現代男子高生が見た日本史。
完全なる趣味で見切り発信で書き始めました。
更新速度は遅いかもしれませんが、どうぞ、お付き合いくださいませ。
歴史の内容については、Wikipediaと「読むだけですっきり分かる日本史」著:後藤武士 を参考にしています。
子どものから古いものが好きだった。
歴史ヲタクかと言われればそうではないけど、とにかく、古くてなんらかの歴史を感じるものが好きだった。
いつものように、家からほど近くにある小さな古本屋に来ている。
いつ来ても自分以外の客は見たことないし、店として成り立っているのか疑問が残る。
店の奥にはこれまたいつもと同じ風景と化している、店主がいる。シルバーの縁をした眼鏡をかけ、見るたびに同じベレー帽のような帽子を頭の上にちょこんと乗せた老人が一人居るのみだ。
この店に通いだして大体足掛けで2年ほどになるけど、この店主と多くを話したことはない。
あちらから話かけられることもないし、自分から話しかけることもほとんどない。
【だから心地が良いんだけどね】
自分は決していわゆるコミュ障ではない。断じて違う・・・たまたま、人との会話が少ないだけだ。
学校のクラスメイトに話しかけられれば普通に返事もするけれど、滅多に話しかけられることもないので、ますます会話する機会が減りコミュ障をこじらせていることに本人は自覚が無いようだった。
さて、そんな自称非コミュ障な男子高校生が古本屋で何をしているかと言うと、いつも通り店内の端から端まで視線をやって、ニヤニヤと笑うところから彼の放課後はスタートするのだ。
【今日はどれにしようか…】
古本屋と言っても、客は自分以外に見たことがなかったので時間を気にせず立ち読みをして過ごす。
本来であれば購入して自宅で読むべきではあるが、なんせあまりにも大量の本やら小物やらが乱雑に置かれているのでしがない男子高校生のお小遣いでは到底続けての購入が難しいのだ。
【まぁ、立ち読みしてても何も言われないしなぁ。むしろ最近は隅っこに椅子置いてくれてるし。】
気が付くと、店内の隅っこに背もたれが付いた木製の椅子が置かれるようになったのだ。
これ幸いと、その日に読む本を手に取るとその椅子に座って大好きな古いものに囲まれて本を読みふけっているのだ。
今日の手に取ったのは、百人一首の古書だった。
和紙の一枚ずつゆっくりとめくる、ぺりぺりと、乾いた音が耳に入ってくる。
【おぉ、すげぇ…けど、相変わらずなんて書いてあるのかまでは読めないもんだなぁ】
古いものが好きと言っても、古文書等で使われている字を認識して読むまではまだまだなのだった。
【でも、この何とも言えない古さがまた良いんだよなぁ。】
自然と顔がにやける。昔からこうなのだ、自分にとって想像もできないほど昔のモノを見るとにやける。
どうやってこれは作られたのか、どうやってこれは残されたのか。
考えるだけで興奮してしまう。仕方ない、だって好きなのだから。
和紙に書かれた文字をそっと指でなぞる。誰がどんな思いでこの文字を書いたんだろうか。
どんな状況で書いていたんだろうか。
考えれば考えるほどに、のめりこんでしまうし、興奮してしまう。
【だけど、初めてこの店に来た時が一番興奮したよなぁ、やっぱり…】
読めない字を見つめながら思い出す。
※※※※※
中学3年生の秋だった。
毎日毎日同じことを繰り返すようにしながら、授業に参加している。
【なんでみんな前ばっかり見てんだろ】
当たり前だ、黒板、そして教壇がありそこでは教師が教科書を読み上げているからだ。
『~~で、あるからして。この、公式を当てはめるためには~…』
数学の授業、聞こえるのは教師の声と、クラスメイトが必至にノートに文字を書き込む音。
いつの頃からかこの光景が苦手に感じるようになった。
全員が同じ方向を見ている、この、光景が。
どうにも自分がこの場にそぐわない気がして仕方なかった。
そうして先ほどと同じ言葉が頭をよぎる。
【みんな前ばっか見てるなぁ】
この言葉の聞こえだけなら、ポジティブかもしれない。
だが、彼はどうも違うように感じていた。
【だって歴史とか古いものは全部後ろにあるのに】
授業中に前を見ることと、歴史に思いを馳せることでは全く違うことだが…
この中学三年生にはまるで同一のように考えていた。
