契約悪魔の猫寄わん子
翌日。
トオルは土曜日なので、10時まで布団に潜っていた。
というよりも、昨日あんなことがあったかので寝つきが悪く寝るのが遅くなったというのが正しいが。
ドタドタドタ
ガチャ‼
誰かがトオルの部屋のドアをあわただしく開ける。
もちろん普通であれば、誰もいないはずのいいえでそんなことが起こる事は異常事態だが、トオルは部屋に入ってきた人物を知っているので落ち着いて上半身を起こす。
そこにいるのは一人の長いポニーテールの少女である。その少女は、美人かと言われればそうではないが、素朴な可愛さが滲み出るような愛くるしい顔をしていた。
その少女の名前は鍵山ユキ、隣の家に住むトオルの幼馴染である。
母親が出張でいないことの多い戸川家の一人息子のために、休みの日はよく家事を手伝いに来てくれるのだ。
「トオル!いつまで寝てんのよ⁉」
そう言ってユキが叫ぶ。
正直な話、トオルは朝9時には起きていた。しかし、トオルは好意を抱いている女の子に朝起こして欲しかったがために1時間以上布団に潜っていたのだ。
そんなことは知らないユキがさらに一層大きな声を張り上げる。
「トーーオーールーー‼」
「わかったわかった、もう起きてるだろ?」
「だったら早く布団から出てきなさいよ」
ユキはわざとらしく少し膨れた顔を作ってみせる。
「お前もこんな朝から暇人かよ」
「別に暇じゃないわよ。でもおば様に頼まれたからしかたなく起こしに来てやってんのよ」
「それに…まあ…あんたの世話焼くも…嫌いじゃない…し…」
そう言ってユキは頬を赤らめる。
ドキッ
「…何言ってんだよ」
いきなりのかわいい表情に不意を打たれるが、つまらせながらも言葉を返す。
「あーあー!やっぱ今のナシ‼忘れて!」
ユキは両手を顔の前で何度も振りながらそう言った。
「お、おう…」
やっぱり俺こーゆーユキのところ『好き』だな…とトオルが思った時、いきなりドクロの目と口が眩しく光り出す。
「な、何なんだ…⁉」
「何なの?」
ユキ眩しい光を遮りながら不思議そうにトオルの方を見つめる。
ボンッ
大きな音が鳴り、白い煙が部屋全体に立ち込める。
モゾモゾ
トオルの布団の中で人間大の何かが動いている。
「な…まさか…(嫌な予感がする…)」
そのトオルの予想通り、布団の中からは二人と同じくらいの年の少女がトオルの体を伝って這い出してきた。
その顔は正しく美少女と言うにふさわしい顔立ちで、茶色の髪を腰まで伸ばしており、頭には二つの犬のような耳がついていた。
その少女はトオルの顔を見るなりにっこりと笑う。
「初めまして。ご主人たま‼私、ご主人たまの『好き』の契約悪魔の猫寄わん子です!よろしくお願いします!」
そう言ってわん子は腰の辺りから伸びている犬のようなしっぽを激しく左右に振る。
「ギャーーーーーーーーー!!!!」
ユキが悲鳴上げる。
「キャーーーーーーーーー!!!!」
そう言ってわん子はトオルの体にしがみつく。
「ギャーーーーーーーーー!!!!トオルが女連れ込んでるーーーー‼!しかもコスプレさせてるーーーー!!!!」
「ユキ!誤解、誤解だって!」
「キャーーーーーーーーー!!!!ご主人たま⁉誰ですかあの女は⁉」
「わーーーーーーーーーー‼!!お前こそ誰だ⁉ てゆうか離れろ!」
「私とご主人たまの愛の園に侵入してくるなんて…!」
わん子はそのままユキの方を睨みつける。
「え、ええ⁉あ、あいの…あいのその…?」
一方、ユキは放心状態である。
「うわ------------!!!!何言ってくれてんだ⁉…ユ、ユキ…?お前もちょっと落ち着けよ…な?」
その様子はまるで、浮気がバレた男が彼女必死に言い訳をするようだった。
「わ、私とは、遊びだったのね⁉うわーーーーーーん‼」
そう叫びながらユキは部屋を出て、玄関から飛び出す。
「ちょ、ちょ待てよ!」
「いーーーーやーーーーーーーーー‼」
(俺の一番得意なキムタクのモノマネも聞かないなんて…いや、それよりも早く急いで追いかけないと!)
