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磨かれなくなった石

「あっあっあぁっ!すごい…!そこっ!良いわぁっ!もっと…もっと掻き混ぜてっ!!熱いのでっ!!もっと掻き混ぜてぇぇぇっ!!!」

ビシッ!!!

「黙って調合しろっ!!!」


ここはカエデの屋敷。

かなりボロボロの建屋だったのだが、その中は驚くべき状態だった。


物凄い量の薬草の数々。

中には10年に1度しか実を付けないとされる"精霊王の妖樹"の果実まであった。


カエデは薬草学を極めた者。

その高い実力でどんな危険地帯にも出向き、珍しい薬草を採取することを生きがいにしている。


また、稼いだ金もほとんどを薬草コレクション収集とその維持に費やしてしまい、ほとんど残らないそうだ。

「それでこのボロ家…」

仏頂面でグレッグが頷いた。


果たしてアセラス草とルーン草はそこにあった。

今はカエデがそれを調合してくれているところだ。


「さあて、後はじっくり煮込むだけだわぁ〜」

カエデが大鍋の蓋を閉める。


「ところでぇ、グレッグぅ?」

「………………………………ナンデショウカ」

「グレッグさん、頑張って!」


「この薬草の市場価格、わかってるわよねぇ?いくらあなたでも、薬草コレクターとしてそれをタダで渡すわけにはいかないわぁ」

「ああ、わかってる。ちゃんと報酬は用意してある。」


「これに釣り合うとなるとぉ、余程の物が必要よぉ?例えば…グレッグが一晩私の言いなりに…」

「断る」

「即答っ!?」


「ああああんっ!?その辛辣なのも気持ちぃぃわぁ…」

カエデは大きく肩をはだけさせ、グレッグにすり寄っている。

普通の男なら難なく籠絡できそうだが、グレッグはするりとそれを躱した。


「ふっ…そんな下らないものでいいのか?俺の用意してる報酬は…例えるなら燦然と輝く至宝。どんな暗闇もたちどころに照らし出す太陽の如く。手にした者は例外なく桃源郷の如き至福の時間を手にし、幸福の絶頂を味わうという…」


