episode1:何処へ
この日、地球連邦軍第一級超能力戦士の零は敵対組織の要塞に潜入していた。
「零、敵部隊が迫ってるわ。要待避。」
「了解。瞬間移動する。」
「待って零。罠よっ! 今、瞬間移動したら… 零? 零っ! 」
この時、敵対組織は時空振動兵器を使用していた。本来は対空間転移装置として開発された兵器であったが、連邦側の超能力戦士投入に対し実験的に運用されていた。単純に言えば敵対組織には超能力者がいなかった為に、有効性の確認をするにはぶっつけ本番でテストするしかなかったのだ。
「零の信号… ロストしました。」
こうして連邦軍第一級超能力戦士 涼輝 零は戦場から姿を消した。
「零… 何処へ行ったのよ… 」
連邦軍オペレーターの麻野 ひかり は何度も端末で零をトレースしてみたが時空振動後の足跡は追う事が出来なかった。
∵ミ☆∴彡★
どこまでも広い草原のど真ん中に零は居た。もちろん、零が瞬間移動しようとした先ではない。それどころか、現在地点が把握出来なかった。
「空間測位装置に該当座標が無い? 故障か、まだマッピングされていない宙域に放り出されたか。大気成分は… 窒素78%、酸素21%、アルゴン0.9%、二酸化炭素0.05%、その他0.05%。毒性無し。ほぼ地球と同じか。」
「止まれ。何者だ? 」
不意に声を掛けられた。いや、正確には人が近づく気配も人数も把握はしていたので、全くの不意ではない。
「俺の名は… ゼロ。行く宛も帰る所も無い風来坊だ。」
とりあえず地球ではない事は把握した。声を掛けてきたのが地球人と変わらぬ生命体である事も把握した。
「ゼロ? 創世の破壊王の名を名乗るとか剛胆なのかバカなのか。真名ではあるまい? 」
「創世の破壊王? 」
零には何の事かわからない。精神感応では思考は読めても記憶が読める訳ではない。
「服装からしても異国の者だとは思うが、本当に何も知らないようだな。ゼロというのは九帝国建国の祖にして破壊者。古代、九帝国は一つの国だった。それを無から築き上げたのが国王ゼロだ。だが、ある日ゼロは再び国を無に帰さんとした。今となっては理由は諸説あるが真実はわからない。ともかく、ゼロを倒した九人の将軍が二度と同じ事が起きないように互いを監視できるよう権力を分散させる為に九つの国に分割した。それが今の九帝国だ。わかったら迂闊にゼロの名を口にしない事だな。」
経緯は理解した。だが、零はゼロと名乗るのを辞める気は無かった。
「それは、この国の話しだろ。余所者の俺には関係ない。」
「そちらに関係なくとも、こちらにはある。そんな禁忌の名で歩き回られては迷惑なのでな。」
「見たところ軍属… 国境警備隊と云うところか? 」
会話の途中に突然地鳴りと共に地面が揺れだした。長く宇宙に居た零には足元が揺れるというのは久しい感覚だった。
「この国は地震が多いのか? 」
「これは地震じゃないっ! 逃げろっ! 」
逃げろと言われても状況が掴めていない。零は遠知、予知、透視、感応などを動員して、これから起こる事を確認した。
「あんたらこそ、逃げた方がいい。」
零が身構えると、その視線の先から黒い煙のような塊が現れた。
「しかし… 」
「あんた、名前は? 」
「ロゼ… 緋焔帝国のロゼ・レオナ・スティングだ。」
零の思った以上に素直に答えが返ってきた。
「これから、こんな奴らが増えるから。国に報告して対策練るんだな。」
言うが早いか零は塊の頭上に瞬間移動すると手刀を振り下ろした。手応えは無かった。実体も無かった。見た目通り、煙りのような存在だった。ただ、零はそこに意思のようなものを感じていた。
「倒したのか? 」
目の前で起きた現象に頭が追いつかないままのロゼが尋ねた。
「一応な。だが本体を倒さない限り、いくらでも現れるだろうから頑張れよ。」
「待ってはくれぬか? 」
立ち去ろうとした零をロゼが呼び止めた。
「何か用か? 」
「礼… そうだ、礼がしたい。」
何か急に思い立ったように礼がしたいと言い出したロゼだったが、本音は零には丸わかりだ。今の戦いを見て、緋焔帝国に力を貸して欲しいと思っている。別に緋焔帝国とやらに力を貸さなくてはいけないような義理も無ければ、礼を言われる筋合いも無い。それでも零がロゼについていく事にしたのはロゼに悪意が無かった事と、他に行く宛も無かったからであった。