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トモ 1-3

***


 数日後。

「お前の生活は一体どうなっているんだ」

「大丈夫だよ、ホテルに泊まってるから」

「親探しはどうした」

 パスに睨まれて、トモは口角をにっと上げた。

 まるで自分の部屋のように自由にくつろいでいる。背もたれのある回転椅子に逆向きに座って、背もたれに両腕を載せていた。

「さっさと中部に帰れ、種なし」

 眉間の皺に指を当てるパス。

「先生の笑顔を見たら、ね」

 にやりとトモが笑った。

 何回か講義後に教官室で待つうちに諦めたようにパスも時々会話をしてくれるようになった。

「精霊樹木医って、かっこいい仕事だよね」

 トモは書棚から分厚い教本を取り出してめくり出す。

「あ、怒らないで聞いて。あたしはほんとにすごいと思ってるんだ。だって、人間って普通に生きてたら木になっちゃうだけじゃない? だけど少しでも長く生きることで家族との別れをきちんとできたりとか、あと、心の整理がつけられるだろうし、そういうことをしてあげられるって尊い職業だよ。憧れるなぁ。あ、でも、あたしは、そういう感覚はよく分からないから、想像ね。あくまで想像」

「何が言いたい」

 きつい視線を向けられて、トモは肩をすくめた。ついでに舌も出してみせる。

「……やっぱり、種なしじゃ難しいかな。ううん、何でもない。今日はこの後、病院?」

「休みだ。寝る」

 パスが答えながら白衣を脱ぐ。その下は青いギンガムチェック柄のシャツと、ベージュのパンツだった。白衣を壁の備えつけハンガーにかけて、黒い鞄に筆記用具を詰め込む。

「久しぶりのお休み?」

 トモは、教官室から出て行くパスを慌てて追いかけた。


「先生、待って」

 早足のパスについていこうとして歩みを早めたときだった。


「トモ?」


 遠くからトモの名前を呼ぶ声がした。

「え?」

 そして、トモだけではなく、パスも足を止めて声のした後方を振り返った。


「トモ! 僕のトモ! 会いたかった!」


 歓喜の声を上げて少年が走ってきた。トモに飛びついて抱きしめたのは、ダントだった。 

 一方で、トモはダントの腕の中で硬直していた。

「あぁ、本物だ……。僕はこの日の為に今日まで頑張って勉強してきたんだぞ。まさか、こんなところで会えるなんて」

 ダントがトモの髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き撫でる。

「生きていてくれて、本当によかった」

 表情豊かだった筈のトモからはすっかりと感情が抜け落ちていた。

 流石に違和感を覚えたのか、離れていたパスはふたりに近づく。若干ダントの方がトモより背丈は高いけれど、似たような顔つきをしていた。

「おい、お前ら知り合いなのか」

 するとようやくトモの唇が動いた。

「お兄……ちゃん」

 顔からはすっかり血の気が引いていた。

 今にも倒れそうなくらい小刻みに震えている。

「そうだ、ダントだ。双子の兄だ。中部選抜を首席で卒業してこの大学校に入学した」

 ダントはトモから体を離して、両手を妹の肩に載せた。


(お兄ちゃん……!)


 そしてトモはようやく、ゆっくりと現状を理解する。

 次の瞬間、全身を電流が駆け巡っていくかのように、その電流がダントを拒絶して弾いたかのように、もう一度トモを抱きしめようとしたダントを全力で振り払った。

「いやっ!」

 逃げ出した。


(いやだいやだいやだいやだ)

 トモの心臓は早鐘を打ち、説明のできない感情が全身を覆っているようだった。

 違和感とも嫌悪感とも違うものだ。

 何人もの学生と衝突しそうになりながらトモは学内を走り続けた。

 やがて力が抜けたように昇降口で座り込むと、背後から誰かが近づいてきた。

「よかったじゃないか」

 トモが振り向くと仏頂面のパスが立っていた。

 ベージュパンツのポケットに両手を突っ込んだまま、トモを見下ろしている。

「たったひとりの肉親と再会できたんだろう。もっと喜ばないのか」

「……」

「まさかあいつがお前の兄貴とはな。それにしても、兄妹で態度の大きさがそっくりだ」

 トモは黙ってパスを見上げた。厭味に答える気力がなかった。

「あんまり、好きじゃない」

 消え入りそうな声で呟いた。膝の上に握られた拳は軽く震えていた。

 その反応が予想外だったのか、呆気にとられたようにパスは顔を歪ませた。

「親のことは探していたのに、兄貴は駄目なのか」

 トモが頷く。

 大きな溜息の後に、パスはトモの腕を掴んで立ち上がらせた。パスの掌は力強く熱がこもっていた。

 突然の行動にトモの瞳は大きく見開かれる。

「な、なに」

「ついてこい」


 トモが連れてこられたのは教官の身分証でしか入れない大学校の屋上だった。

 頭上には雲ひとつない青空。眼下には地平線の向こうまで森林が広がっていた。悲しいくらい清々しい光景だった。どれだけ人間が樹木化していっても、世界はあっけらかんと存在している。それを証明しているようだった。

 少し冷たい風がふたりの間をすり抜けていく。

 手すりにもたれかかると右肘をそこに置いて、パスは遠くを見遣った。


「俺の父親は、精霊王だ」


 唐突に始まった告白。

 パスは琥珀のペンダントを取り出して空に翳した。


「この琥珀は、俺の母親の涙だ。彼女が樹木化したときに精霊王が結婚指輪を封入して、形見としていた。物心ついたときには俺の手の中にあった」

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