素直悪魔の出尾流デビ三郎
「いいか、トオルこのネックレスを大切にしなさい。そうすればこのネックレスはきっとお前を不幸から守ってくれるだろう…」
「…ちょっと待ってよ⁉死なないで!死なないでよ!おじいちゃーーーん!!!」
「すまない、トオル…」
「うう…」
…………………………
…………………
…………
*
「おじいちゃん…俺、ネックレス大切にしてたよ…」
葉桜高校入学式の帰り道、1年生の戸川トオルは目の前に突然現れた存在によって、5歳の時の走馬灯見るほどまでに追い詰められていた。
なぜなら目の前には、大きさは2メートル以上で、ゴリラのような骨格、筋骨隆々の体に黒色の肌、そして頭から3本の角を生やし、背中には大きな翼を持った怪物がの前に立っていたからだ。
今まで、大きなイベントもなく十数年の人生を過ごしてきたトオルにとってこの状況は以上過ぎた。トオルは夜誰も通らないような小さな小道でただその体を震わせているだけだった。
目の前の怪物は鼻息荒くその何本もの牙が見え隠れする口を開いて話し始めた。
「我が名は、出尾流、デビ三郎。魔界から召喚されし悪魔だ」
「あ、悪魔?」
「そう、悪魔だ。今日はお前に用件があってきた。」
「…よ、用件って何ですか?俺は悪魔に何かされるようなことはしてないはずです…」
悪魔がわざわざ自分にまで会いに来る用件とは一体何なのだろうか。トオルは唾をひとつ飲み込む。
「お前がゲートを譲り受けたと言うのは本当か?」
「え?」
悪魔がいきなり自分に質問したことの意味がわからなかったために、トオルは思わず声を出した。
「お前がゲートを譲り受けたと言うのは本当か?」
「それは聞こえてますが、ゲ、ゲートって何のことなんですか?」
「私が探しているのは魔界と人間界を繋ぐことができるネックレスだ。お前はそのネックレスお前の祖父から受け取っているはずなんだが…」
「…(…ネックレスって…もしかして…あれのことかな。でもあんな大切なネックレスをこんな悪魔に渡しても良いのか…)」
「…ふむ、持っていないのか、それともあの力を知った上で隠しているのか…」
悪魔は首をかしげるような仕草をする。
「まあ、何しても力づくで吐かせれば良いだろう…」
「…う!」
その言葉を聞いたトオルは背筋に寒気が走った。 悪魔が考える「力づく」とはどんなに恐ろしいものなのだろうか。
「(殺される!)」
トオルは頭の中でそう叫ぶ。
しかし、次の瞬間悪魔から放たれた言葉はトオルの予想の斜め上を行くものだった。
「我が魔法でお前の家の全ての靴のサイズを1センチだけ大きくしてやる」
「…ふぇ⁉」
予想外の言葉に思わずおかしな声が出てしまった、と思いながらとっさにトオルは自分の口を押さえる。
「お前の家の住人は、全員靴擦れに悩まされてしまうだろう…フハハハハハ!」
「あ、あの…」
「どうした、恐ろしくて声も出ないか!フハハハハハ!」
「あの…それじゃああんまり脅しにはならないんじゃ…」
トオルは恐る恐る悪魔にに自分の意見を聞かせる。
「何っ⁉」
悪魔は本当に驚いたような顔をしてトオルを見つめた。
「え、本当に?」
「本当に」
「本当の本当に?」
「本当の本当に」
「ツヨガテナーイ?」
「ツヨガテナーイ」
「…ふむ、おかしいな…人間は靴擦れがこの世で一番強いと聞いたのだが…」
「ソレどこ情報⁉」
トオルは反射的にツッコミを入れる。
一瞬しまったと思ったが悪魔はそんなことは全く気にせず会話を続ける。
「昔、我を召喚した人間が言っていたのだが…」
「それ、多分騙されて…」
「いや、そんなことはない」
デビ三郎は被せるように答える。
「あの人間は自分で『私はこの世で一番の正直者だよ』と言っていたからな!」
デビ三郎はフンス鼻息を鳴らして、自慢げに答えた。
「あ、ああ…」
トオルはこの悪魔は自分が想像している悪魔とは違うのかもしれない、と考え始めていた。
「しかしその人間は3か月前に魔界と人間界をつなげる道具を持って勝手に消えてしまったのだ。だから我はゲートを持っている人間を探しに来た、というわけだ。」
「魂を売る代わりにお金持ちにしてほしいとかぬかしてたから。『そんな力はない!自力で頑張れ!』って言ったのは確かに悪かった気がするが…」
「だからってそのまま人間界に置いていくのはないだろう⁉我にも帰りを待つ家族がいるのだぞ!」
デビ三郎はプリプリと怒り出す。
「とにかく、我をネックレスの力で魔界へ送ってくれるだけでいいのだ」
「ええ…」
トオルは困惑すると同時に『なんだか残念な悪魔だな』と思った。
そんな悪魔の話を聞いてか、この状況に慣れたせいか少しずつトオルが話し出す。
「デビ三郎さんが探しているネックレスって…」
*
—20分後。
