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断:君は何を思ふ

 ***


 再試一日目――。現代文と古典を併せた科目、国語のテスト。


 俺は問題用紙と必死に睨めっこをしながら、解答用紙に答えを書き入れていく。

 シャーペンと机がぶつかり合う音が、小気味よく一つだけ俺の手元から響いた。他に教室の中に聞こえる音は、時計が針を進める音と安らかな寝息だけ。


 現代文を終え、一区切り付いた俺は次の古典に取り組む集中力を養うために、天井を見て一呼吸を吐く。この呼吸には、嘆息も交えられている。

 俺は息を吐き切ると、寝息の根源地である隣に目をやった。


 そう、左隣に座る学問優秀な茉莉が既にテストを終え、夢の中へと入っていたのだ。


 テスト中に睡魔に耐えられないほど茉莉が眠かったのかと言えば、それは違う。先ほどまで物凄い勢いで走るペンの音が聞こえていた。つまり、五十分という時間が設けられている中で、まだ二十分も経過しない内に、茉莉はもうテストを終わらせてしまったのだ。

 対して、俺は制限時間の半分を使って、問題の半分である現代文をようやく終えたところだ。

 悲しいくらいに明らかな差があった。溜め息の一つくらい吐きたくなるだろう。


 けれど、茉莉が時間を余らせるくらい早くテストを終わらせるとは思っていたが、まさか空いた時間に眠ってしまうとは思わなかった。


 でも、今日のことを振り返るとしょうがないのかもしれない。

 茉莉は今日一日クラスの女子に引っ張りだこだったのだ。休み時間の度に席に集まられたり、昼休みも一緒にご飯を食べたり、授業の課題を一緒に取り組んだり――、まさしく普通の女子高生のスクールライフだ。

 しかし、慣れていない茉莉からしたら、疲労も溜まってしまうだろう。


 だから、このまま茉莉に構わずに、俺は残りの古典のテストに取り込もう。そう思ったのに、もう一度だけ俺は、茉莉の寝顔を見てしまった。


 ――なんて幸せそうな顔で寝ているのか。


 俺は頬を綻ばせた。さて、今度こそテストに戻ろう。


 そう思った時だった。


「……ぅ、ううん」


 突如、茉莉が寝苦しそうに呻き声を上げた。その声に、俺は茉莉の顔を見る。それがいけなかった。


 茉莉の寝顔は一瞬だけ苦痛の顔に歪んでいたが、瞬きの間に先ほどと変わらずに幸せそうな表情に戻っていた。


 しかし、それとは別に――。長い睫毛。綺麗な黒髪。微かに空いた、薄紅色の唇。小さく上下に動く細い肩。伝説の血祭まつりとは思えないほど、あまりにも無防備な姿が俺の目に飛び込んでしまった。

 先ほどは全く意識しなかった部分が、何故か嫌に心を乱す。


 緊張からか、俺は唾を呑み込んだ。


 そして、ハッとして思わず教室の中を見渡す。


 現在、この教室には俺と茉莉しかいない。

 テストの監督をするはずだった藤田先生は、緊急の用が入ったということで、用紙を配り終わるとすぐに教室から出て行ってしまったのだ。俺と茉莉なら不正は働かないという信頼があったのだろう。

 確かに、その点は安全だ。


 しかし、これは――。

 ダメだ。集中を乱すな。


 俺はようやく折り返し地点である古典のテストに取り込む。

 そして、古典の最初の問題が、大和撫子と呼ばれるに相応しい容姿を持った茉莉を彷彿とさせるものだった。

 俺は揺れそうな心を無理やり押さえつけながら、必死にペンを走らせた。


 ――隣の席ですやすやと幸せそうに眠る茉莉が、どんな夢を見ているか、俺は知らない。

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