もちろん今がなければ過去なんてものはできないし、ましてや、歴史になんてならない。
この少年は授業中にそんなことばかりを考えては窓の外を眺めている。
クラスメイトが前を見ているときに、ひとり、横を見るのだ。
【あーぁ、どうせなら数学の歴史とかだったらいいのに。】
古くないものに微塵も興味が持てないのだった。
退屈な授業が終わりやっと学校から帰れる。
・・・いや、帰れない。
いわゆる学習塾がこの後待っているのだった。
母親に受験対策のため、と、無理やり通わされている塾。
【はぁ~勉強が終わったと思ったら、なんでまた勉強なんだよ】
中学三年生ともなれば当たり前ではあるが、少年には耐えられないようだった。
【よし、今日は行かない。決めた、行かない。】
誰に宣言し言い聞かせるわけでもないが、そう決めた途端気が楽になった。
…だがどこでどうやって時間を潰そうか、そこまでは考えていなかった。
適当にぶらぶらと歩いている。あまり家に近づきすぎて塾をサボっているのが見つかってしまっては、元も子もないからだ。
【そういえば、なんだかんだでこの辺はあまり歩いたことなかったな】
家からほど近い町。
近くには駅や学校等もあるが、かといって繁華街でもない。
何度か来たことはあったがそこまで意識して歩いてはいなかった。
【ふぅん?落ち着いた町ってやつかな】
適当に歩きながら回りを見渡していると、ふと、目に留まった。
-------古きものあります-------
思わず目を細めて見る。
建物前に置かれているその立て看板をもう一度読む。
【ふるき、もの?】
ぞわっと、する何かを感じた。
そしてその看板から視線を横にすれば、店舗らしきものが目に入る。
【ここ店…だよな?】
少し疑うように声に出す。
出入口と思われる引き戸にはご丁寧に≪入口≫とプレートが貼られていた。
【出口はどこだよ】
思わず突っ込みを入れてしまう。
【つか、こんな所にこんなお店・・?】
周りは住宅街と言った方が近い町並みに店舗があるのが不思議だった。
だが今は好奇心の方が勝っている、恐る恐る引き戸を動かした。
【…お、おじゃまします…】
小さな声で自分が入ることをアピールした。
自称非コミュ障にはこれが精一杯だった。
入った瞬間に、ムワっと独特な古い匂いがする。
決して埃やかび臭いのではない。
【うわ、すっげぇ古臭い匂い・・・】
敏感な人なら思わず顔をしかめて、鼻を押さえるかもしれない。
だが少年は違った。にや、っと笑った。単純に嬉しくなったのだ。
【ここ、古いものがたくさんありそう!!!!】
入口から店内を左から右へと目線をやる。
ところどころにわけもわからず積まれた本や、モノがある。
【うわ、うわ…】
思わず小さく声が出る。
きょろきょろと視線を泳がしていると、一番奥に人影を見つけた。
【いらっしゃい】
店主らしき老人が自分の存在に気づき声を発したかと思うと、すぐに、視線はそらされた。
店主は自分の手元に視線を落としている。
【…入っても、良い、ってことだよな?】
確認する勇気はないが、認められたような気がしたのでおずおずと店内に入った。
見れば見るほどに色々なモノが置かれている。
綺麗に本棚に陳列されているかと思えば、床から積み上げられているものまで。
古文書や古地図、文学や画集…とにもかくにもすべてが古いと感じるものばかりだ。
【うわ、巻物みたいなやつもある】
少年は目を輝かせる。
楽しくて仕方ない。はた目から見ればよく分からないモノかもしれない。
だけど、絶対的にこれは、古いモノであって、そこから、歴史を感じるのだった。
そう思うと自分の中の何かがゾワゾワと動き出して行くのがわかる気がした。
【やべ、俺めっちゃ興奮してる!!!!!】
にやっと笑い、ゆっくりと店内を見ていくことにした。
ここは良い場所だ、時間を潰すにはもってこいだ。
本来の塾をさぼるといった目的は二の次になっていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。
気が付くと店内の蛍光灯が眩しく感じてきた。
【・・あ、やべ、外もう真っ暗じゃん】
携帯を取り出しディスプレイを確認すると、とっくに塾の時間は終わりを示していた。
なんならすでに帰宅している時間でもあった。