「…ふぅん、言うじゃない。なぁにそれ?オーパーツか何か?」

「グ、グレッグさん…?そんなすごいものどこに…」


「刮目せよ!その名は…」

ゴクリと誰かが唾を飲む音が聞こえた。

「ネコムスメノミミトシッポモフモフチケットだっ!!」


チクタクと時計の針が進む音だけがする。

グレッグの言葉が頭に染み入り、意味を解するまで10回ほどのチクタクを要しただろうか。


「なっ、何を…」

「くはぁぁぁぁぁんっ!??ね、猫娘のっ!?モフモフぅぅっ!?そ、そんなことがぁぁっゲホッゲホッ!??」


グレッグがニタリと笑っている。

「ああっ!?もけもけの猫耳を弄んだ後のっ…!至高なるもふもふっ!??うあぁぁぁぁぁっ!?し、しかし…!そんなチケット1枚で大切なこの子たちを譲るわけには…」


グレッグのニタニタ笑いが耳近くまで広がった。

「誰が、一枚だと、言った?」

すうっと宙に掲げられた一本の指。

永遠にも感じられる数秒を費やし、そこに新たな指が加えられた。


「りょ、両刀ですってぇぇぇぇぇっ?!?ダ、ダメよ、そんなっ…あっちもこっちもなんてっ!??」

「何がダメなんだ?素直になった方が良いんじゃないのか?」


「えはっ!?ダメェェァァッ!??か、体が…勝手にぃぃっ!!く、しかし…私はまだ…まだぁっ!!」


その時のグレッグの顔を、エリーゼは生涯忘れないだろうと思った。

口は耳まで裂けているかのように大きく開かれており、その目は白目をむき痙攣している。

チラチラと見える舌はまるで蛇のようだった。


「ぐっふっふっふふふふふ…あーっはっはっはっはっは!!」

「な、何がおかしいのグレッグ…!!ま、まさか…そんな…」

ゆっくりと薬指が、先に立つ二本の元へ向かう。


指の角度が直立に近づくにつれ、カエデの全身の痙攣が激しくなっていく。

「ああっ!?さ、3人なんてっ!?嘘よっそんなのあり得ないぃぃぃっ!?」


グレッグは般若の形相でカエデに近付いた。

「神はこの世の邪気を払うため3対の猫耳を遣わし…」

「あへっ!?」

「悪魔は世界を手に入れるために3本の尻尾を生み出した…」

「あへっあへぇぇぇぇっ!??」


今にもどこかへ飛んでいきそうなカエデに、グレッグが最後の言葉を囁く。

「ネコムスメタチハミツゴダゾ」


「んひぃぃぃぃっ!!き、禁断の!それは禁断の果実ぅぅぅっ!??ほ、欲しいぃぃっ!ソノチケットクダサイィィィッ!!!!」

「よし、交渉成立」

「グレッグさん、顔が戻ってないです…」


*****

「なんだかふわふわするにゃ…」

クリニックに戻ったエリーゼ達は、早速ルイの治療を開始した。


カエデの調合した薬をルイに飲ませる。

エリーゼは酩酊状態になったルイの腕をあらゆる角度から観察していた。


「…あまり言いたくない事なのだけれど…」

カエデが珍しく真面目な顔をして言った。

「ここまで深く食い込んだ毒を除去するのは、私の薬でも難しいと思うわぁ。」

「…黙って見てろ。」


エリーゼはおもむろに、小さく細い棒を2本取り出した。

それは東の辺境で食事に用いられる道具に良く似ている。


「イキますです」

エリーゼは2本の棒でルイの腕を侵食している触手を挟み、慎重に引き剥がしていく。


カエデの薬によって弱められた触手は、なんとかエリーゼの力で除去することができそうだ。


「痛い…痛いよぉ…」

ルイは布を噛んで必死に痛みに耐えている。


エリーゼの額には大粒の汗が浮かび、腕も疲労で燃えるように熱い。


触手を少し引き剥がし、気を流して除去。

また引き剥がして除去。

それを何度も何度も何度も何度も繰り返す。


棒を握る手は、赤く皮がむけてきている。

それだけ触手の抵抗が強いのだ。

また除去する時に毒を放出し、その度にエリーゼの指が爛れていく。


しかしそれでも、エリーゼは治療を止めない。

もしここで放してしまえば、触手はさらにルイの奥深くに逃げ込んでしまうだろう。

そうなればもう、チャンスはない。


集中力が極限に高まり、エリーゼの意識にはもう、自分とルイ以外のものが消えていた。


そして…

「治療…完了です!」

最後の触手を除去し、エリーゼはそのまま倒れ込んだ。


「腕が…動くにゃ!!」

「…やるじゃないエリーゼちゃん」

喜びと驚きと安堵が入り混じる暖かい空気がクリニックを満たした。


「やりましたです…!」

エリーゼは小さくガッツポーズを作り…そのまま気を失った。


*****

「エリーゼちゃんの様子はどう?」

「問題ない。集中しすぎて限界を超えちまったみたいだ。お前の薬がよく効いてるよ。」

グレッグはすやすやと眠るエリーゼの布団を直しながら言った。


「それはよかったわぁん。久しぶりに良いものを見せてもらったからねぇ」

「…わかるのか?」

「あらぁん。これでも目利きは確かよぉん。メッキと磨き抜かれた石の見分けくらいつけられるわぁ」


「…そうだな。」

「才能…だけじゃないわね。的確に原因を見ぬく知識、疲労の中でも寸分狂わず動く手、不要なもの一切を排除する集中力。先天的な才を気の遠くなる位の反復で磨いたのね。努力の域を超えて執念まで感じる。あの子の技には、そういう妖しい美しさがあったわ。」


「お前がそこまで言うのは珍しいな」

「そう?私は美しいものは美しいとはっきり言う女よぉん。…まあ、磨かれなくなった石を見ちゃった後だから、余計に美しく感じたのもあるかもねぇ」


そう言ってカエデは胸元から封書を1つ、取り出した。

「それは…」

グレッグの手が自分の胸元へ動き、そこにあるはずのものを探す。


「気付かなかったのぉ?"白銀"の名が泣くわよぉん」

カエデはグレッグに封書を渡そうとする。

それはグレッグが事前に用意していた、薬を買い取る為のお金だった。


「いらん。それはお前のだ。」

グレッグとて、もふもふチケットなどで済ませる気は毛頭なかったのだ。

生活費を崩してカエデに渡す金を用意していた。


「…いらないわぁ。」

「なに?何故だ?」

「今日の分は…そうねぇ、投資だわ。」


「エリーゼへのか?そんな理由では…」

「いいえぇ。彼女の輝きが、もう一つの石をも照らしてくれる事を祈って…ね」

「…期待には沿えんよ。その石はもう、輝く理由を失ってしまった。」


カエデは悲しげに微笑み、目にも止まらぬ速さで動いた。

気付くとグレッグの胸元に、封書がねじ込まれている。


「またねぇ。」

そのままひらひらと手を振り、カエデはドアを開けて出て行った。

グレッグは1人、佇んでいる。

胸に去来する様々な思い、それらがたてる細波が収まるのを1人、待っていた。


*****

「ふぇぇ…」

翌朝。

眩しい日光に照らされてエリーゼは目を覚ました。


頭がふらふらし、自分がどこにいるのかも暫し、思い出せない。

「おう、目覚めたか。」


知らぬ間に耳に馴染んだ声がし、エリーゼは自然と笑顔を浮かべていた。

「グレッグさん!ボク…ボクやったんですよね…!」


「ああ。お前は凄かったよ。ルイ達はすっかり良くなったみたいだ。お前は気を失ってたから、またお礼を言いに来るってよ。」

「やった…!!ボク…!」


グレッグはエリーゼの頭をくしゃくしゃと撫でた後、おもむろに般若の形相で笑った。

「ひぃぃっ!??グレッグさんっ!??」

「さて…頑張ったエリーゼには…褒美が必要だよなぁ!!」

その傍らには、何やら大きな物体が置かれている。


「はへっ?」

「褒美が欲しいか欲しくないのか、はっきり自分の口で言ってみろ!」


「ほ、欲しいです!」

「んん?もっとはっきりナニが欲しいか言わないとわからんなぁ」

「ほ、欲しいですっ!その…その大っきいのが欲しいですぅぅっ!!!」


「ふふふふふっ!はーはっはっはっはぁっ!!!良くぞ言ったぁっ!刮目せよ!!この…特選ルミエール牛食べ放題をっ!!!」

がばぁっと現れたピンク色の宝石達にエリーゼは狂喜乱舞した。

「うああぁぁぁっ!!嬉しいぃぃぃぃっ!!!」


後日、ニッコニコのカエデと、げっそりした猫娘3人が何故か一緒に礼を言いに来た。

そして、何故か同じ方角へと帰って行った。

その後彼女達に何が起きたのか、グレッグは恐ろしくて聞けなかった。

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