episode17:虚ろな罪竜
「ソロ皇帝、御無事ですか!? 」
伝令が戻るよりも早く現れたロゼの声に皇帝ソロも驚きを覚えたが、今はそれどころではない。
「よ、よく来てくれた。封印の間は城の中心にある螺旋階段の際深部にある。ロゼ殿は危険なので、私と待… 」
「一緒に行きますっ! 」
ソロが最後まで言う前にロゼは返事をした。ロゼは零と常に一緒に居ようと決めていた。零にしても、ダーク・キングダムがロゼに目を付けている以上、一緒に居てくれた方が守り易いと思っていた。二人は手を取り合って螺旋階段の中心に飛び込んでいった。
「… これは緋焔との政略結婚は望めぬそうにないな。」
他の帝国からの孤立を感じていたソロは婚姻により他の帝国との結びつきを強くしようと目論んでいたようだ。だが、自分には躊躇なく底の見えない螺旋階段の円の中心に飛び込むような度胸は無い。それだけロゼが零を信頼している処を見せつけられては退くしかないと思っていた。城の際深部に着くと封印石は既に粉々となっていたが罪竜の姿はぼんやりとして実体化しきれていなかった。おそらく、これが城が崩壊を免れているもう一つの理由だろう。
「こいつが虚飾竜ヴァニティか。」
「その通り。貴殿が緋焔帝国の異端者、ゼロか。」
ヴァニティの口からはルッスーリアの時と同様、人の声がしたが零には覚えの無い声だった。
「どうやら、お初のようだな。」
「我輩はダーク・キングダム怨託の騎士が1人、グローウェイン。」
「そりゃ、御丁寧にどうも。」
いちいち名乗りをあげるのは、この世界の騎士の流儀なのだろう。零も呼ぶ時に困らなくて済むが、些か面倒にも見えた。
「ゼロよ、貴様にはヴァニティがどう見える? 」
「… ぼんやりだな。虚飾竜って言うから、てっきりケバケバしいもんかと思ったぜ。」
零の反応にヴァニティの影が揺らいだ。
「それは残念だったな。」
「残念? 」
「虚飾竜ヴァニティは実なる者には虚ろに見え、虚ろなる者には実に見える。如何に貴様でも実の見えぬ罪竜を相手には出来まい? 」
「なるほど、故に我には罪竜の姿がハッキリと見える訳か。痛い現実を突き付けおって。」
「ソロ皇帝!? このような所においでになられては危険です。」
「ミロ皇帝の妹君よ、それほどまでに、このソロの身を案じてくださるとは有難い。」
「いえ、そういうつもりでは… 」
「しかし、私も白陽帝国の皇帝ソロ。ゼロ殿と力を合わせ、必ずや虚飾の罪竜ヴァニティを鎮めて御覧にいれよう。」
大見得を切った皇帝ソロだったが、ロゼからしてみれば零の邪魔にならない事を祈るのみだった。
「さて、ゼロよ。私はこのハッキリと見えている光景を、どう伝えたらよい? 」
「ヴァニティから目を離さないでくれれば充分。」
「羨ましいくらいに簡単に信じるのだな? それでロゼ殿は守れるのだろうな? 」
「勿論。」
「フッ、よかろう。私もゼロを信じようではないか。」
奸心在らば零に見抜けぬ筈もない。それに零は、この手の相手に視覚情報をあてにするつもりはなかった。ロゼの身を案じたソロの顔を立てたに過ぎない。それでもソロは瞬きする間も惜しんで、その目でヴァニティの動きを追っていた。そんなソロの様子にヴァニティが調子を崩した。九帝国随一の見栄っ張り、虚構が虚飾を纏う皇帝。あまり、いい評判ではないが、グローウェインがヴァニティを甦らせるには、もってこいの皇帝だと思っていた。その皇帝ソロが見栄を捨て零に指示を仰ぎ、ロゼの身を案じている。ヴァニティは得られる筈の虚栄心を得られず、零の精神攻撃に晒されていた。人の欲望は尽きぬとはいえ、供給が絶たれれば零の敵ではない。
「ゼロ… 貴様、ソロに何をした? 」
「ゼロは何もしていないさ。」
消えゆくヴァニティの中からのグローウェインの問い掛けに答えたのはソロだった。
「まぁ、敢えて言うなら私を信じたくらいか。皇帝という地位に在りながら信用も無く、見栄を張り虚勢を張らねば誰も付き従わぬ私を、こうも簡単に信用されては一国の皇帝として応えねばなるまい。」
「くだらぬ… くだらぬぞソロ・オナード・アインっ! そんな事で見栄を捨て素を晒… 」
グローウェインが最後まで言い終える前にヴァニティの姿は消失した。
「フン。くだらぬのはグローウェインとやらの方だ。見栄を捨て虚飾を捨てる事で私は信を得、誇りを取り戻したのだ。礼を言う、ゼロ。緋焔、橙雷、紫闇がゼロを信用する理由が分かった気がする。互いに信用する事が肝要なのだな。」
そう言ってソロが右手を差し出した。零もまた、右手で握り返した。ただ、ここで本当に肝要な事は零には相手が本当に信用しているのか、信用が置けるのかが分かっている事である。他人の心の奥底を覗き見るような真似は基本的にしないが、見ず知らずの世界に1人放り出された零には戦士として必要な事だった。
「帰るぞ、ロゼ。」
「はいっ! 」
零の声にロゼは嬉々として腕にしがみつくと一礼をして2人の姿は消えた。
「フッ… やはり、あの2人の間に入り込む余地は無いな。」
ソロは1人、地上への階段を登っていった。




