episode2:困惑の歓待
ロゼの案内で零が緋焔城に着くと門番が二人に駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ、ロゼ様。ご無事でしたか。国境付近で怪しい黒い煙のようなものを見たという者がおりまして心配しておりました。… そちらの方は? 」
「こちらの方は危ない所を助けてくださった命の恩人です。失礼の無いように。それより兄上は? 」
「はい。この時間でしたら、謁見の間か御自分の御部屋にいらっしゃるかと思われます。」
「ありがとう。参りましょう。」
ロゼは門番に礼を言うと零を連れて城内へと消えていった。
「・・・ロゼ様を助けた? 我らよりもお強いロゼ様を? 」
門番にはロゼが危険に陥った事よりも、ロゼを助けるほど強いらしい零に興味がいっていた。
「兄上? 」
「第110代緋翼の焔帝ミロ・レーテ・スティング。私の兄上だ。」
ただの国境警備隊長にしては、どうりで門番たちが畏まっていた訳だと零は思った。
「兄上。只今戻りました。」
ミロは火の鳥の描かれた壁画の前の玉座に座していた。
「で、地震の原因は判ったのか? 」
「黒い煙のような魔物というか… 私は手も足も出ず、こちらの方が助けてくださいました。」
実際には手も足も出なかった訳ではなく、ロゼが何もしないうちに零が倒してしまったに過ぎない。
「ほう。魔法の腕も剣の腕も一流と云われるロゼがな。礼をせねばなるまい。その方、名は何と申す? 」
「俺の名は… ゼロだ。」
「あ、兄上。違うんです。」
ミロの眉間に皺が寄ったのを見てロゼが慌てて割って入った。
「この方は異国の方で、創世の破壊王とは縁も所縁も全く無くてですね… 」
ロゼの慌てぶりに思わずミロは吹き出した。
「よいよい。そうであろう。九帝国のいずれかに住む者であれば決してつけられる名ではない。その見慣れぬ装束からも想像はつく。だが、まさかロゼがそこまで慌てふためくとは思わなんだぞ。」
「もう、兄上っ! 」
つまり、ミロが眉間に皺を寄せて見せたのは演技であり、ロゼを驚かそうとしただけである。
「してゼロとやら。黒い煙の正体は判ったのか? 」
「あれは怨念とか憎悪といった思念体だ。この国は、あんな強大な恨みを買うような覚えがあるのか? 」
「恨みか… 。俺に対するものか、緋焔帝国に対するものか、九帝国に対するものか、歴代皇帝に対するものかで変わりそうだな。まぁ完全なる政など存在しない。多かれ少なかれ恨む者も居よう。」
「少なくとも恨みを生むのは感情だ。本能だけの獣じゃないのだけは確かだ。」
「それは良かった。獣に恨まれた日には、食糧を狩るだけで恨まれてしまうからな。」
零は、ミロも妹のロゼ同様、どうやら悪意を持った人間ではなさそうだと判断した。
「ところで、その方。行く宛はあるのか? 」
「いや。ロゼにも言ったんだが、行く宛も帰る所も無い風来坊だ。」
それを聞くとミロはニヤリと笑った。
「そうか、そうか。では、客室を一つ、貸し与えよう。遠慮は要らぬ。好きなだけ留まるがよい。皆の者っ! 今日は我が友、異国からゼロが来てくれた。宴だ。歓待の宴の準備をいたせっ! 」
「ははっ! 」
ミロの掛け声で城内の人間が一斉に動き始めた。
「夜には宴だ。それまで部屋でゆるりとするがよい。ロゼ、案内をして差し上げよ。」
「… はい。」
半ば呆れたようにロゼは返事をすると、零を連れて部屋へと向かった。
「申し訳ない。兄上は普段は善き焔帝なのだが政より祭事の方が好きなものでね。今日のところは諦めて付き合ってあげて欲しい。それと、好きなだけ留まって欲しいのは私からも、お願いする。少なくとも、あの黒い煙の元を倒すまでは。」
手を握って懇願されて零も頷いた。この城を出ても行く宛は無いのだから、見知らぬ世界で食住が確保出来た事は大きい。ただ、この時の様子を見ていたメイドたちの間であらぬ噂が流れようとは零も気づいていなかった。戦士として訓練された超能力者だからこそ、普段は能力を抑えていた為である。
「ところで、なんで焔帝の妹が国境警備隊長なんか、やってるんだ? 」
「魔法も剣も、兄上の言うような一流という訳ではないんだ。ただ、どちらかだけなら私程度は他にも居るが両方となるとな。それで、あの黒い煙のような魔物との戦いぶりを見て思ったんだ。貴方なら私を助けてくれるって。」
「… 行く宛が出来るまでは力になろう。」
「助かる。ありがとう。」
思わずロゼは零に感謝のハグをした。これがメイドたちの噂の油に火を注ぐ。宴の会場では衛士とメイドで意見が割れる。
「主宰の陛下と主賓のゼロ殿が並ぶのは良いとして、ゼロ殿とロゼ殿の御席が近すぎぬか? 」
ミロが認めてしまえば、もうゼロという名前を気にする者は居なかった。
「陛下は独身なんだから、主賓のお相手は妹君であるロゼ様のお役目。このくらい近くていいのよ。宴の支度は私たちに任せて警備を怠らないでね。」
衛士たちも普段はミロの側を警護しているが宴の時は、あまり近くに居るとミロに叱られる。ここは仕方なくメイドたちに任せて周辺の警備に行く事にした。
「ねぇ、少し派手ではなくて? 」
「今日はお客様のお相手ですから、このくらい派手で丁度よいのですよ。」
メイドの用意したドレスに少し照れながら袖を通すとロゼは零を迎えにいった。