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拾玖:始まりの音

 ***


「――ゲーム、だと……?」


 凍てついた空気の中、ようやく俺の発した言葉を噛み締めつつある霜杉が、鋭い目つきをしながら言った。

 俺が堂々と場違いな発言をしたから、すぐに理解することが出来なかったのだろう。それにゲームと言っただけで、具体的なことはまだ彼らには何一つ説明していない。


 そして、霜杉の言葉をきっかけにして、秦野高校の人達は一斉にどっと笑い始めた。


「ハハハ! 急に現れて来たと思ったらゲームかよ!」

「いいぜ? 俺は強打兄弟のゲームなら誰にも負けたことねぇからよ」

「ぷっ、キョーキョーとか何年前に流行ったゲームを自慢してんだよ!」


 彼らは最早、俺と更科のことを忘れたように自分たちの話題で盛り上がっている。


 予想内の展開だ。

 年相応の高校生たちが、ゲームと聞いて、喜んで首を縦に振る訳がない。しかし、霜杉だけは笑いもせずに、俺と更科のことを見つめている。図られているようで、嫌な気分だ。


 ちなみに余談ではあるが、強打兄弟、通称キョーキョーとは俺がまだ小学校低学年の時に話題になった格闘ゲームだ。筋肉ムキムキのおっさん達が、ひたすら戦い、ステージの外に出すという内容だった。そのくだらない内容に、ゲームファンの間ではクソゲー扱いされていた。誰が好き好んで、おっさんの筋肉を見るというのか。

 今その単語を耳にするまで、完全に頭の中から忘れ去られていた。


「……でも、ここには残念ながら出来るゲームなんてねーんだわ。ここにあるゲームは全部壊れちまってる」

「だからさー、リアルファイトでもいいかな? 偽善を振りかざす正義の味方・仮面ソルジャー&キラチューVS自由の象徴・秦野高校ォ!」

「ハハハ! それは最高だ!」


 そして、再び盛り上がる。何人かは準備運動のつもりか、その場でジャブを打っている。


 全く取り付く島もない秦野高校の人達に、俺はどうすべきか考えていた。

 このままだと、俺が予想していた嫌な展開になりかねない。


 なんとか打開策を考えようとしていた時、


「ふわぁあ」


 更科があからさまに大きな欠伸をした。


「っんー」


 しかも、事もあろうか、思い切り伸びまでする始末である。


 あまりにも秦野高校の人達の予想に反する行為に、誰もが言葉を失ってしまった。その間の抜けた息が漏れる音に、人々の視線が一気に集まる。


 伸びを続けていた更科が、ふと誰も口を開いていないことに気付くと、


「――あ、退屈な話は終わった? じゃあ、ゆう……仮面ソルジャー、ゲームの説明していいわよ」


 何事もなかったように、しれっと言った。


 空気を読まない自由な振る舞いに、この場にいる秦野高校の誰もが言葉を失った。そして、少しの時間をおいて、ようやく自分たちが馬鹿にされていると気付く。


「……おい、てめ――ッ!?」


 一人の勇気ある秦野高校の人物が反旗を翻そうとしたが、その言葉も途中で喉に詰まってしまう。


 あまりにも鋭い殺気が放たれていたからだ。キラチューという子供に人気なお面を被っているにも関わらず、その奥の表情が見て取れるほど敵意を向けている。近くにいる味方であるはずの俺でさえ、一瞬息を呑む。


 しかし、更科が作ってくれた機会を、俺が捨てる訳にはいかない。俺は小さく息を吐くと、


「――ゲームの内容ですが……、今からここにいる人に風船を配ります」


 ポケットから先ほど買った風船とガムテープを取り出して、説明を始めた。


「この風船を各自自由に膨らませて頂いて、このガムテープで左胸部に付けます。あとのルールは単純明快……風船を割られたらゲームオーバーです。このように……、ね!」


 俺は興味を持たせるという意味も込めて、実際に風船を膨らませると、その場で両手で力を入れて割ってみせた。風船が破裂する音は、小気味よくYOMIの空間に響き渡る。風船が割れた瞬間、秦野高校の人達の中には、何人か目を閉じたり、肩を上げる人たちもいた。


