月の下で
彼女に挨拶を交わした体は水面に浮き上がりボートに身を寄せた。
彼女もボートの縁に座り僕に手を伸ばし背中を撫でてくれた、もしかして僕の前世はこの女性の事が好きだったのかな?
彼女に会ってから高まる鼓動は鳴り止まずに心を響かせ続け僕の事を愛おしく撫でる彼女もどうやら僕の事を好きなように見える。
体と感覚を共有している僕も幸せな気分に浸れてとてもいい気持ちだ...、ずっとこの時間が続けばいいのに…。
気づくと日の光はだいぶ傾き空が赤く染まりかけていた。
体は彼女から見て日が傾く方に動き潮吹きすると何かを催促するようにウズウズと体を動かし彼女に何かを伝えようとしていた。
「もうこんな時間か...、今日も続き描くからお願いね」
彼女はボートからスケッチブックと箱の様なものを出すとよし。と気合いを入れたのか赤いクレヨンのような物を取り出し真剣な顔で何かを書いているようだ。
たまにクレヨンでもうちょっとこっちとジェスチャーで指摘されそれに何の違和感も無く動く体が何だか面白い...笑
落ち着いた波音を聴きながら赤い夕日に照らされた彼女の顔を見ていたら彼女が急にボートから立ち上がった。
「できたぁ!やっとできたよ鯨君!!」
真剣な顔が一気にほぐれて周りにお花でも飛んでるんじゃないかと思えるくらいのホクホク顔の彼女が、バァンとスケッチブックを裏返して僕に絵を見せてくれた。
僕の立派な頭が水面から出ておりゴツゴツ感が力強く書かれている...上手いけど頭だけだとまるで岩だな...笑
背景は水平線に沈みかけている夕日で優しい温かみのある鮮やかな色合いだ。
僕の体はもうめちゃくちゃ喜んで彼女の周りをぐるぐると周りながら潜って浮かんでは潮吹きを繰り返して水の柱を作りまくった。
きっと描くのに何ヶ月もかかっていて体はずっと楽しみにしていたんだろう。
それに何より自分の為に書いてくれた絵はとても嬉しい...、現実の僕がこんなの貰ったら額縁に飾って部屋に飾りたいぐらいだ。
すると遠くの方から水の柱を頼りにやって来たのか50くらいのお爺さんが必死に彼女を呼びながらこちらに向かってきた。
「あ、爺やが来ちゃった...、今回ももうお別れだね。元気にしてるんだよ?鯨君、それと捕鯨船には気をつけるんだからね...。」
いつもと同じ注意をしてきた彼女はせかせかとこちらに進んでくるお爺さんの所に行ってしまった。
少々寂しいがまぁまた会えるだろう...、体も結構寂しがっていたがそろそろお腹も減ったし食欲には勝てんからご飯かな...。
「あれ程ダメだと言ったじゃないですかお嬢様!!そろそろ街の方でも冬支度が始まり、あの鯨は捕鯨隊に明日狩られてしまうと噂されています!!関わり深い分お嬢様自身が辛くなるのですよ!?」
「そんなの私が1番分かってるよ!!!とりあえずあの子が近くに居る時にこの話はしないで...。あの子には最後まで幸せで居て欲しいの、その為に私はギリギリまでここに来るのを止めないから、もう絵だって書き終わったし心残りは無いよ...、爺やは先に帰ってて...。」
彼女の吐き捨てるような声がして一つのボートは陸の方へと静かに進んでいった。
いつもと違う雰囲気を察した体はそっと彼女のボートの下にそっと近寄って何もせずにただ彼女の側に居たいと思った。
そして青白い月の下で無力な少女の嗚咽を聴きながら最後の夜を過ごした。
まぁ売れないとは思っていますがもしこの小説が売れたのなら青白い月の下にある一つのボートと海という壁(生き物の違いの壁)を隔てた所にマッコウクジラがピッタリとくっついている絵を名シーンとして出したいなぁなんて思ってます。