Happy-Popcorn!
俺、狼谷勇気は男子校に通うしがない学生である。
中学のクラスの中では毎回1位を取るほど頭がいい自負はある。じゃあ何故男子校に?と言われるかもだが俺自身、結構陰湿ないじめを受けていて共学に行く気が起きなかったことと、うちの祖父が「漢らしくせんからいじめられるんじゃ!むさ苦しい場所にでも言って修行してこい!」とか狂ったことを言い出したのがきっかけである。正直、爺ちゃんの鶴の一声ぐらいじゃ決定打にはならなかったが、当時少し自棄になっていた俺はあっさり承諾してしまった。
家の近くの男子校となるとやはり足掻いても電車通学は免れられないので寮制にしてしまおうと思い、都市部から離れた場所に進学した。
俺の入った高校は中高一貫だったらしく、高入生ということで色々と構ってもらえた。
入ったクラスはそこそこ素行のいい奴らの部類らしかった。男子校故に不良の溜まり場ではあるようで、理事長に気をつけるよう念を押されたが、俺は変にカースト付けされてる共学よりは秩序が乱れかけてるぐらいが気楽に過ごせるから好都合だ。
俺は、ここで少し運命的な出会いをする。
それは同じクラスの(クラス内では)天才と評されている兎田翔貴。
最初は背が高いだけかと思っていたが、「恥ずかしいから」という理由でワンサイズ大きな制服を着てるだけで……すげぇマッチョだった。
驚いたのは、その後も。
俺と同じデキるけどニート臭い雰囲気に惹かれよくつるむようになったのだが、話してみると大のポップコーンマニアでいつも隠れて二袋ぐらい平気で開けるということを暴露しだしたり、女性向けアニメ好きだったり、少し構わないと拗ねる兎退室兼人見知りだったりとよく言えば汚れなき純粋、悪く言えば頭が良くてもアタマがアレなやつだった。俺はどういうわけかそいつを「可愛いやつだな」と感じるようになり好意を持つように、所謂【扉】を開いてしまったのである。
そのことを伝えると「じゃあ、ステップアップするか!」と屈託のない笑顔で言われてしまったので俺たちは誰にも言わずに「友人以上」の関係に突入した。
前置きが長くなったが、これからの話はその後の俺たちの物語だ。
「兎田ぁ〜?」
俺は教室のドアを開けながら彼の名前を呼ぶ。
最近は登校時の兎田探しが日課となってしまった。多分反射反応の域に達してる。時刻はまだ6時。他の生徒はまだ寝てるだろう。
「うぁ……?はよぉ……ゆうきぃ……」
兎田は、寝ぼけ眼と爆発した髪のまま、後から聞いても朝飯だと言い張るであろうポップコーンを頬張りながら応答する。床に何粒か落としてるので、教室を借りて徹夜でもしてたんだろう。とにかく寝てなさそうだ、
「またポップコーン食いながら夜勉してたのか?わかんないなら俺手伝うって言ってんだろ……」
「勇気、自分の勉強してたろ?邪魔したくなくてさ……てか、こんな時間に何してんだ?」
にへっ、と締まらない笑みをこぼしながら申し訳なさそうに頭を掻く彼に溜息をつきながら
「ブーメランなんだけど……お前が朝になっても部屋に帰って来ないから迎えに来てやったんだよ!このデカバカウサギ野郎!」と叱責してみると、
「悪りぃ……心配かけちゃったな……ごめんなさい。」
と耳折れの兎みたいに項垂れ始めた。
(コイツ、どんだけ俺に嫌われたくないんだよ……罪悪感出てくるからその顔やめてくれ……!)
「嘘だよ、心配したこと以外は……だから泣くなって。」
「っ……泣いてねーもん!目にゴミ入っただけだし!」
「ガキの言い訳乙www」
「わっ、笑うなぁ!」
(可愛いなぁ、コイツ。)
どうやら俺はこの男に完全に落とされたらしい。
自分の中で兎田は男女で片付けちゃいけないような気がしてきてしまう。その愚直なまでの裏のなさは結局のところ全員に愛される。この究極の落とし穴に誰かが気付く前に出会えて良かった。
授業中……
「勇気!俺これわかる!今朝やったやつだ!」
興奮気味になって俺に報告してくる兎田。確かに頑張ってたもんな……成績なら気にしなくてもいいのに、誰よりもやってんだもん、でも……少しうざい……俺も集中したいんですけど!後、周りhshsしすぎて鼻息聞こえてんだよ!
