スライムの毒
ぷよぷよとした不定形の物体が、段々と一箇所に寄り集まっていく。
集まったそれらは一つに溶け合い、特大のぷよぷよ物体が出来上がった。
それはずりずりと彼女達の方に這い寄っていく。
その通った後は、石すらもドロドロに溶けてしまっている。
「グレートスライム…!」
片手剣を持った女戦士が呻く。
「どうする…!?俺達でやれるか!?」
と弓矢を構える女性。
「あいつに効く魔法…何か…何か…」
その横ではローブに身を包んだ女性が、杖を持ってオロオロとしている。
彼女達は冒険者パーティ"ケットテイルズ"。
Eランクの時に結成され、Cランクまで地道に上げてきたパーティだ。
名前の由来はずばり、全員が猫の獣人であること。
獣人はこの世界に数多く存在する。
太古の時代には夜になると獣に変身するような強力な種族もいたらしいが、現代では少し獣の特徴がある人間というだけにすぎない。
彼女達も例外ではなく、猫耳に尻尾が無ければ普通の人間と見分けがつかないだろう。
今彼女達の尻尾は毛が逆立って膨らんでおり、最大限の警戒を表している。
グレートスライムとは、数多のスライムの集合体だ。
スライム単体では雑魚モンスターに過ぎない。
しかしそれが寄り集まると、極めて危険なモンスターに変貌する。
最大の脅威はその体を構成する猛毒だろう。
岩をも溶かしてしまう程で、彼女達レベルでは致命傷になりかねない凶悪な毒である。
じりじりと近づく流動体に、堪らず矢が放たれる。
グレートスライムに突き刺さった矢は…
「嘘だろっ!矢が溶けたっ!」
反撃とばかりに、グレートスライムから紫色の液体が射出された。
躱しきれずに、矢を射た女性が被弾する。
「ひにゃぁぁぁぁっ!??」
「ルイッ!?大丈夫っ!??」
ルイは慌てて胸当てを脱ぎ捨てた。
見る見るうちに、地に落ちた胸当てが溶けていく。
「か、かすり傷だ、こんなの!」
ルイは酸性の猛毒により衣服が爛れてしまっており、かなり際どい状態なのだが、今はそんなことを気にする余裕もない。
再び矢をつがえようとするが、痛みのためか上手くいかない。
そこに、グレートスライムから伸びた毒々しい触手が迫り…
「に、にゃぁぁぁぁあっ!!」
あわや捕まるかという瞬間。
触手は突如としてその動きを止めた。
「グ、グレッグぅぅぅぅっ!ありがとにゃぁぁぁっ」
グレッグはグレートスライムに突き刺した剣に、更に気を送り込む。
「アイス・エッジ!!」
具現化した気は軟体を一気に凍り付かせた。
「今だ!やれっ!!」
グレッグの号令で、3人の猫娘達が猛攻を仕掛けた。
弱点である氷結にされたところを攻められたグレートスライムは、なす術なくその身を削られていき、最後には粉々になって消えていった。
*****
「はい、これが今回の報酬になります。グレートスライムまで討伐頂いたので、特別報酬も出ておりますよ」
「お、おおおおっ!こんなに…」
「こ、これだけあれば…!」
「そ、そうだなっ…このお金で…」
「「「お魚食べ放題にゃっ!!!」」」
嬉しそうな三姉妹と、それを保護者のように見守る厳つい男。
珍妙な組み合わせだが、実はグレッグとこの3人が組むのは初めてではない。
「良かったな。ルイ、メイ、アイ」
「「「グレッグ、今回もありがとうにゃっ!!!」」」
グレッグは特定のギルドやパーティには加わらず、ソロで冒険者をしている。
だが折を見て、彼女達のようなパーティに助っ人として参加していた。
「そういえばルイ、怪我は大丈夫か?」
ルイはこの三つ子達の長女だ。
咄嗟に身を躱してはいたが、グレートスライムの毒液を受けてしまっている。
応急処置は施したものの、左肩から前腕にかけて痛々しく変色してしまっていた。
「正直、かなり痛む…お魚はお預けしてこの後病院に行くよ…」
ルイは耳をしょんぼりとさせながら答えた。
「そうか…もし治療の後も痛みが残るようだったら、良いクリニックがあるんだ。紹介するぜ。」
ピクンと耳がこちらを向く。
「本当か!何から何まで…何と礼を言えば良いか…」
尻尾がぴょこんぴょこんと、あちこちに振られている。
「気にすんな。お互い様さ。」
ルイ達が深々と頭を下げた。
3本の尻尾がピンと立ち、先っぽだけがくねっと折り曲げられる。
「じゃあ、またな」
グレッグは報酬を手に、家路についた。
ー思ったより貰えたな。あいつの好きな肉でも買って帰るか…
ルイがエリーゼのクリニックを訪れたのは、この一週間後のことだった。
