玖:変わりゆく日常
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「……で? 何で普通に話しかけてきてる訳?」
更科さんと屋上で密談した翌日の昼休みのことだ。
教室で寝ていた俺に、更科さんが執拗に話しかけてきた。ねーねー、ねーねー、と子供のように話しかけて来る更科さんに耐えられず、俺は仕方なく淡々と反応を返してしまった訳だが――、それが間違いだった。
そのことが周りの皆には珍しく、クラス内はざわめき始めていた。それもそのはずだろう。今まで形ばかりの隣の席であって、更科さんがこんなにも俺に話しかけたことはなかった。
それが今ではどうだ。
寝ている俺に対して、わざわざ更科さんが声を掛けに来ているのだ。
しかも、極めつけに――、
「えー、だって私まだ悠陽以外に話せる人いないんだもん」
――これだ。
「おい! 更科さんが諏訪のこと名前で呼んでるぞ!」
「何があった! 昨日二人の間に何があったんだ!」
「くそ! やはり隣の席という特権ゆえなのか!」
「羨ましい! 諏訪氏が羨ましいでござるぅ!」
当たり前のように俺の下の名前を呼ぶ更科さんに、周りの動揺は頂点に達した。もう隠す気もないくらいに声を大にして、不満を爆発させている。クラスの皆と一緒に、数少ない友人である依田も恨めしそうに俺と更科さんのことを睨みつけていた。
俺は頭を抑えた。心なしか、胃がキリキリと痛んでいる気がしている。
しかし、当の本人は気にすることなく、自分の席で頬杖を突きながら、まじまじと俺のことを見つめている。しかも、更科さんの表情はどこか楽しそうだ。
「だからね、暇で暇でしょうがないから、この茉莉様が特別に相手してあげるの。どうせ友達いなくて寝てるだけのあんたも、暇なんでしょ? あー、可哀想な悠陽」
「なんか憐れまれる対象すり替わってない? てか、その発言聞いてるとさ、祭り時代抜け出すつもりないように思っちゃうんだけど……」
高圧的で人の事情を構わずに話しかける更科さん。それは知っている人からしたら、血祭まつり時代を彷彿とさせるものだろう。
しかし、当の本人はまるで心当たりがないように、きょとんとした顔を浮かべていた。
「無意識かいっ」
崩れ落ちた俺は、勢いよく机に寄りかかる。そんな俺を、更科さんは奇妙な物を見つめるような目で見つめていた。
「……悠陽。あんた、何やってるの? それよりさ!」
更科さんは嬉しそうな顔を浮かべながら、俺に新たな話題を振って来る。
俺は溜め息一つ吐くと、仕方なく更科さんが語る言葉を聞いた。
その時のクラスの視線は、殺さんばかりに痛々しく尖っていた。俺が更科さんに相槌を打つたびに、その鋭利さが増して来る。それだけでなく、廊下からも視線が拡大していた。
ああ、痛い。心臓までぎゅうぎゅうに締め付けられていくのが分かる。
そんな俺の心境とは真逆に、更科さんは平然とした顔で俺に話しかけている。
何か反応を返さなければ、更科さんは文句を言う。しかし、何か反応を返せば、学校の中に敵を作り出す。
俺の平穏な高校生活はどこに行ってしまったのだろうか――。
板挟みにあっている俺は、もう無の境地で行こうと決意した。気を遣っても仕方のないことだ。
こんなに心休まらない昼休みを過ごしたのは、生まれて初めてだった。
それからGWという大型連休に入るまでの数日の間、俺は以前より更科さんと――いや、更科と言葉を交わす機会が増えていた。