トオルとデビ三郎は戸川家の前に並んで立っていた。
夜道を歩いて、家までたどり着いた二人。と言ってもデビ三郎はトオルの頭の上をずっと飛びながらついてきたのだが。
途中で、何人かの仕事帰りの大人達とすれ違ったが、誰も気づいた素振りを見せなかった。
この悪魔は、多くの人間には見えないようだ。
「ここがお前の家か」
「うん」
「しょぼいな…」
「うっさいな!」
「このドア、我は入れるのか?」
「そんな体してれば、日本の一般住宅の大体のドアはきついだろ!」
この短時間で二人はなんだか打ち解けていた。
「…入るよ」
「承知した」
そう言いながらデビ三郎は体を小さくする。
ガチャ
ドアが開く、戸川家の家は大きくも小さくもない一軒家だ。
だが、その家の中には誰もいない。これはトオルにとってはいつものことだ。それはトオルの父は単身赴任、母は出張の多い仕事についているためだ。
そのため、一人では掃除が行き届かず部屋の隅には埃が溜まっている。
二人はその暗い廊下を渡って2階のトオルの部屋に入る。
「ここがお前の部屋か。」
「うん」
「狭いな」
小さく身を屈めたままのデビ三郎がトオルを見る。
「るっさいな!お前の体が大きすぎるんだよ!ていうかこの流れさっきもやっただろ!」
「なんでそんなに正直なんだよ!」
「それは我が私立悪魔学院性格科素直専攻出身だからだ」
「何それ?」
「ちなみに、素直マイスターの資格も持っている(自慢げ)」
「だからなにそれ⁉」
「まあそれは、後で嫌でも分かると思うぞ」
「それよりも、早くネックレスを…」
「ああ、もう。わかったわかった」
「早く魔界産の芋虫のグロテスクな寿司が食べたい…」
デビ三郎はジュルリと垂れた涎をすする。
「⁉(やっぱり早く魔界に帰ってもらおう…)」
なんだかよくわからないが想像してはいけない寿司を頭に思い浮かべてしまったトオルは急いで机の引き出しからネックレスの入った重厚な箱を取り出す。その箱は黒地に金の模様が彫り込まれておりまるで中にある何かを封印するかのような雰囲気を醸し出していた。
「おお、それが…」
パカッ
トオルは無言でその箱を開ける。
中からはトオルが一度もつけたことのないひとつのネックレスが出てきた。
「さすがは、悪魔を使役することができると言われる一品。禍々しいオーラがここまで伝わってくるようだ…」
デビ三郎が隣で感動と敬意を込めたような声でネックレスを褒め称える。
「そうだな…」
実際に、そのネックレスは禍々しいオーラを放っている。トオルが今までこのネックレスをつけなかったのはそのせいである。
しかし、理由はもう一つある。それはこのネックレスのデザインであった。
チェーン部分はそこら辺に売られているネックレスと変わりはないが、そのトップに ついているのは口を開いたドクロである。しかも目玉の部分に赤色の石がついた。
これだけでなんだかヤバそうなのは伝わるが、思春期真っ盛りのトオルでもこのデザインはダサいと思ったのもつけなかった理由の一つであった。
「それをつけてみろ。それは悪魔が見える人間がつけることで初めて意味がある」
デビ三郎が催促する。
「これをつければ、お前は帰れるんだな」
「そうだ」
ゴクッ
トオルは小さく唾を飲む。
そしてネックレスをつけようとする。
「あれ?」
チェーンがうまく後ろでつけられない。
今までネックレスのようなおしゃれはしてこなかった人間だ。付け方がよくわからない。
「あれ?」
「…」
「あれ?」
「…手伝おうか?」
「…お願いします」
トオルは顔を赤くして答える。
「分かった」
そう言うとデビ三郎はとトオルの首に後ろから手を伸ばす。
別に殺されるわけではないと分かっていながら、自分の手よりも何倍も大きく、爪の長い手を後ろから首に伸ばされるのはヒヤヒヤする。
「恋人みたいだな」
なぜか、頬を赤らめながらデビ三郎は絞り出した声で恥ずかしそうにトオルを見つめる。
「なんなんだよ⁉」
雰囲気もさっきまでのヒヤヒヤもぶち壊しである。
なんだかトオルはさっきまで少しでもこの悪魔が自分の命をとるんじゃないかと心配していたのがバカバカしくなった。
「つけたぞ」
デビ三郎はトオル首から手を離す。
その瞬間、トオルにはこのネックレスが普通のネックレスでないことが分かった。
なぜなら、チェーンが肌にピタリとくっつき、そしてドクロの赤い目が眩しく光りだしたからだ。
「なんと!さすがは伝説のネックレス」
そう言ってデビ三郎は歓喜の色を顔に出して、目を輝かせている。
「これは…」
トオルも驚きを隠せない。
テンションの上がったデビ三郎が叫ぶ。
「さぁ!『開けサモンズゲート』と叫ぶのだ!」
コクッ
トオルは小さく頷く。
「開け!サモンズゲート!」
ピカーー!!
