終焉
炎を纏った木馬はその背にまるまると太った豚の騎士を乗せて、星の合間を彗星のように急降下した。騎士は観覧車の籠に人の屍を、開いたドア目掛けて投げ込んだ。
「ガコンッ」
鈍い金属製の音が鳴り響いて、綺麗に折り畳まれ丸められた屍はゴールポストに収まった。今や動くゴールポストになった観覧車の周りには、異形の者が取り囲んでやんやの喝采を浴びせている。観覧車のドアや窓からは解けた屍が垂れ下がり、頂の籠にボールが投げ込まれる度にプラプラと揺れていた。
セーレはその様子をまるでスポーツ観戦しているみたいに、時折拍手喝采しながら見ている。
「ガッシャーン!」
何処かで何かが砕ける音がした。
ミラーハウスから砕けた鏡がまるで鳥の群れのようにざぁぁっと飛び出して、廃園にまだ残って逃げ惑う人を見つけ、じゃれる様にまとわりついていった。
それは塵旋風となり人の姿を隠すと、血飛沫と悲鳴を撒き散らした。そして玩具に飽きた子供のようにそこを離れると、後にはバラバラに切り刻まれた肉塊だけを残し、セーレの頭上まで飛んできて妖精のような形に編隊すると、くるくると周り恭しくお辞儀をした。
「見事だ!なんと素晴らしい!」
セーレが声を掛けた喜びに鏡の欠片たちはお互いをキリキリとすり合わせ、3回くるくるとまわってから新たな獲物を求めて廃園の中へと飛んでいった。
音羽とカケスは震えながら目の前の惨状を凝視していた。夜空を埋め尽くした異形の者達はそれぞれ別れて四方に散っていったが、享楽と狂乱を貪るようにこの世を地獄に変えようとしている。
「酷い! こんな事! まるで地獄じゃないか!」
音羽は叫んだ。
「そんな……あああ……僕のせいだ……僕の……」
カケスは力無く吐き出すように呟く。
「このような趣向も良かろう? コレでも欲のない神の子にならって一つの軍団しか呼ばなかったぞ? 我としては物足りないくらいだがの」
「そんなっ! 僕は呼んでないっ!」
カケスは叫んでセーレを睨んだ。
「そう、お前は呼んでおらぬな。我が運んだのだ。忘れたのか?我は如何なるものでも運べるのだぞ」
セーレはニヤリと笑ってカケスを見た。美しい顔が隠微に歪む。
その向こうでジェットコースターが火花を散らして猛スピードで走っている。無理やり乗せられた人達を振り落とし、轢き殺しながら。
遠く離れた港で大爆発が起こった。「ドオンッ」という爆音とともに地上で火薬が爆ぜたのだ。赤や緑の閃光が煌めいて辺りを昼間のように照らした。
「ほうっ、これは見ものだぞ? 地獄でもこの様に煌びやかな事は滅多にない」
「大変だっ! 港の人達がっ!」
「ああっ!」
「港の人達? こヤツらの事か?」
一瞬で裏野ドリームランドの敷地の中は夥しい屍で埋め尽くされた。中には黒焦げになっているものもあったが、大部分は激しく損壊し息のあるものはほとんどいなかった。屍から流れ出る血や漏れ出た臓物で廃園は満たされ異臭を放った。
それを見たカケスはゴボゴボとむせ返って吐き、涙を流した。
「こヤツらはとっくの昔にこの世にはおらぬ。あの大きい煌めきを見逃してさぞ悔しかろう」
音羽は吐きそうになりながらも気丈に立っていた。何もかもが嘘みたいだ。どうしたらいいんだ……。オレ達もいつかはあの死体のように殺されるのか? 悪魔は執拗にオレ達を狙うだろう。この魔法陣が風に吹かれ、雨に濡れて流されていくまで、舌なめずりしながら待っているんだ。その前に餓死するだろうか? いや、待てよ……そうだ!