トオルはパジャマのまま立ち上がって追いかけようとするが、体に自分以上の重みを感じでうまく動くことができない。
「ご主人たま!あんな女などほっておいて私とイチャイチャしましょうよ」
「だーーー!何なんだよお前⁉今はそれどころじゃないんだよ!」
「私は、ご主人たまの『好き』の契約悪魔の猫寄わん子です!」
「それは知ってる。その『好き』の契約悪魔ってのは何なんだよ?」
「それはこのネックレスがご主人たまの『好き』という感情に反応して、勝手に私と契約したからです。この話、聞いてませんでしたか?」
「聞いたけど…まさかこんなタイミングで…」
「まあまあそんなことはどうでもよくて。ご主人たまー、私とイチャイチャしましょう!あ、ご主人たま、発情期ですか?」
わん子がトオルの股間の膨らみを見つめる。
「ちげーよ!これは朝勃……ってこんなことしてる場合じゃなかった!」
「じゃあ、ご主人たまはあの女に発情したんですか?」
「それもちげーよ!(ある意味違くはないかもしれないけど…)」
「とにかく!ユキを追いかけるから離れてくれ!誤解を解かなきゃいけないんだよ!」
「ええー。誤解されたままでもいいじゃないですか」
わん子はトオルに胸を押し当てる。
「よくないわ!」
邪念を振り払うように、トオルは一層声を張る。
「そんなにあの女のことが好きなんですね…?一体どういう関係なんですか?」
「関係もクソもないわ!ただの幼馴染だっての!」
「あーーー!わかりました、漫画でよくある可愛い幼馴染がずっと好きってやつですね?本当にいるんだ…」
「それで悪いかよ⁉とにかくもう俺は行くからな!」
グイッとわん子の体を抱き上げ、 ベッドの下に下ろす。
「あ、まってください。私も付いていきますから!」
「やめてくれ!確実にややこしくなる…」
そう言い放つと、トオルは靴を履き家の外へ駆け出す。
*
ハァ…ハァ…
「どこ行きやがった、あいつ…」
トオルは家から遠く離れた公園まで走ったところで一旦足を止めた。
すると後ろから声が聞こえた。
「ご主人たま、私、あの女のいる場所臭いでわかりますよ」
振り向くとそこにはわん子が立っていた。
「本当…か?」
「本当ですよ?」
「なら案内してくれ!頼む!」
「嫌です」
「え⁉」
「そしたら私を置いてきぼりにして、ご主人たまがあの女とイチャイチャするのが目に見えていますから」
「なんだよそれ…(ん⁉待てよ…)」
「ならこれでどうだ。お前がユキのいるところまで案内する。そしたら俺はお前とイチャイチャしてやる!」
「ほほう!それは素晴らしいですねぇ。その提案、乗りました!」
わん子はにやけながら答える。
「よし!案内してくれ!」
「ちょっとお待ちを…」
そう言いながらわん子は服のポケットの中にガサゴソと手を入れる。
「あった!テレレレッテレー!あくまレーダー!」
わん子は、どこかで聞いたことのあるドラ〇もん風にポケットからまたこれもどこかで見たことのあるドラゴン〇ーダーのようなものをスポンと取り出した。
「これを使えば、契約した悪魔が今どこにいるのかわかるんです!」
自慢げにそれをトオルに渡す。
「ではでは、私は先に行くのでそれを頼りに来てください」
「にゃーーーーーーーーー!!!!」
そんな声と共にわん子は地面に両手両足をついて猛スピードで犬のように走りだす。
「お、おい…って聞こえてないか…」
(さっきまで猫寄わん子って「猫よりもワンコ」って意味だと思ってたけど、もしかして「猫寄りのワンコ」って意味かもしれない)
そんなバカなことを考えながらもトオルはリーダーの示す方向に向かって走り出した。
「ここって…」
走っていくにつれて、トオルはなんだか不安を感じていた。
なぜなら、走っていくにつれて、景色がすごく見慣れたものになっていくからだ。
「まさかな…」
自分の家がある通りまで来る。
そして、ついにリーダーの示した場所の目の前までたどり着く。
「おいおい…」
そこは、鍵山家の庭であった。
ユキはその隅っこでわん子と一緒に体育座りをしていた。
「ユ、ユキ?」
「何よ?」
ユキの半泣きの声が返ってくる。
「こんなところにいたなんて…気づかなかったよ。でも逆にそういうところがお前らしいよな…はは」
「うるさい…浮気男…」
「ごめんなさい。でもそれは誤解だって…」
「そんなに言い訳いらないから…全部その子から聞いたし」
ユキはわん子を指差す。
「私があらかた説明しておきました!」
わん子はビシッと敬礼のポーズをとる。
「お、お前…変なこと言ってないよな?」
「言ってません!」
「ユキ?お前何言われたんだ?」
「トオルはわん子ちゃんという彼女がいながら私とも付き合おうとしてた最低男で女の敵だって聞いたんだけど…私はトオルをそんな子に育てた覚えはありません!」
トオルはユキの声に殺意がこもっているのを敏感に感じ取った。
「ちょ、ちょっと落ち着けって!育てられた覚えもないし!…てゆうかわん子!お前何吹き込んでんだ⁉」
「いやー、だって案内するのは約束しましたけど…二人がくっつくのは嫌ですから」
わん子はてへっと笑う。
「おーーまーーえーー!!!!」
トオルが涙目になりながらわん子を睨む。
だがそれは、ユキによって消し去られる。
「トーーオーーーール―――!!!!」
完全に般若と化したユキがトオルの目の前に立ちはだかる。
「ヒイイィィ!ちょ、ユキさん⁉」
(そ、そういえばユキって昔から柔道やってたよな…)
そんなことを思い出したせいでトオルの背中に大量の冷や汗が吹き出す。
「約束は守ってもらいますからね?」
わん子が立ち上がる。
「え、えーーーーー⁉誰か⁉」
バッ
「トーーオーーーール―――!!!!」
ユキがトオルに襲い掛かる。
「ご主人たまーーーーーーーーーー!!!!」
それに合わせて、わん子がトオルに飛びかかる。
「ギャーーーーーーーーー!!!!たーーーすーーーけ―――て―――!!!!」
*
事情を説明するのにその日の残りの時間全てを費やしました。
・おまけ・
「なあ、わん子?」
「はい、何でしょう?イチャイチャしますか?」
「ちげーよ!」
「?」
「なんで、お前って俺のこと『ご主人たま』って呼ぶんだ?せめて『ご主人様』じゃないのか?」
「それは学校で先生にそれが正しい呼び方だと教えられたからです!」エッヘン
「なんか…」
「何ですか?」
「変態ってどこの世界にもいるんだなーって」
「そうですか?」
「そういうところ!つけこまれるから気をつけろよ!」
「きゃーーーー!ご主人たま私の心配にしてくれるんですか?」
「なんでそうなるんだ…」