ドクロの赤い目に続いて、ドクロの口の中も白色に眩しく光る。
「ありがとう。さらばだ」
そう言うとデビ三郎の体がドクロの口の中へだんだんと巻き込まれていく。
「さよなら、もう来るなよ」
デビ三郎と出会ってから30分程度だが、二人の間にはちょっとした友情が芽生えていた。
トオル自身としても、一人でいることが多かったため一人で3ヶ月間人間界をさまよったと言うデビ三郎の境遇には少し思うところがあった。
「(こいつが帰ったら、また家で一人か…)」
ポロッ
小さな水滴がトオルの頬を伝う。
「あれ…なんで…」
その様子を見たデビ三郎が少し照れくさそうに声をかける。
「なんだなんだ、泣くな人間。」
「…泣いてねえし」
「お前が一人が嫌いなのは 魔法でお前の記憶を読んでわかった」
「勝手に何してくれてんだよ…」
「だがそのネックレスがある限りお前は一人にはならない。」
「え?」
「いいか、それの価値を知らないようだから教えとくが、そのネックレスは、悪魔と契約できるやばい代物だ」
「しかも普通は悪魔との契約は魂などの代価が必要だが、そのネックレスは代価を必要とせず悪魔と契約することができる」
「そんな力が…」
「まあ、どの悪魔と契約するかは基本的に使用者の感情や行動に合わせてネックレスが気まぐれで決めるがな…」
「じゃあ、これは好きな時に悪魔を呼び出せるネックレスなのか」
「いや、呼び出そうと思えば呼び出せるが、基本的に契約悪魔はそのゲートを通って勝手に出てくるからそこまで便利なものではない」
「というよりも呪いに近いな…」
「呪い⁉」
「そのネックレス一期3年契約だからあと3年は外れないぞ。あ、すまん。そろそろ踏ん張れのも限界だから魔界に帰る。さらばだ。」
ギュルルルルル
そんな音と共にデビ三郎はネックレスの中へ吸い込まれていった。
「ああ、今まで踏ん張ってたんだ…てゆうか…」
「えええええええええええええええええええ⁉そういうの先に言えよ!」
「3年⁉3年⁉このクソダサデザインネックレスを⁉花の高校生活の3年間⁉」
「本当にこのネックレス、俺を不幸から守るものなの⁉」
「Tell me!おじーちゃーーーーーーん‼」
*
その叫びは隣町まで響き渡ったと言う。
・おまけ・
「なあ、デビ三郎?」
「なんだ?」
「悪魔ってみんなそんな感じなのか?」
「そんな感じと言うと?」
「なんとか学園なんとか科出身、みたいな」
「ああ、そういうことか。それなら人間界にくる悪魔は大体そうだな。全員召喚に応じることが許可される召喚免許課程を卒業している。」
「それって職業ってこと?」
「まあ人気の職業ではあるな…」
「いきなり召喚されて人間の願いを叶える職業が?」
「まあそれ以外に甘みがあるということだ…呼び出されていない時以外は暇とかな…」
「…」
「な、なんだその目は⁉別に人間界で言うニートのような生活を送っているわけではないぞ⁉」
「…」
「決して、決してそのようなことはないからな!…たぶん」
「…」