少年は慌てて手にしていた古地図をそっと閉じて元の場所に戻す・・・と言っても積み上げただけに近いが。
ちらっと奥を見れば店主は最初に見た時と変わらない姿勢で手元の何かを読んでいた。
【人形じゃ…ないよな?】
そんな事が頭をよぎったが、店主の右手横には湯気がまだゆらゆらと出ている渋い湯のみがあったので、どうやら動いている人で間違いないと認識することにした。
【なんだ、この店…なんだよ、この店!!】
少年は帰るときになっても相変わらずワクワクしている。
この後、母親にこっぴどく叱られる事になるとわかっていても、今の、この高揚した気持ちが抑えられなかった。
【お邪魔しました…】
入った時と同様、小さな声で後にした。
後ろ手でそっと戸を閉めたが、その時、店主が自分を見送っていたことに少年は気づいていない。
こっ酷く叱られた。
塾をさぽったこと、帰宅時間が遅くなったこと。
テーブルの向こうから母親が声をかける。
【聞いてるの?今は中学三年生っていう大事な時期なのに、それを塾をさぼって・・】
【まぁまぁ、たまにはそんな時もあるって】
隣で父親が母親をなだめているが、あまり効果はない。
いつもより遅くなった夕ご飯を食べながら、二人の言葉を聞き流している。
【それにこの前の成績だって・・】
ほらきた。いつも同じ内容になっていく。
【あなた、どうして、あの科目だけは良いの?もっとバランスよくほかの科目も・・】
【まぁまぁ、一つでも良いのがあればいいじゃないか。】
父親の言葉はやっぱり母親には効果がないということをそろそろ自覚してほしいところだった。
【あの科目だけ良くても、社会に出たら役に立たないでしょう。どうするつもりなの?】
父親は、その横で苦笑いしながら言う。
【まぁ、名前の通りだから良いことではあるけど。でも進学できないってなるとそこは問題かな】
ここにきて父親が母親の援護射撃をしだした。
少年の成績はいつもある特定の科目だけが良かった。
--------歴 史----------
少年はご飯を食べ終えお茶を飲みながら、テーブルを挟んだ向こうからあれこれ言われることをやり過ごそうとしている。
【聞いてるの?青史!!!!】
母親の声にびくっとして首を縦に振り、いきなり流れ込んだお茶に若干むせながら姿勢を正した。
小言から解放され部屋に戻り、服を着替えてベッドに倒れこむ。
母親は塾をさぼっただけでなく、夜遅くなったことを心配して怒っている様子だった。
【あなたはまだ15歳なのよ?子どもが一人でこんな夜遅くまでうろうろしてたら危ないでしょ!】
塾から帰宅する時だって十二分に夜遅い気もするけど、なんてことは口が裂けても言えなかった。
【なんだよ、15歳なんて、時代が時代ならとっくに元服して大人扱いのはずだろ】
授業で習った歴史の内容を思い出しながらつぶやく。
今の時代では15歳と言えば当然ながらまだまだ子どもの区分であり、保護される存在である。
方や時代を動かした少年が歴史上にいるかと思えば、自分はどうだ。
高校受験といった壁に追い込まれたただの子どもだと痛感するばかりだ。
【はぁ・・・】
一つ大きなため息をつきながら天井を見上げる。
【そういや、今日のあの店…】
数時間前までのことを思い出す。
沢山の本や訳のわからないモノも…また行きたいな、と、にやっと笑う。
ただ塾をさぼると今日のようになるのは目に見えているので、ひとまずは次の休日にでも行くことにするか、そう思いゆっくりと目を閉じた。
その夜、夢を見た。
『いいかい、青史。お前の名前は、あおし、と読むけれど別の意味もあるんだよ。』
幼い頃の記憶か、少し前に亡くなった祖父が小さな自分に向かって語りかけている。
『この漢字は、せいし、とも読むんだ。歴史そのものという意味だよ。その昔、紙のない時代に、青竹の札をあぶって文字を残した、というところからきているんだよ。』
『れきし、って、なぁに?』
『人が生きていた証そのもだよ。お前がこれからの歴史を作っていくんだよ。』
優しく、そして、諭すように言われた。
それでも幼い自分にはとても難しいように思え『ふぅん?』と首をかしげていた。
自分が歴史の一部になれるのなら嬉しいけれど…
そんなことがぼんやりと思い浮かんだ気がしたが、そのあとは深く眠りについてしまった。