episode29:憤怒と怠惰
ラースの脇にはもう1人、やる気の無さそうにパーシュ・ヴァルツが控えている。ゼロにはダーク・フリードと初めて出会った時に脇に居た程度の印象しか無かった。
「ほう。正面から来るとは意外だな。」
実はゼロからすれば予想どおりの展開ではある。だが、軽い挑発も兼ねていた。
「黙れ、今日こそは貴様を倒してダーク・キングダムの悲願を叶えてみせよう。」
案の定、ラースは挑発に乗ったがパーシュは相変わらず、やる気の無さそうにしていた。おそらくは、この為にラースに同行して来たのだろう。
「じゃ、先に言っといてやる。憤怒竜イーラは倒した。」
「何っ!? 」
ゼロの言葉にラースは動揺を隠せなかった。だが、考えてみれば怨託の騎士が罪竜を使うと分かっているならば先に倒してしまえばいい。今までは出来なかったが今はゼロが居る。怨託の騎士と罪竜が対となっているなら罪竜が減れば対となる怨託の騎士の戦力を削げる。なにしろ罪竜の加護が無ければ九帝魔法は通用するのだから。だとすれば緋焔帝国に眠る罪竜を放っておく理由は無い。
「その動揺っぷりだと、イーラの契約者はラース、お前だったみたいだな。」
ゼロの態度に憤りを見せるラースだったが、そこへパーシュが割って入った。
「落ち着きなよ。どうせゼロには最初っから罪竜特典はつかないんだからさ。なら、やる事は変わらないだろ? どうやら俺の方はまだ、特典有効みたいだから他の相手をしといてやるよ。」
そうは言ったがパーシュは緋焔帝国兵の前に立ち塞がっただけだ。罪竜の加護がある限り九帝国の剣と魔法は受け付けない。つまり立っているだけでゼロとラースの邪魔は防げるという事らしい。
「いつぞやの決着、今日こそは着けてやるっ! 」
意気込むラースの態度にゼロは首を捻った。
「決着? 前は煙撒いて名乗って帰っていっただけだろ。実質、初戦じゃないか? 」
ラースにとっては、あの黒い煙のようなものも攻撃であったのだがゼロは全く意に介していなかった。それがラースには腹立たしく怒りの炎に油を注がれているようなものなのだが、それがラースの契約していた憤怒竜イーラの力に結びつかない。ラースの怒りの斬撃がゼロに襲い掛かるがゼロにとっては太刀筋を予知して躱すだけである。
「何故、剣を抜かん!? 」
荒ぶるラースだったがゼロは余裕だ。
「2人掛かりでも俺には勝てないよ。パーシュって言ったっけ? 兵士のヤル気を削いで人質なんて無駄だからな。」
先を見透かされてパーシュは溜め息を吐いた。
「はぁ… やる前からバレてるってヤル気失くすよ、ホント。」
パーシュの契約竜、怠惰竜ルーズは戦うのではなく相手の戦意を奪う事を得意としていた。しかし、ルーズを呼び出す前にゼロにダメ出しをされては結果も見えている。
「九帝国の皆が、戦う気を失くしてくれれば、争わずに済むんだけどな。」
パーシュの言うことは、ある一面では合っている。しかし、その先に待っているのは和平ではなく侵略である。それは、かつて地球侵略を目論む敵対組織に対して連邦軍の戦士として戦っていたゼロにとっては容認出来ない話しだ。
「そんな話に乗ると思うか? 」
「だよね。でも国民にとっては9人の皇帝が1人の王になるだけで何も変わらないかもしれないだろ? 」
当たり前のようにパーシュは言ってのけるが、ゼロにはそんな未来は見えてこない。
「貴様ら、俺を無視して話し込んでんじゃないっ! 」
痺れを切らしてラースが叫んだ。それを見てパーシュは、また溜め息を吐いた。
「やれやれ。敵わないのに何ヤル気、出してんだか。ゼロは俺たちの手に負えるような相手じゃない。退くよ。」
「逃がすと思うか? 」
ゼロの言葉にパーシュは苦笑した。
「このままだと、俺が手をくださなくても帝国兵はヤル気失くすよ? ゼロさえ居れば自分たちは要らないってさ。それを止める能力は有るんだろ? 早めの方がよくないかい? 」
少し考えてからゼロは頷いた。
「今日のところは、そういう事にしておいてやる。俺がそんな事をしなくても緋翼の焔帝が居れば、そうはならないけどな。」
するとパーシュは呆れたように首を振った。
「やだやだ。そんな先の見えた人生、楽しいかねぇ。ほら、ラース。引き上げるよ。」
二人の後ろ姿をゼロは苦笑しながら見送った。予知は分岐しない一本の時間軸上の先が見えているにすぎない。そして、この世界は過去にダーカーがやって来た事、ゼロが転移して来た事、レイがゼロを捜しに来た事で大きく分岐したと考えてよい。中でもダーカーは意図的にこの世界の時間に介入しようとしていると思われる。この世界に来て最初に見た未来と現時点で見えている未来は別物になっていた。
「絶対な未来なんて見えてないさ。可能性の1つだよ。」
そう呟いたゼロは兵士長に声を掛けた。
「ここは任せる。もしもの場合はロゼに言ってくれれば俺に連絡は着く。」
「承知しました、ゼロ警備隊長っ! 」
ゼロは頷くと瞬間移動で急ぎレイの元へと向かった。




