第一章 きさらぎ駅
どれほど寝ていたのか、ふっと目を覚ました啓太は時計の針を見ると啓太は目を疑った。乗車した時間から一秒も進んでいなかったのである。
時計が壊れたのかと思い啓太は電車の車窓へと目をやるとそこには茜色の世界が広がっていた。
車窓からは山と田園風景と遠くの方に海が見え、そこから見える家々は、藁葺きの家と薄い新建材の家と、人間の頭ほどある丸い石を乗せた杉の皮で葺いた家が混じりあい、どこか寂しさすら感じさせている。
スマートフォンを開くと、当然のように圏外になっていた。
「どうなっているんだ……?」
啓太は混乱し、席を立ったが、啓太の他には誰も乗っていなかった。啓太は不安と恐怖にさいなまれながら先頭車両まで歩き続けたが、結局、誰一人乗客を見つけられなかった。
しばらくすると、電車が徐行を始めアナウンスが入る。
「次は、きさらぎ~きさらぎ。お出口は右側です。お忘れ物の無いようお降りください」
ついに電車は駅に停車した。開いたドアから顔を出し、ホームの様子を観察した。古びた駅舎のホームには『きさらぎ駅』とあり、どうやらここが終着駅らしい。
仕方なく電車を降りると、遠くから何か音が聞こえてくる。
「太鼓の音……? お祭りか何かでもやっているのか?」
夕暮れに染まる駅舎は木造で古めかしく、明治、大正期を思わせる古い建物だ。
電灯もどこか古めかしく、どうやらガス灯のようだ。
そう言えば、きさらぎ駅は都市伝説で聞いたことのある駅名だ。まさか本当にあるとはと思ったが記述通りであることからどうやら本物らしい。
「まさか本当にあるとは……ね……」
相変わらず空は茜色の夕暮れ一色へと染まっている。駅のホームにある看板は清涼飲料水の真っ赤な看板のみが目立っている。
夕暮れに染まって眩しいのに、駅はどこか寂しい空気が漂っている。土と草のにおいが混ざった独特の香りがするここは、啓太が元々いた場所とは全く違う場所であることを認識させる。
啓太は駅舎へと歩を進める。古めかしいその駅に入る。中には誰もいなかった。
どうやら本当に自分の住む世界とは違う場所に来てしまったのだと改めて認識した。
駅の料金表の金の単位は、銭、厘で表示されている。
駅員を探すも駅のどこにも居なかった。駅の事務所も覗いてみたが、誰もいなかった。だが飲みかけのお茶や吸いかけの煙草と無造作に脱いであるコート、どれも今さっきまで人がいたと思われる品が多くあった。
「ちょっと」
不意に後ろから声を掛けられる。振り返るとそこにはさっきまで居なかった駅員が立っていた。
駅員の服装はまるで明治時代の軍服のような服装に丸眼鏡という格好で、現在の駅員とは似ても似つかない格好をしている。
「あ……の、俺……気が付いたらここにいて、電車に乗ったら誰もいなくて……自分とは違う世界で……」
慌てていたため日本語の文法を無視した言葉を駅員にぶつけていた。駅員は少し困った顔をしていた。
「とりあえず……切符はございますか?」
啓太はいつも使っている定期を見せるが駅員は怪訝そうな顔で啓太を見る。
「これは、ここでは使えませんね」
啓太は焦ってポケットの中を探っていると不意にあることを思い出した。そうだ、バイトの時に変な客からもらった切符があったな。
啓太は駅員にその切符を差し出すと駅員は切符を切った。切符を切ると駅員はそそくさと駅員室に入っていった。
ハッと気が付くと駅舎の中には少数ながらも人がいた。さっきまではいなかったのに駅員がその切符を切った瞬間、まるで時が動き出したかのように人が現れたのだ。
人々の服装は戦前や戦時中の服装で明らかに啓太の居た現代の世界の人とは異なるものだ。啓太はその人たちにここがどこであるかを尋ねる。
「すみません、ここはどこですか?」
「ここがどこであるかなんて知らなくてもいいだろう?」
「ふざけないでください、ここはどこなんだ!?」
「しつこい人だね……ここはどこでもないんだよ、どの世界でもないところなんだから」
他の人にも聞いたがその人たちはまるで声を合わせたかのように全く同じ返答が返ってきた。
啓太はとりあえず駅を出てみた。駅の外は町の広場になっているようで中央には立派な噴水がある。
異世界であることはわかる。ただ帰る方法がこれといって分からない。
啓太は駅舎を離れてそこらを散策するしかなく、なにか手がかりになるものはないかと注意深く観察した。
この世界はどれだけ時間が経っても夕暮れ時が終わらない。太陽はおろか雲ひとつ動いてはいなかった。
駅前なのに道はまったく舗装されておらず。宿場町の面影を残す町並みが広がっている。啓太は戸惑いながらもその街を散策しようとした。
「あの……もしかして貴方もここに迷い込んだ人ですか?」
不意に声をかけられて振り返るとそこには、黒髪の長髪に三つ編みと眼鏡という地味な容姿だが透き通るような肌を持つスタイルのいい清楚な美少女が立っていた。
「あ……ああ、まあね」
「よかった……私も迷い込んじゃったんですよ。良かったら一緒に変える方法を見つけませんか?」
少女はそういうとニコッと笑って見せた。向日葵のような笑顔をする彼女はとても美しく見えた。
彼女とそれから舗装されていない宿場町の一本道を歩いていく、行き場所なんてどこかは決まっていなかったが何となく引き寄せられる気がして歩を進めた。
途中、人の形をしていない者とすれ違ったが、彼らは啓太たち二人を奇異の目で見ることもなく、まるで日常の一風景のようにとらえていた。
彼女の名前は深山桜子というらしい、桜子は話し方も落ち着きがあり気品にあふれる容姿をしていることから、おそらく生まれはお金持ちの家だろう。
途中、路面電車が通るがここの金がない以上乗ることはできない。路面電車や町の風景はどこか懐かしさを感じるとともに寂しさも感じた。
宿場町の店は今はやっていないらしく、準備中という札が掛かっている。
やがて、宿場町の一本道が終わり円形の開けた広場に出た。町の中心部であろうこの広場の中央には噴水があり、さっきの宿場町とは違いここだけはヨーロッパ建築の建物が広場を囲むように立っている。
啓太と桜子はその中のとある店の前に引き寄せられるように立っていた。ネオ・ルネッサンス様式のその建物は「天空堂」と看板に書かれており、様子を見る感じだとどうやら喫茶店のようだ。
啓太はその店の扉を開け、桜子とともに中へ入っていった。




