episode10:橙閃の雷帝
「どうやら緋焔帝国を後に回すべきかもしれんな。」
怨託の騎士団を前にダーカーも迷っていた。地形的にも戦力的にも、緋焔帝国など一蹴して他の帝国へ侵攻する筈だった。
「しかし、南端である緋焔を除けば大群で攻め込むには難しい立地。先日のように返り討ちに合わぬとも限りませぬ。」
「独裁国家なぞ、帝の首級を揚げれば勝手に滅ぶっ! 」
そう声を挙げた男の姿は怨託の騎士の中でも異様だった。ペスト医師のような嘴マスクに黒光りする革の衣裳。その表情は伺い知れない。
「… 暗殺か? トリヴィラン。」
「その通り。正面から挑む、大群で攻め込むばかりが戦いではございませぬ。時には奸計、謀略、策略、知略、陰謀、悪巧、底巧を巡らせる事も必要。戦ならば時に汚名を受けるとも勝利せねば何の意味もございませぬ。」
これは決闘や試合ではない。ましてや各々がダーカーに怨みを託して立ち上がった以上、トリヴィランの言うとおり敗北に意味はない。綺麗事を並べて手段を選んでいる場合ではないのだ。
「よかろう。トリヴィラン、そちに任せる。」
「よいかな? シャルル・ダーク卿。」
「… 勝手にするがいい。私の轍は踏むなよ。」
橙雷の雷帝マロはとシャルルの母国エトワールを滅ぼしたエクレールの将であり、シャルルの怨む相手の一人の筈ではある。トリヴィランも一応の断りを入れたがシャルルはエトワールの名を捨てたという立場を貫いていた。
「なるほど。それで何者かが余を暗殺に参ると言うのだな? 」
その頃の橙雷帝国では雷帝マロ・グール・ラスコーが緋焔帝国からの知らせを聞いていた。
「さよう申されておりまするな。先の山越えの一件もありますれば油断なさらぬが肝要かと存じまする。」
「緋焔の自作自演… と云うことはあるまいな? 」
「あの焔帝ミロが、そのような事をするとも思えませぬ。」
「ゼロとかいう男はどうだ? 最近、緋焔に現れたというが、先日の山越えも今回の余の暗殺話しも、奴の予見なのだろ? 」
「ゼロには、そんな事をする理由がありますまい。奴がその気になれば陛下の御命を直接、奪いに来るでしょう。」
「ゼロは余よりも強いと申すか? 」
「噂通りであれば、ゼロの能力は未知なるものがございます。」
「… 確かにな。国境、市中、城外、城内、余の部屋、身辺の警備を固めよ。」
「御意。」
こうして橙雷帝国の二人だけの御前会議は終わった。見た目に物々しい警備態勢を敷いた訳ではないが、見るものによっては格段の変化だった。
(なるほど、シャルル・ダーク卿が疑心暗鬼を抱く訳だ。)
既にトリヴィランは橙雷帝国の市中に居た。幾人もの兵士たちが市民に紛れている。これではシャルルが事前に計画が漏れていると疑っても無理はない。
(この分では寝所でも警備は厳重そうだ。)
トリヴィランにとっては計画が漏れていようが、いまいが自身の正体がバレていなければ計画続行である。城に忍び込むと予定の場所を探した。風呂でさえ、お付きの者が居る城内で一人になる場所、廁である。案の定、1人で入ってはきたがマロは裳ではなく剣の柄に手を掛けた。そもそも廁に帯剣してきた時点でトリヴィランも気づいた。
「まさか、廁に誘い込むとはな。」
「それはこちらの台詞だ。まさか、本当に廁で待ち伏せているとはな。」
「本当に? 」
それは明らかに事前に誰かに知らされていたと思われる言動だった。
「あぁ。緋焔からの知らせでな。」
「緋焔から… やはりゼロか。貴様には、あの男の得体の知れない奇妙な能力が脅威ではないのか? 」
「なるほど、お前たちダーク・キングダムにとって、あの男は脅威か。余にとっては、こうやって余を殺しに来る貴様らの方が遥かに危険な存在だ。」
「クッ、そりゃそうだ。なら、とっとと貴様の命を絶って、その脅威を取り除いてやるよ。」
「人の話しを聞かぬ奴だな。危険と言っただけで脅威などとは思っておらぬ。」
マロは廁で構わず抜剣した。これは狭い場所では剣を抜けまいと読んでいたトリヴィランにとっては予想外だった。ならばと、咄嗟に短剣を取り出したがマロの剣に吸い寄せられてしまった。
「!? 」
「これもゼロとやらの入れ知恵でな。鋼に我が雷を纏わせれば相手の武器を奪えると。貴様らに直接の魔法攻撃は通用しないらしいが、使いようという事らしい。こう、何でも奴の言うとおりというのも、つまらぬがな。」
単純に言えば電磁石である。廁という狭い場所を選択したが故にトリヴィランも魔法攻撃の間合いが計れなかった。
「なるほど、全てがゼロの掌の上というのはつまらないな。今日のところは出直してきてやる。」
「出直す? 帰すと思うか? 」
「殺しは得意だが、逃亡はもっと得意なんでね。」
言葉通り、トリヴィランは瞬時に姿を消した。
「おい、廁を修理しとけ… 兵士たち用も改装だ。暗殺者の潜む隙間を残すな。」
橙雷帝国の兵士待遇がほんの少しだけ改善された。
「やはりゼロを何とかしなくちゃいけないようだね。」
戻ってきたトリヴィランを前にラストが不敵な笑みを浮かべていた。