*****
「これは…思ったより酷いですね…」
エリーゼがルイの腕を見て呻いた。
当初は火傷のように赤い跡だったのだが、今は紫色の不気味な色になってしまっていた。
見方によっては、触手のようなものが肌に食い込んでいるようにも見える。
「解毒魔法が効いてすぐに良くなったと思ったんだ。そしたら、何日か後にまたぶり返してしまって…」
「恐らく、スライムの毒が気流脈に入り込んでしまっているのです。」
気流脈とは、気が巡る通路のようなもので、身体の隅々に張り巡っている。
「かなりやっかいな毒なのです。肉体だけでなく気の流れにも害を及ぼすなんて…」
「病院でもお手上げだって言われてしまったにゃ…」
「このままだったら腕を切断しにゃいとダメかもって…」
「な、なんとかならないかにゃん…」
3対の猫耳と尻尾がしょぼーんと垂れ下がっている。
エリーゼは腕を組んで悩む。
「お前でも難しいのか?」
「治療はできるのですが…アセラス草とルーン草の調合薬が必要なのです…」
「マジか」
どちらもかなり珍しい草で、グレッグにも手持ちは無かった。
「かといって今から採取しに行ってたら手遅れに…ああっどうしたらいいのですかっ!??」
「その薬があれば治療できるのか…?」
「そうですけど…何かあてが?」
「…………………………………………ナクハナイ」
「声っ!小さっ!」
*****
「ここは…」
「まあ…知人の家だ。」
「家なのですかっ!?こ、これがっ!??」
グレッグ達の目の前には、今にも崩れてしまいそうなボロ屋敷があった。
ここは王都の旧市街地。
比較的所得の低い人々が住む場所ではあるが、この家の惨状は群を抜いている。
「どういう方なのですか?」
「…………………………………………アエバワカル」
「声っ!?グレッグさん大丈夫なのですかっ!?」
「ああ…まあ薬は間違いなく持っているはずだ。ただ………………」
「あの…グレッグさん?」
「……………………………性格に難があるんだ」
「性格に…?」
エリーゼが問いただす暇もなく、グレッグはドアを思いっきり叩いた。
今にもドアが壊れそうだ。
「おおーい!カエデ!いるかー?………………イナクテモイイゾ…」
「グレッグさんの心が折れているっ!??」
「はぁーーーい?どちら様ですかぁ〜?」
ドアを開けて出てきたのは…緑色の髪を膝近くまで伸ばした麗しい女性だった。
何やら芳しい香りがする。
羽織っている着物はなぜかあらゆるところが緩々で、今にも大事な部分が溢れてしまいそうだ。
はだけた着物から四肢が艶かしく伸び、中途半端に隠れていることがそれを余計に官能的に見せている。
およそこんなボロ屋敷に相応しくない、蠱惑的な女性だった。
しかも彼女は…
「えっ!??えぇぇぇぇっっ!?もしかして…"深緑の毒殺者"カエデさん…?」
「あらぁぁぁん?そうですわよぉぉぉ?あら、なんて可愛らしいお嬢さん…はぁぁぁぁんっ食べちゃいたいわぁぁぁんっ!!」
カエデはその圧倒的な実力を、1mmも必要のないこの場面でいかんなく発揮した。
一瞬でエリーゼの後ろに移動。
瞬く間にその服を半分近くまで脱がせている。
「い、いやあぁぁぁぁぁぁっ!??グレッグさん、助けてくださいぃぃぃっ!!」
遅れて悲鳴を上げるエリーゼ。
それが更にカエデを興奮させ、その手は危険な領域へと…
ビシッ!!!
「やめろこの変態がっ!」
すんでのところで、グレッグのチョップがエリーゼの貞操を守ることに成功した。
「はぁんもう…誰よ邪魔するのは…って…グレッグぅぅぅんん!!やっと私の愛を受け止めてくれる気になったのぉぉぉ〜ん!??」
繰り出される高速の抜手。
それを紙一重で躱すグレッグ。
それを見越し、腰を狙って繰り出されるタックル。
グレッグはそれをいなし、右に回り込み。
立ち合った2人。
怒涛のように繰り出されるカエデの攻撃。
それら全ては服を脱がせるため。
それをパリィし、スウェーし、ダッキングし、さらにスウェーし…
ついにグレッグはカエデの腕を掴むことに成功。
「何て…何て戦闘技術の無駄遣いなんでしょうか…」
膝を突いて嘆くエリーゼ。
大きく息を乱しながらも何とかカエデを捉え、グレッグはほっと安堵する。
「とにかく話を…」
「あっはぁ〜んっグレッグが…グレッグが私の手をっ!こ、これはまさか…愛のこくは…」
「うるさいっ!」
ビシッとその日1番のチョップがカエデに炸裂した。




