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エピローグ

 物語が終わっても、それは新たな物語の始まりだろう。それは永久に続いて終わることは無い。また、物語をさかのぼろうとすればその源を見つけることは出来ない。創世の物語でさえもその一遍に過ぎないのだ。


 音羽は花壇の水やりをしていた。学校にて、である。夏休みに入り文ボラ部の活動は僅かではあったが、週に一度はこうして花壇の水やり当番が回ってくる。


 今朝のニュースではカラ梅雨が原因で早くも水不足が懸念され、一人一日バケツ一杯、十リットルの節水を呼びかけていた。学校でも普段の10パーセントの減圧制限をしているが、10パーセント減らしたところで足りなければその分長く水を出し続けるんじゃないの? とそんな事を考えなから音羽はホースの先から出る水を見つめていた。


 部活を終えた二郎丸がやって来て帰りにコンビニに寄ろうと誘ってきた。


「暑い! 剣道場は地獄! 風は入ってこないしカンペキ蒸し風呂だぞ! あれは絶対殺す気だ。早くコンビニ行ってアイス食おうぜ 音羽」


「もうすぐ終わるよ。周防も誘っていい? 今肥料を片付けに倉庫に行ってんの」


「げっ! 山懸もいるの?」


「げって何? いるに決まってんじゃん。オレ達ペア組んでんだから」


 山懸周防。去年の二学期に転校してきた超イケメン。勉強もスポーツもそこそこ出来て高身長でほっそりスリム。加えて全体的に色素薄めのハイスペックイケメンだ。それが何故か文ボラ部に入ってきた。そして何故か懐かれている。


 ちえっ、と舌打ちして靴の先で花壇の土をふみふみしている二郎丸はなんだか不機嫌そうだ。


「あれ? 二郎丸くん、剣道部終わったの?」


 周防が戻って来て声を掛けた。爽やかな笑顔だ。


「終わったから来てんだろ。これから音羽とコンビニ行くんだ」 


「コンビニかぁ。いいね。僕も買いたいものあるから一緒に行こうかな」


 黒子(ほくろ )一つない綺麗な顔で周防はにこやかに笑う。


「周防も一緒にアイス食わない?」


「音羽っ、何勝手に誘ってんの?」


「アイス! いいね! 僕、食べたい」


「じゃ、決まりだね」


「音羽……」


 少し機嫌の悪い二郎丸と上機嫌の周防と暑くてボーッとしちゃってる音羽の三人は学校の門を揃って出るところだった。後ろから息を弾ませてサッカー部の執行が追いかけてきた。30度を越す猛暑日が連日続いている。執行は焼けすぎというくらい日焼けしていて、こんがり照り焼きチキンみたいだった。屋外での部活はさぞ厳しい状況だろうなと音羽は思う。


「ちょっと待って、俺も一緒に帰る」

「おう、コンビニ行くぞ」


 二郎丸と執行は最近仲がいい。執行は去年の夏、田川紗々にモーレツにアタックして玉砕された。それでも未だに諦めきれないらしい。二郎丸と紗々は二年になっても揃って同じクラスでなおかつ委員長だった。話す機会も多い。なので執行は二郎丸と仲良くする事にしたのだろう。将を射んと欲すればまず馬を射よである。二郎丸が見当はずれな馬でないことを祈る音羽だった。


  また二人してヒソヒソ話を始める。その背中を見ながら、少し遅れて周防と歩く。


「あの二人、最近仲いいよね」

 

 周防もやっぱり何やら気付いてるのか、音羽が考えている事と同じ事を口にする。


 コンビニのある交差点に来た時、音羽の前に猫が飛び出てきた。


「うわっ! ビックリした!」


 音羽は驚いて転びそうになったが、周防が支えて事なきを得た。このイケメンは見かけは華奢だが、服の下は結構筋肉もついていて小柄な音羽を難なく受け止める。猫は音羽を見上げて「にゃああ」と切なげに鳴いた。


「綺麗な猫だね。真っ白でブルーアイだ」


「ホントだ。コラコラちび猫ちゃん。こんな所にいたら車に跳ねられるぞ」


 そう言って音羽は猫を抱き上げてみた。汗ばんだ腕に猫の毛が張り付く。


「コイツ、嫌がんないね。飼い猫かな? 」


 ブルーアイズが音羽を見つめてその虹彩をきゅと縮めた。この猫を何処かで見たことがあるような気がする。この猫ではなかったかもしれない。でも似ている。記憶の断片が手を伸ばして這い上がってくる。


「とわくん……」


 何処かから掠れた声が頭に響いた。妙に懐かしい声。


「え?」


 振り返るとアスファルトから熱のヴェールのような陽炎の向こうで誰かの影が揺らめいている。手を振るその影を知っている?

それは一瞬の幻。真夏の白昼夢。


「……カケス?」


 世界は一瞬にして静止する。


 横断歩道を渡る二郎丸と執行。向かいから歩いてくる中年の男。止まっている車の排気ガス。電線に止まりそうな雀。照りつける太陽さえ放出する熱が止まっている。全ての音も消えていた。


 カケス?カケスって何だっただろうか……。音羽の心にぽっかり空いた足りないピースが不意に現れて埋め込まれようとしている。音羽の足元がぐらりと揺れた。足元の地面がキューブのように亀裂が入り少しずつ分離していこうとしている。それはすぐにでも消え去って音羽を奈落へ落とすだろう。


 それを阻んだのは白猫だった。


 タンっと、胸を蹴って住宅地の方へ逃げていく。ハッと我に返った音羽にまた熱い世界が戻って来た。


「カケス? 鳥の?」


 周防が音羽の腕を痛いくらい掴んで顔を覗き込み音羽に聞いた。じっと見つめる瞳の中に白猫と同じニュアンスを感じる。音羽は吹き出した汗を首にかけたタオルで拭って周防を見つめ返す。


「何でもない……。ちょっと、立ちくらみしただけだと思う」


 何かを見た気がする。何だったのかは分からない。わからなかった何かを探すために振り返ってはダメな気がする。振り返って確かめようとすれば、また音羽の足元は揺らぐだろう。音羽は振り返らない。前を向いて歩く。


「おーい、早く来いよー。」


 交差点を渡りきった二郎丸達が音羽達を呼んだ。


「今年も花火大会行くぞー! ヤッフー!」


 暑さで頭をどうかしちゃったらしい執行が叫んだ。また田川を誘うつもりだろう。


 花火大会ーーー去年は裏野ドリームランドのアクアツアーの小高い丘の頂上で気を失って倒れていた。一時は捜索隊なんかが出てちょっとした騒動になったが、今もってなんであんな所にいたのか分からない。体はピンピンしていたのに検査だの何だので三日も入院させられる羽目になった。


 そう言えばあの時そばに落ちていた本を母親が持ってきたっけ。黒革の表紙の……。あれはどこにやったかな。帰ったら探してみようかな?


 音羽がうだうだ考えている間にまた信号は青になった。 


 周防が音羽の手を取って走り出す。


 世界は今日も動いている。


 真夏の太陽にジリジリと熱せられたアスファルトから立ち上る陽炎。


 熱のヴェールは永遠に解いてはいけないパズルのピースを隠し持っている。


 陽炎の向こうに果てしなく続く世界がある。


 そこは永遠に時が止まった世界だ。


 生あるものはそこに入ってはいけない。


 立ち止まってその奥を探ろうとしてはいけない。


 前を向いて物語を紡ぎ続けなければいけない。


 この世界で物語は永遠に続いていくのだから。


 

 











ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。


この物語はフィクションです。

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