「割られた人は――、あちらの空いたスペースに行って頂きます。あちらのスペースに入った方は退場扱いとなり、このゲーム中はもう行動することは出来なくなります。そして、どちらか先に全滅した方が負けです。……如何でしょうか?」


 俺が説明を終えると、口を開く者は誰もいなかった。だが、その表情とこの雰囲気が彼らの結論を物語っている。


 想定内だ。この説明だけで納得をもらえるとは思っていない。


 特に――、


「ハハハ! そんな話に乗ると思うか? 俺たちはお前ら二人をぶん殴れれば、それで構わない。ゲームにする理由が無ェ!」


 霜杉の言う通りだ。

 彼らには何のメリットがないのだ。ゲームにしようが、そのまま喧嘩に持ち込もうが、彼らの目的は変わらない。むしろ、ゲームという選択を取れば、制約が加えられてしまう。ならば、誰がゲームに乗るだろうか。

 やはり怪訝していた通りの展開になってしまった。俺はお面の下で、唇を舐める。


「そちらは武器を使って頂いても構いません。俺達は素手で行きます」


 ここに来てようやく霜杉に動きがあった。霜杉が指を顎に付け始め――つまり、思考を巡らせ始めたのだ。


 このゲームにおいて、リーチが長い方が有利なのは当然だ。特に武器があれば、自らの風船を割られずに、相手の風船を割りに行けるというメリットが生まれる。


 しかし、これでも押しが弱い。あと一つ、彼らの心を揺さぶる決定的な何かが欲しいところだ。

 さて、彼らにゲームという形で納得してもらうためにはどうするか――、助け舟を求めるように更科のことを見つめた。


 すると、更科は俺に一瞥すると、霜杉に向かって、


「はん、もしかして勝つ自信ない?」


 切り捨てるように鼻で笑うと、秦野高校の不良を冷淡な声で煽り始めた。偉そうに腕も組んでいる。


「……は?」


 その突然の発言に、考え込んでいた霜杉は思考を止め、更科を見つめる。その顔は、見た目分かるほどに怒りの感情を露わにしていた。


 しかし、更科は霜杉などまるで気にも留めることなく、


「なら、もっとハンデを上げるわ。こっちはゆ……仮面ソルジャーか私の風船、どちらか割れれば負け。それに加えて、私たちは風船だけを攻撃する……ううん、きっとそれだけでもだめね。なら、あなた達は風船を割るんじゃなくて、体に触れるだけで――」

「舐めんじゃねェぞ!」


 霜杉の怒声がYOMIに響き渡る。


「ああ、いいぜ! お前らがどれだけ自信があるのか知らねぇが、上等だ! こっちは全員割れたら終了、お前らは一人でも割れた時点で負け。お前らは風船以外に俺達の体に攻撃が当たった時点で失格。俺たちは得物を使って――誤って刺し違えたとしても、ルールに抵触しない。それでいいんだな?」

