父と母
音羽は辺りを見回した。
「ここは?」
そこは小高い丘のようでもあった。日は沈んだばかりだろうか、薄闇に裏野ドリームランドのパノラマが見て取れる。海風がさぁっと音羽の髪を揺らし頬を撫でていった。
丘の裾を見下ろすとアクアツアーでゴンドラが出てくる終着点で今まだ水は溜まっていた。
「おお! なんと愉しげな所ではないか!」
セーレは廃園を見渡し目を輝かせ、銀の馬は閉じていた翼を二度三度広げて見せた。
「セーレ! お願いがあるんだ!」
カケスは叫んだ。
「そうであった。その為に我は呼ばれたのだ。願いとは何であろう?」
「母さんを……母さんを探して! そしてこの遊園地に封じた魔物を元の場所に帰してあげて!」
「そのような願いで良いのか? 望めば有り余るほどの財を運んでやることも出来るぞ」
「財なんていらない! 母さんを見つけてほしい。そして……小さな魔物達……彼らを元の場所に!」
「うむ。承知した」
セーレの目の輝きが増した瞬間、眼前には骨が現れ、廃園のいくつかのアトラクションは赤く光った。
「母さんは……?」
「目の前におろう。かつては人であったその残骸がお前の母だ。小さき者達は元の場所に帰っていったぞ」
「この骨が母さんだって言うの!?」
「ふうん。それについてはお前の父が知っているであろう」
突然カケスの父、弘之が現れた。
「はっ!? ここは!? 周防? どうして? 私は何故ここに!?」
「セーレにお願いしたんだ。母さんを探してって」
「セーレ?」
「これはお初にお目にかかる。牧師様にはご機嫌麗しゅう。我は地獄の運び屋にして願いを叶えるもの。そして二十六の軍団を支配する魔界の君主である。以後お見知りおきを」
セーレは手を胸に当てて馬上から恭しく挨拶をした。
「地獄の……ま……かい? 周防っ!? それは魔法陣!? お前は……悪魔を呼び出したのか!? なんて事を!」
「父さんっ! セーレがこれが母さんだって……この骨が母さんだって言うんだ! 父さんは何かを知っているの? ねぇっ! 本当にこれが母さんなのっ!?」
弘之は傍らにある手であった骨に絡まった十字架を見てぎょっとした。
「これは……市江の! 何故ここに……これが、これが何故!」
「牧師よ。お前は過ちを犯した。そうであろう?」
セーレの言葉に弘之はハッとしてカケスを見た。
「父さん、本当のことを言って」
「周防……私は見てしまったんだよ。母さんが魔物を呼び出しているのを。母さんは苦しんでいた。そして全ての事に疲れていた。私は母さんの罪を清めてやりたかった……そして……打った。一心不乱に打った。そうしなければ大罪は清められない。そうして気がついた時には……母さんは息をしていなかった……ああ! 神よ! お許しください!」
「そんな!父さんが殺したっていうの?」
「殺す……?。母さんはその命によって罪を許された。今ごろは神の国で幸せに暮らしているだろう……」
「ふふふ。はぁーっははははーっ」
セーレが高らかに笑い、愛馬は羽根をバサバサと揺らす。
「これは失礼。なんとも滑稽な話ではないかと思っての。神の下僕が汚辱と欺瞞に満ち、犯した罪を棚上げしてもなお、神の下僕たらんとするとは! 人であったその者も牧師も、もはや命の書にその名は無いであろうな。あの薄情で高慢な神というやつはその門をぴったりと閉ざし、地に堕ちた者を中には入れぬ」
「黙れ! 悪魔め! 私と私の息子をそして市江をたぶらかそうとするな! お前の言葉など神の御前では塵と灰になって消し飛ぶのだ!」
「因みにの。その骨があったのは薄暗い……粗末な祭壇の下だ」
ひゅっと弘之が息を呑んだ。
その時だった。女の細い声が聞こえてきた。
「……さん。ひろ……ゆ……きさん。……あなた」
崩れていた骨が正しく組み合わされ、肉が張り付きカケスの母市江の姿になって立ち上がった。
「市江……君なのか……?」
弘之は青ざめて市江を見ている。かつて愛した女がそこに立っている。目の前にいる女は魔の力によって姿を現したのはわかっているが、思慕の念が弘之を惑わせる。
弘之は自らの十字架を取り出して神の言葉を吐き出すが、目は市江を凝視している。
「あなた……愛してるわ。ここは暗くて寂しい……お願い、一緒に来て。……愛してる……」
「市江……市江……私も愛している……だが今の君は……市江ではない!
断じて! 寄るなっ悪魔!」
市江は振りほどこうとする弘之を抑え込み抱きついた。
「母さんっ母さんっ! 僕だよ! 周防だよ!」
市江は必死で呼ぶカケスに顔を向けて微笑んだ。
「周防、ごめんね……父さんは連れて行くね。あなたに痛い思いをさせてごめんね……周防、大好きよ。母さんと父さんを忘れないでね」
「う、う、うわああああーっ。市江ッや、やめてくれ!」
弘之が叫んだ。
父と母の体から皮が剥がれていく。神経や筋肉、内蔵が飛び散っていく。眼球が飛び、只の骨になっていく。
そして、二人一緒にアクアツアーの水溜りに落ちていった。
カケスは父と母を呼びながら泣き崩れた。
音羽はこれは何かの冗談で、その辺りの影からドッキリのプラカード持ったやつが出てくるんじゃないかと思った。いや願った。こんな事、あるはずない。まるで漫画じゃないか!? だが、いくら待ってもプラカードは出てこなかった。
"ドーンッパパーン"
花火が打ち上がり、裏野ドリームランドの至るところで感嘆の声が聞こえてくる。
"ドーンッパラパラパラッ"
「おおっこれは見事だの。今日は祭典なのか? ほぉっ、素晴らしい! のう、神の子よ。こんな素晴らしい良き日に我を呼んでくれたことを感謝するぞ」
「悪魔でも感謝とかするの?」
音羽は花火に夢中のセーレに声をかけた。
「人の子よ。悪魔でも喜びもするし悲しみもする。悲しみは、まぁ、あまりないがな。それに我は人の話は真摯に聞くぞ。良心的であろう?」
「良心ねぇ……」
音羽は悪魔の癖に良心とか言ってんじゃねーや。とフンッと鼻で笑う。
「そうだ、この良き日に我から贈り物をいたそう。どうだ? 神の子よ」
カケスは突っ伏して泣いている。
「おおっ! また上がった。"たまや"とはなんぞや? "かぎや" とは?」
セーレの安穏な声にカケスが反応した。
「もうっ!どうだっていいよそんな事! 好きにしたらいい! 全てどうでもいいんだ!」
「ほう、好きに……。それでは……。」
既に暗くなった夜空が更にその闇を深め、辺りの空気がざわりとざわめいた。硫黄の香りが漂い昼間の暑さより熱い空気が吹き寄せた。
「何?」
空を見つめていた音羽は夜空が動くのを見た。
「私の愛する軍団があの夜空と人の上に華を添えようぞ」
セーレはウットリと打ち上がる花火を見ていた。その咲いては散っていくひとときの大輪が闇夜に蠢く無数の異形を照らしていた。
おおーっ、なんか出たー!
という訳で……もう少しお話は続きます。
よろしくお願いします。
期日までに間に合うかなぁ( ̄▽ ̄;)
このお話はフィクションです。