせてください。」と書いてあります。
その言葉を疑って来店をしない人達もいますが、今夜もまた一人、女性がお店の扉を開きました。
いらっしゃいませ。
こんにちは。ああ、暖かい。
入店してきた女性は冬場だと言うのにとても軽やかな格好をしていました。南国を思わせる様な鮮やかな黄色のパレオから覗くふっくらした胸元や、長くしなやかな手足が印象的でした。店主はそう言ったお客様はあまり対応した事がなく、目のやり場に困りながらも挨拶をしました。
先程まで外は強風に煽られ、近くの湖もだいぶ波が立っていたのですが今はピタリと止んでいました。
女性はショーケース越しに店主の顔をにこにことした表情で眺め、それからケーキへと視線を落とすと小さく唸りながら吟味していました。
そうねぇ、これにしようかしら。チーズ、ケーキ?
彼女が選んだケーキは、お召し物と似ている色のホールケーキです。端に乗せられているブルーベリーは彼女の耳元で輝く紫色のイヤリングにそっくり。
店主は深々と頭を下げ、特別な思いを聞こうと顔を上げたのですが目と鼻の先に彼女の顔があったものだからとても驚いて少しだけ顔を赤らめました。
それでは…っと、と。
ねぇ、貴方結構いい顔してるじゃない?なんてね。果物はね、いつも見ているから今日はいいのよ。私って、何処に行っても嫌われちゃうのよ、風が強いだの雨が凄く降るだの果物が落ちちゃうとか米が駄目になっちゃうとか…おまけに酷いときは屋根まで飛んじゃう。牛さんも、私が来るといつも逃げちゃうの。申し訳ないと言うか…でも食べてみたいよね、チーズケーキ。
彼女は悪戯に、赤い唇から舌先を覗かせました。どうやら今回のお客様は台風のお忍びの姿の様でした。先程までの強風が吹いていた窓外を見ると、この時だけでしょうが晴れ間が覗いていました。
頬を膨らませた彼女が言います。
太陽ってば、自慢気にケーキを見せてきて。月に住んでる子達のケーキも、あれは嫌でも目に入っちゃうし。貴方、罪な人ね。
店主は饒舌な彼女にたじたじでした。
それでも彼女の瞳の奧はとても真剣で、きっと此処でしか買えないのだとも言っています。
店主はショーケースから大きなチーズケーキを取り出すと箱に詰めて、それからろうそくを何本か一緒に入れました。
確か今年は…15回くらいいらっしゃいましたっけ。宜しければ太陽さんともお祝いしてください。
なぁにそれ?厄介者なのにお祝い?……今年だけよ。
人々からは嫌がられる台風。
でも彼女にとってはそのひとつひとつが誕生日なのです。分け隔てしない店主からの些細な贈り物に、彼女は長い後ろ髪を肩からかきあげるように流し上機嫌でケーキを受け取ると店から出ていきました。
彼女が去った数分後、また天気は荒れて来ましたがそれも直ぐ晴れ間へと変わり暖かな日差しに誘われるように、店主は窓辺から直ぐそこでキラキラと光る湖面を眺めていました。