「わかるなら言ってきたらどうだ?……うるさい……」
「違ぇって、勇気に確認してもらってから行きたいんだよ!俺よりできるから!」
「そっちかい!……どれどれ?……うん、合ってる。」
「よっしゃぁ!頑張ったからよしよししてくれ!」
「しゃあねぇ甘えん坊だな……よく一人で習得しました。」
俺に撫でられる兎田の顔は心底幸せそうで、吹き出しそうになってしまったが踏みとどまった。
満足したのか、意気揚々と添削へ向かう背中を見て微笑ましくなる自分を見て小っ恥ずかしくなって頰を二回叩いた。
「アタマ、馬鹿になり始めてんなぁ……俺も。男が可愛いなんてさ。」
少し自嘲して自分の感覚を疑う。でも、そんな君のはち切れんばかりの笑顔を見ると些細なことなんてどうでもよくなってしまう。兎田と、翔貴との糸を切りたくないなんて願ってしまうのだ。
「お前らってさ、デキてんの?」
昼休み、ある一人のムードメーカーにこう問われた。
最近、こういう質問を受けることがよくあるのだが、この学校では仲が親密になりすぎて深い関係になっているということがよくあるから友人に悪気はないことはわかっていても、共学出身のものとしては何かイケないことをしている気がして気まずかった。
「ま、まぁ……そういうもんなのかねぇ……?」
その場は濁しておいたがやっぱり胸がざわついていた。当人はリア充を弄りたかったのだろうが。
「なんだよ、ゆうきぃ〜浮かない顔してさ。うさ耳つけてやるから触れよ。マッチョウサギだぞ〜?」
まただ。いつも気づいてくれる、しかも【兎】田であることを使ったダサネタまでつけて。
「なぁ、兎田ってさ。異性興味ないの?」
「なんだよ急に……女の子なんか無理だよ、相手に申し訳ないし、釣り合わないし……同性にも吃ってんだぜ?キンチョーしちゃって話になんないかなぁ……?」
「顔割と行けるのにコミュ症とか俺ら完全にハズレだよなぁ……でもさ、もしそうなったら俺のこと、切ってくれていいかんな……」
俺はこの人の人生の荷物になるわけにはいかなかった。今は良くても、いずれは結婚もしなくちゃいけないはずだ、あいつは俺の物じゃない。だからその時は……
「何言ってんだ?……俺、鈍感だからなんで勇気が悩んでんのかはわかんないけど、俺は勇気が握ってくれた手は絶対離さない!だって俺もすげぇ勇気のこと好きだもん!それにまだ片手持て余してるしな……www」
『まだ片手持て余してる』そうにやけながら言う翔貴に笑い泣きなんだか嬉し泣きなんだかわからない状況になってただただ涙が止まらなかった。まだいていいって言われたような気がして、救われた心地がした。
「丸わかりじゃねーかよっ……!」
「なんだなんだ?今日は勇気が泣き虫さんなのかよ?」
「……ゔっぜぇっ!このデブ!」
「うーん……まだ違うな!マッチョウサギのままだ!」
「……ウサ耳、触らせろ……」
「了解!その代わり後でポップコーンスタンド付き合えよ?」
「お前なんかポップコーンみてぇにブクブク膨れて破裂しちまえっ!」
「言ったな?……ってか、将来本当にそうなりそうで怖いけど……そんなこと言うなんて意地悪な狼さんだぜ。」
……
「……んまい。」
「だろぉ?年中いろんなの食ってる俺が言うんだ、美味くないわけねぇって!」
「ふーん……丸々太ろうとして狼の餌になるつもりなんだな、兎くん?」
「まだ筋肉有るっつーの!まぁ、お前みたいな優しい奴になら喰われたって食いは残んないけどね。」
「帰るぞ、門限すぎそうだ。」
「えっ、おまっ、そう言うことはもっと早く言えよ!」
「走れば痩せられるぞ?」
「えぇ……」
こうやって馬鹿やらかしあって過ごす時間が1秒でも長くなればいいと願ってしまうのはあの頃と変わらないわけで。
おはようからおやすみまで、あわよくばどっちかが死ぬまでずっと笑っていられる自信があるのは俺だけだろうか。いや、お前もきっとそうなんだろ?これからいっぱい馬鹿騒ぎして、ずっと2人ぼっちで楽しもうか……この味気なく気だるげで素晴らしい世界を、君と。いつまでもよろしく頼むぜ、翔貴!