「ええ」


 更科の思惑通り、ゲームは成立してしまった。しかも、俺達にとって――否、ただの一般人である俺にとってあまりにも不利な条件だ。


「それと、こっちから一つ条件の追加だ。負けた方は勝った方の言うことに絶対服従。これでくだらないゲームに乗ってやる」

「いいわ」


 更科は迷いもせず、霜杉の提案に二つ返事をする。霜杉は狙い通りと言わんばかりに、歯を見せた。


 そして、言葉を挟めずに立ち往生している俺達の傍に近づくと、俺の手から風船が入った袋を奪っていき、


「秦野高校を舐め切ったこと――、後悔させてやるよ」


 一言残していくと、秦野高校の人達に配り始めた。


 YOMIにいる秦野高校の人数は、およそ四十前後。準備が終わるまで、暫しの時間が掛かるだろう。


「お、おい、さ……キラチュー! さすがにお前への負担が大きすぎないか?」


 その隙に、毅然と立つ更科の近くに寄り、耳元で囁く。俺の心配を増長するように、霜杉の最後の一言がずっと耳を詰っていたのだ。

 しかし、俺の心配を余所にして、更科は首を横に振った。


「大丈夫、心配しないで。……それに、今の私たちは一蓮托生だから、二人で勝ってやりましょう」

「……っ」


 更科の言葉に、俺は二の句を継ぐことが出来なかった。更科の言葉は、俺のことを完全に信じていなければ、出て来ないだろう。

 ここまで信用されているのであれば、俺も更科のことを信じるしかない。


「その代わり、一つお願いがあるの。ここに入る前に話した通り、最初の合図の時に耳を――」


 そう覚悟をした途端、更科は懇願するような柔らかい声音で、俺の耳元で囁き始めた。俺は更科の意見を聞き終わると、小さく頷いた。


 俺達が小さな作戦会議を行なっている間、秦野高校の人達は準備を始めていた。自他ともに自身のことを不良だと認める彼らが、大人しく風船を膨らませて体に付けているのが、印象的だった。いい意味で、彼らもまだ子供の心を持っているのだと感じられる。


「おい、ボーっとしてんじゃねぇ!」


 俺が秦野高校の人達に対して感傷に浸っている時に、霜杉の怒声が鼓膜を震わせた。気付けば、秦野高校側は全員風船が付いている状態だった。

 隣にいる更科も、いつの間にか風船を付けて準備が整っていた。


「こっちはとっくに準備は終わってるんだよ!」

「俺達がわざわざお前らのくだらないゲームに乗ってやるんだ! 早くしろ!」


 秦野高校の人達が、それぞれに野次を飛ばして来る。俺はその野次を受け、逸る鼓動を抑えながら、風船を膨らませた。俺が風船を膨らませている間、更科は俺の体にガムテープを付けてくれた。そして、完全に膨らんだ風船をガムテープに付ければ、準備完了だ。


 俺と更科は改めて、秦野高校の人達に向き合う。

 秦野高校の人達の顔つきは、解き放たれることを待つ闘牛のように険しかった。


「待たせたわね。お詫びに、合図はあなた達の方からどうぞ」

「ハッ、当然の権利だよなァ!」


 余裕の振舞いを見せる更科に、霜杉は笑みを浮かべると、秦野高校の先陣部隊に霜杉は前に出るよう指示をした。先陣部隊となる十五人がじりじりと距離を詰めて来る。まだスタートの合図が交わされていないため、俺達に攻撃を仕掛ける様子はない。ある程度の距離まで来ると、十五人は足を止めた。

 この人数が開始早々攻めてくるとなると、息が詰まりそうだ。


 そして、流れる静寂――。

 霜杉がゲームスタートの合図を鳴らすまでの間、誰一人として声を漏らす者はいなかった。


 誰もが理解しているのだ。

 もうゲームは始まっていること。そして、これはゲームという形を取っただけで、喧嘩と変わりないということを。


 俺は左隣にいる更科を目だけで見る。

 その表情はお面に隠れて読み取ることが出来ない。しかし、いつになく集中していることだけは分かる。

 あんなに余裕ぶっていても、いざ本番となれば真剣そのものだ。

 更科は霜杉が出す合図を、一音も漏らさないように意識を傾けている。


 どれほど長い時間が経っただろうか。永遠に時が止まったと思われる静寂とした空気を――、霜杉が息を吸うことで壊した。


 張り詰めた空気の中だ。霜杉が声を張り上げるために、息を吸ったことが分かる。皆の体が強張るよりも早く、


「ス――ォ!」


 霜杉の声は乾いた爆音によってかき消された。その音に多くの人が何事かと目を瞑り、耳も塞ぐ。


 それはまるで祭りの始まりを告げる、打ち上げ花火のようだった。大きな轟音を伴って、一発の打ち上げ花火が上がり――、音の余韻が消えない内に、リズムを刻むように何かが割れる小さな音が十回くらい連続して響く。


 否、正確に言うなら、十五回。


 目を開けた秦野高校の人達は、目の前で広がる非現実的な現実に驚きを隠せない。


「――」


 そんな彼らを挑発するように、更科茉莉は無言で左手を顔元に寄せた。

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