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ミラーハウス

 浴衣を着た若い女がミラーハウスの中を彷徨(さまよ )っていた。


 闇の迷路は下駄を履いた足を覚束無(おぼつかな )いものにしていたが、小さな懐中電灯の明かりを頼りに一歩一歩、そろそろと歩いている。


「周平くん? 何処? 何処行ったの?」


 問いかけても暗い通路に恋人の声は返ってこない。怯えながらも突き当たりの角を曲がった時

、眼前に白い人の姿が突然目に入った。


「きゃあっ!」


 叫び声を上げたが、よくよく見てみるとそれは鏡に映った自分の姿で、鏡に凸凹の細工をしてあるのだろう、実際の姿より何倍にも膨らんで見えた。


「なによ。私こんなに太ってませーん」


 花音(かのん )は恐怖心を拭うように鏡に悪態をつく。


 恋人の周平とはまだ付き合い始めたばかりだが、周平はとてもモテるので花音としては心配の種はゴロゴロ転がっていた。今日は二人の関係が少しでも深まれば良いのにと思う。

 

 今の所、最大のライバル奈々の存在が一番気にかかる。内気な自分が周平と付き合えたこと自体奇跡に近いと思っているのだが、そんな内気で周りの事によく気がつく優しい花音が気に入ったんだよと周平は言ってくれる。


 奈々は明るくて奔放で行動力がある。男女の恋なんて水物で、留まれば水は濁るし腐りもする。いつ自分に飽きられて、奈々になびいて行ってしまうかも、と思うと花音は気が気でなかった。


 そんな時、ネットで『裏野ドリームランドのウワサ』なるものを見つけた。どうやらミラーハウスから出てきた人の人格が変わるらしい。もしかしたら、自分の内気な性格も少しは社交的になるのかしら? そうなったら奈々の影に怯えることなく周平とこの先ずっと楽しく付き合っていけるかしら? ううん。本当にあるはずのない不確かなウワサを信じてどうするの……。


 今日ここに来たのは花火を見に来たから。

 毎年、夏恒例の花火大会では一万発の花火が打ち上がる。会場の港付近や港から伸びた大通りは歩行者天国になって人でごった返す。


 港から離れた場所にある『裏野ドリームランド』は国道の海沿いにあり、園内からは大輪に咲く花火が良く見え、若いカップルたちの間では静かな隠れた穴場になっていた。


「ヒマだからさ、ちょっと見学していかない?」


 そう言ったのは周平だった。予定より早く来てしまったので、荒れた遊園地の中を見て回る事に。園にはチラホラカップルが歩いているし、中学生くらいのグループも来ていた。そして最初に入ったのがミラーハウスだった。


 「もお……周平くん、何処行っちゃったのよぅ……」


 なかなか姿を現さない恋人に痺れを切らしながらも、鏡に映った自分の顔を見て、化粧が崩れていないかチェックする。もしかして……とネットの噂が頭をよぎるが、すぐにフッと小さく笑う。


「な訳ないじゃんねぇ?」


 鏡に向かって呟くと、不意に鏡がくにゃりと波打った気がした。


「あら? 今、揺れたかしら?」


 不思議そうにしていると視界の端で何かが動いた。


「ひいっ!」


 外はまだ明るいが、ミラーハウスの中は闇である。一人だということも花音の恐怖心を増幅させた。鏡に寄り添うように飛び退くと、足元に懐中電灯の光を当て正体を確かめた。


「ニャア……」

「なぁんだ、猫かぁ……どうしたの? こんな所で何してるのかなぁ?」


 花音は擦り寄ってきたその白猫を抱き上げた。


「イブ、イブ……出ておいで……イブ……」


 暗闇に若い男の声がする。


「あらぁ? あなた、イブちゃん?」


 花音は猫を抱き締めて声の主を待った。

 曲がり角から人影が姿を現し「わっ!」と驚きの声を上げる。


「ああ……人がいたんだ……ごめんなさい」


 背は高いがまだ少年のようだ。花音は懐中電灯を少年の顔に当てると眩しそうに手で顔を覆う。目の周りに濃いアザがある。何時までもそうしていると、なんだか悪いような気がしたので、明かりを下に落とした。


「ううん、いいのよ。この猫あなたの猫?」

「あ、そうです。僕の猫。捕まえてくれたんですね。ありがとう。さぁ、こっちへおいでイブ」


 少年は花音から猫を受け取ると大事そうに抱えて「ちゅ」と頭にキスをした。


「可愛がってるのね。……そうだ、男の人見なかった?私の連れなんだけど……この中にいるはずなのに、はぐれちゃって」


 こんな暗闇で顔にアザのある男の子と二人っきりだと言うのは花音にとって未知なる恐怖が湧いてくるが、動物好きの人に悪い人はいないんじゃないなしら? と根拠の無い思いを抱きつつ、自分は1人ではないんだよ。と少年を牽制してみた。


「さぁ……見なかったです。ごめんなさい。……それと……そこ……あまり近付かない方がいいです」

「あら? どうして?」


 鏡を振り返った花音は目を疑った。懐中電灯の光に照らされた鏡からは、銀色の触手が何本もでてうねっていた。


「えっ! なにっ!?」


 触手は花音を素早く捉え、見る見るうちにそれは体全体に広がっていった。


「きゃああぁっ! 何っ? 何なのっ!助けてっ!」


 少年はただじっと花音をみているだけだ。


「ぎゃあぁぁぁぁぁー!」


 後少し。その全てを覆う瞬間。花音は断末魔の叫びを上げ、鏡に映った自分の醜く歪んだ顔の奥に、蠢く何かを見た。


 銀色で覆い尽くされた人型は、みるみるうちに掌に収まるほどの玉になった。それを支えていた触手から、腕が、肩が、乳房が、胴体が……最後に頭と足が、銀色のマネキンのように形を成し、のっぺらぼうの顔にポッカリと穴を開け、手に持っていた銀の玉を呑み込んだ。


 ソレ(・・)はたちまち浴衣を着た花音になり、無表情な顔で何事も無かったように立っていた。落とした懐中電灯はそのままで。


 少年は猫を抱いて事の顛末を見ていたが、あらかた終わると、ため息をついて立ち去ろうとしたが、誰かがやって来る気配を感じて立ち止まった。


 花音と少年がやって来た反対側から、男が駆けてきた。


「花音! 花音! どうしたっ!? さっきの叫び声はっ?……まさか、コイツになんかされたのかっ?」


「僕、何にもしてないですよ? 猫を探しに来ただけ……ほらっ」


 少年はそう言って抱いている猫を見せた。


「その人は僕を見てビックリして悲鳴を上げたんだ。」

「本当か? 花音」 

「本当よ……」

 花音は静かに頷く。


「そっか……おい、お前。もう行けよ」

「それじゃあ……お姉さん、猫を捕まえてくれてありがとう」


 少年は踵を返した。


「花音、一人にしてごめんね。どうしてもトイレに行きたくなっちゃってさ……あれ? 花音の手、冷たいね。あれ? 何? う、う、うわぁぁーっ!」


 少年はミラーハウスを歩く。

 男の叫びを背中に聞いて。

 猫は少年の腕の中で青い瞳を見開いて、凍ったように動かなかった。





あー、やっとホラーな感じ? ですか?

後半戦頑張ります。

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