魂の器
部屋の中に入るとカケスがアウトドア用のランタンを出してきて灯りをつけた。部屋は何も無く思っていたよりも広かった。ただ一つ、部屋の床には2メートル四方程のビニールシートが敷いてある。
「カケス? 何も無いけど? まさかランタンを見せたかったんじゃないよね?」
「ねぇ……音羽くん。裏野ドリームランドのウワサってあるじゃない?」
「え? ああ、うん。一ノ瀬とかが言ってたやつだろ? メリーゴーランドがたまに廻ってるとか。あ、執行も言ってたよな。ミラーハウスから出て来たら人格変わってるとか、拷問部屋があるとか……ガセだろうって言ってたけど」
「最近ネットとかに出回ってるのってね、あながち嘘でもないんだ」
「はあっ!? ホントのことだっていうの?」
「ここのアトラクションには魔物が住んでる」
「魔物!? マモノって言ったの? またまたぁ、冗談でしょ?」
「冗談なんかじゃないよ……」
カケスは音羽に背中を向けているのでどんな顔をしてそれを言ってるのか分からなかった。話しは荒唐無稽で、おおよそ信じることなんか出来るはずもない。しかし、カケスの声はひどく落ち着いていて真剣だった。
「今になって思うよ。冗談であったらどんなにかよかっただろうって……その魔物達を呼び出したのはね、母さんと僕なんだ」
カケスが抱いていた猫がするりとその手を離れていく。
「呼び出したって? そんな事本当に出来るの? 信じられない!」
「小さい頃から僕には友達と呼べる者がいなかった……人見知りで、このアザも一つの要因だったかもしれない。犬や猫を飼うことも考えたんだけど、父さんが許してくれなかった。そんな僕に母さんは小さな生き物を与えてくれたんだ……でもね、しばらくするとその生き物たちは消えそうになってくる。僕は母さんに必死で頼んだよ。助けてくれって。」
「それで……どうしたの?」
「ここなら人はめったに来ないし、たまに来て遊ぶくらいは出来るだろうって、その生き物たちに魂の器を与えたんだ」
「魂の器? それが……アトラクション?」
カケスは背中を向けたままゆっくりと頷いた。
「最初のうちは楽しかったよ。メリーゴーランドを廻してくれたり、ジェットコースターに乗せてくれたり、ミラーハウスで変顔ゴッコしたり……母さんが突然いなくなって、僕もここには来なくなっていた。だけどネットなんかで噂が囁かれるようになって、僕は気づいたんだ。その子達が暴走を始めたんだって。実際、さっきもミラーハウスで……人間に被害が出て来た。僕は……僕は……やった事の責任を取らなければいけない……!」
そう言って床にしいていたビニールシートをサアッと剥がした。
「ああっ!」
音羽は驚いて叫んだ
「これっ!? 魔法……陣……?」
床には大きい円の中に幾何学模様や文字のようなものが書き込まれている
「そう……魔法陣。本当は土の上の方がいいんだけど……ちょっとずつ丁寧に書き上げなきゃ行けないから、雨風を凌げるここは最高の場所だったよ」
「そんな! こんなもの書いてどうするの!?」
「呼び出すんだ。力のある、魔界の七十二柱の一柱。魔界の君主を。そして母さんを探してもらって、魔物達を元の場所に返してもらう」
「まっ、待って待って待って。そんな……そんな事本当に出来ると思ってるの!? 止めてよっカケス! キミ、どうかしてる!」
カケスは自分の着ているシャツを脱ぎ捨てて、その背中の傷を音羽の目の前に晒した。
「その傷! 何っ!? 誰がこんな事を……」
白くほっそりとした背中に生々しい傷のあとが幾重にもついていた。何故そんなものがカケスの背にあるのか分からなかったが、一つだけ分かったことがある。教会でカケスの肩に触れた時、これは既にそこにあったのだ。
「誰がつけたかなんて重要な事じゃないんだよ……これは神様からのお恵みで、僕の罪を洗い流してくれる……でももう、こんなもので罪が洗い流されているなんて僕にもわからないんだ……本当に、どうかしてるよ」
振り向いたカケスは涙を流していた。
そして、少し笑っているかのようだった。
後半部分に入ってきましたが、何となく10話で収まらない予感( ̄▽ ̄;)