音羽は突然閃いてセーレに話しかけた。
「おい、セーレ。オレはお前にお願いがある」
「願いとな? お前が? 我に?」
セーレは音羽の言葉に高らかに笑った。
「はあーっはっはっはっ! 願いだと? これは笑止! 我を呼んだのはそこにいる神の子だぞ? お前ではない。願いとは召喚者がするものだ」
「そっ、そうだっ、その召喚者だっ! オレもこの魔法陣の中にいる。オレだってお前を召喚したひとりだっ! 二人で呼んだんだからお前はオレの願いも聞くべきだ! お前は真摯に人の話を聞くんだろう? だったらやっぱり願いは聞かなくちゃいけないっ!」
「ふ、ははははっ。ほほう、面白い。無知と傲慢は若者の特権であるな。そのような者は嫌いではないぞ? だが、お前には贄がなかろう」
「贄?……そうか……贄か……」
「待って! 贄なら僕がなる!」
「カケス!? 何言ってるの!?」
「セーレ、僕が贄になる。だから……音羽の願いを聞いてください」
「ふむ。お前の魂はあのお方の輝きにいささか似ておるの。高潔にして冷徹な魔界の王に。その輝きは色は違えど魔性の者なら誰でも欲しがるものだ。人にも僅かながら宿っているものがおる。だからみなそれを欲しがって群がるのだ。……良かろう。願いを聞いてやる」
「待ってよ! カケス……だめだよ。言い出したのはオレだ。オレが贄になる。そして、皆んなを元通りに、世界を元通りにしてもらうんだ」
「それは僕の役目だよ。僕が……僕のせいでこんなになってしまったから、僕に罪滅ぼしをさせてほしい。ううん。僕がやらなきゃいけないんだ」
「だって……痛っ!?」
カケスは音羽の足にナイフを突き立てていた。
「ごめん、ごめんね。こんな事して。でもこうでもしなきゃ、君は僕をいつまでも引き止めてしまう。お願いだから、行かせてほしい」
カケスは蹲る音羽の前に跪いて、両手でその頬を包んだ。
「本当に自分勝手でごめんね。君といるととても楽しかった……。僕の人生で一番楽しい時間だった。ありがとう音羽くん。僕に優しくしてくれて。大好きだったよ」
そう言って音羽のおでこにキスをした。
音羽はカケスの服を掴んで行かせまいと頑張ったが、無理やり引き離されてしまった。カケスは立ち上がってセーレに向かって言った。
「僕はここから出る。贄になる。でも、ここから出た途端、願いも聞かずに八つ裂きにするような事はしないでくれる?」
「賢い子よ。本来ならそうするであろうな。しかしお前の魂はあのお方に似ている。悪魔であろうがそのような不義理は致すまいぞ」
「本当に? では、お前とお前の神に誓って」
「我の神は魔界の王。そのお力は唯一無二の絶対君主である。一度誓えば背信行為はいかなる場合でも許さぬお方だ。お前の神とは似て非なるお方……良かろう。我とわれの王に誓おう。お前が贄になるのなら、その者の願い聞き届けよう」
セーレの言葉を聞き、カケスは頷いて音羽を振り返った。
「音羽くん、願い事をして。皆んなをを救って……そして……こんな僕の事は忘れてほしい」
セーレは馬上から降りてカケスに手を差し伸べた。
「来よ。神の子よ」
カケスは魔法陣から出てその手を取った。
「人の子よ願いを申せ」
「っ! クソッ! セーレ! みんなを元通りにして!この世界を元通りに! お前達は来なかった、何もしなかった……オレ達の世界を返して!」
「承知した。全て元通りにしてやろう」
言った途端、廃園にあった屍も魔物達も消えていなくなった。辺りは静かになり、港からは花火が打ち上がってひときわ大きい大輪の花が咲いていた。暗闇から「たまやー」「かぎやー」と楽しそうな声と笑い声が聞こえてくる。
「願いは叶えたぞ。お前の魂を頂く」
セーレはそう言って、カケスの胸に爪の伸びた指先をめり込ませ、ズブリと手首まで埋めてから、まだ強く脈打つ心臓を取り出した。それは蒼炎に包まれて次第にセーレの手の中に消えていった。
「僕……死んでない?」
「お前はこれより我の僕となり未来永劫仕えるのだ。それがお前の贄としての務めだ」
周囲を焼き尽くすかのごとき業火が燃え上がったと思うとふたりと銀の馬を飲み込んだ。
音羽は周りを炎で囲まれていたが不思議と熱は感じなかった。
「カケスーーー!」
そして人知の果てへと旅立つ友が「さようなら」と手を振るのを炎のヴェールの向こうにしっかりと揺るぎなく見ていた。
締切……間に合うか……。((((;゜Д゜))))