拾漆:向き合う決意
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秦野高校の不良達が待ち構えるYOMIへの扉を、更科が開く。俺は更科に隠れるように、後からついて行った。
扉を開いた先には、秦野高校の制服を着た柄の悪そうな高校生がたくさんいた。皆、俺と更科に注目している。闖入者を見ているかのような目つきだ。
俺はYOMI全体を見渡した。こいつらは本当に俺と同じ高校生かと言いたくなるほど、体つきも良く、人相も悪い。思わず反射的に、この場所に足を踏み入れたことを後悔してしまうほどだ。
しかし、ここまで来たからには覚悟を決めなければならない。もう後を退くことは出来ないのだ。俺の前に立っている更科は、場馴れしていることもあって、全く腰が引けていない。
いや、違う――、と俺は思い直す。
更科だって、本当はこの場に立ちたくないはずだ。折角掴みかけていた平穏な日常を、手放してしまう可能性だってあるのだから。
それでも更科は覚悟を決めて、この場所に立っている。対して、俺は――……。
心の中で喝を入れると、俺は更科の背中に隠れるように立っていたのを止め、更科の右隣に立った。真っ直ぐに秦野高校の不良達に向き合う。
「……な、なんだお前ら?」
静寂に包まれた空間に、我慢できなくなった不良の一人が口を開いた。その声は理解できない者を見た時のように震えていた。
その声をきっかけに、周りの人達も一気に声を荒げる。
「お前ら、俺達秦野高校を舐めてるのかァ!?」
「変なお面付けてんじゃねぇぞ!」
遠慮のない野次が、俺と更科に向けて飛び交う。
そう。今、俺と更科はお面を被って、秦野高校の溜まり場であるYOMIまでやって来たのだ。秦野高校の不良とはいえ、いきなりこんなお面を被った二人組が入って来たら、驚くのも無理はないだろう。
こうしてお面を被って来た主な理由は、身バレしないためだ。
休み明けテストをサボって他校の人と喧嘩をしていたということが周りにバレ、学校にまで伝わったら流石にまずい。だから緊急措置として、秦野商店街の中に店を構える友部商店で買ってきた。
ちなみに、俺が被っているのは仮面ソルジャー、更科のはキラチューだ。どちらのお面も、子供たちの間で絶大な人気を誇るテレビ番組のキャラクターだ。
「ハハハ!」
秦野高校の不良達が、声を荒げている中、一人場違いな笑い声がYOMIの中に響く。
皆、その笑い声に顔を向けた。
「……け、剣さん」
そこには一人だけ腹を抱えて笑う、剣さんと周りに呼ばれる人物がいた。
昨日は気付かなかったが、彼は霜杉剣児と呼ばれる秦野高校に下克上を起こした、その人に違いない。血祭まつりの噂に押され、あまりその名が広く浸透することはなかったが、二年前から危険と噂されている。
自然と昨日彼に殴られた右頬に手が伸びる。そんな人物に目を付けられて、よくこの傷だけ済んだものだ。
「いいね! 面白いよ、君達。俺達に許されようと、わざわざそんな芸を仕込んでくれるなんてね!」
腹を抱えている霜杉が、席を立つ。その声音は、昨日初めて俺に会った時に向けた声音と同じだ。
その一言で散々煽っていた周りの不良達も、声を上げて笑い出した。
確かに気に入られるために、一芸を取り入れたとすれば上出来だろう。しかし、それだけで済むとは誰も思っていない。ただ笑わせて機嫌を取るだけでよかったなら、わざわざ敵の本拠地まで足を踏み入れる必要はない。
そして、何より霜杉の穏やかな口調が、より恐怖を助長させる。まるで大嵐の前の凪に近い。
その推測を助長するように、突如霜杉は椅子に蹴りを入れた。椅子が宙を舞い、床に叩きつけられて大きな音を立てる。その音に、笑い声を上げていた不良達は肩を震わせた。
和やかになりつつあった雰囲気も一転、呼吸もし辛いような研ぎ澄まされた空間へと変わってしまった。
「で、次は何をもって俺たちを楽しませてくれるんだ?」
霜杉は殺気立てた口調で俺達に問いかけた。その声色だけで、霜杉の機嫌が悪くなっているのを察することが出来る。
秦野高校一の実力を持つ霜杉の殺気に当てられて、味方でさえもたじろぎ、俺と更科へと続く道を開けた。
その道を、独裁者のように歩いて行く。
「まずはそのふざけたお面をひんむいてやるよ。それでその次は――」
霜杉の言葉を遮るように、更科が手を前に出す。その顔はキラチューに隠れて見えないが、きっと真っ直ぐ怖じることのない表情を浮かべているはずだ。
並々ならぬ雰囲気に、思わず霜杉も足を止めて、更科の出方を窺う。しかし、霜杉の目つきはいつでも動けると言わんばかりに、鋭かった。
「私が本気を出せば、ここにいるひぃふぅみぃ……ざっと四十人くらいかしら? 私からすれば四十人なんてあっという間に片を付けることが出来る」
俺は何を言い出すのかと言うように、思いっきり更科を見つめる。
しかし、俺が口を開くよりも早く、
「あぁ? てめぇ、舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!」
「今すぐぶっ潰してやるから、動くんじゃねぇ!」
「秦野高校に勝てると本気で思ってるのか!?」
霜杉以外の不良達が周りで罵声を発し始めた。
それもそのはずだ。そんな神経を逆撫でするような言い方をすれば、誰だってキレるだろう。
しかし、更科はきょとんと首を傾げている。何がいけないのかよく分かっていないような表情だ。更科にとっては優しく忠告を出したつもりなのに、何故怒っているのだろうと今すぐにでも言い出してしまいそうだった。
この素の発言からも、血祭まつりが過去どれだけの修羅場をかいくぐって来たのか図り知ることが出来る。
「こっちだって一方的な展開は望まないの。だから――」
「うわわ! さら……、キラチュー! もういいから、ありがとう! この先は俺から説明するね!」
俺は更科の言葉を遮り、更科よりも一歩前に出る。これ以上、更科に言葉を任せたら、今すぐ争いが勃発してもおかしくない。暴力沙汰になることは、俺が願わない状況だ。俺がわざわざこの場所に足を運んだ意味がなくなってしまう。
前に出ると、秦野高校の人達の視線が俺に集まっているのを感じた。……今すぐにでも、この場所から立ち去りたい。
そんな感情が無意識に現れたからか、俺は横目で後ろを見つめた。すると、大人しくしている更科がいた。俺のことを信じてくれている証拠だ。
その姿に、俺は思わず微笑みを浮かべた。傍に誰かがいると思うだけで、向き合う勇気が奮い立ってくる。
俺はこの場にいる全員に見せつけるように、右人差し指を差し出して、
「ゲームをしましょう」
ハッキリと宣言した。
これが、俺の出した選択。
二度と争いを生まずに解決出来る可能性を秘めた方法だった。