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トモ 1-2

***


 ベージュ色の制服姿で、トモは大学校の前に立っていた。

(さて、どうやって切り出せば口を割ってくれるか)

 ただの好奇心だけではなく、純粋にパスのことを知りたいという気持ちが湧いてきていた。


 堂々と偽造した学生証を使い、中に入る。

 大学校の敷地は広大だ。正面玄関にはガラス枠の大きなデジタル掲示板。講義の時間割が表示されている。大講堂ではパスの特別講義が開講されているようだった。

 全寮制で生活に必要なものはすべて揃っている、精霊樹木医になる為に選ばれた人間たちが大切に育てられる場所。

 この世界を支える人々の為の学舎。

(一度は学校に通ってみたかったなぁ)

 5歳で捨てられたトモにとっては縁遠い場所だった。

 誰もいない静まりかえった廊下。

 軽快なステップに合わせて、ひらひらとスカートが揺れる。

 まるで学校の統治者のように、その中央線の上を軽やかに歩く。両手を広げて床と水平に保ち、体のバランスを取って、線からはみ出さないように。

 自分が決めたルールで歩くことができる。

(ふふ。楽しい)

 高揚感はさらに足取りを軽くさせた。スキップしたり、くるくる回ったり。

(こんなことしてたら、先生に怒られちゃうかな。それはそれで、いいかも)


 やがて廊下の突き当たりに出ると、1枚の大きな扉がそびえ立っていた。

 偽物の学生証を鍵代わりに認証させて扉を開ける。すり鉢状の大きな空間が広がっていた。

 放射線状に並べられた座席でたくさんの学生が耳を傾けている。

 最下段では、やる気のかけらも見当たらないパスがマイク越しに喋っていた。

(やっぱり、むすっとしている)

 そっとトモは空席に着いた。鞄の中から雑誌を取り出して見比べる。

(別人みたい)

 自分だけが彼の笑顔を知っていると思うと、得したような気分だった。


 教官室の前で待っていると、トモを見つけた瞬間にパスは顔を歪めて心底嫌そうにしてきた。

 少し胸が痛んだが平静を装って首を傾げる。右手をひらひらと振って笑顔を作った。

「まぁまぁ、そう毛嫌いしなくたっていいじゃん」

「何の用だ」

「まずは部屋に入ろうよ」

 トモが腕を伸ばしてどうぞと仕草を取ってみせる。

「入れさせない」

「えー」

 トモはじっとパスを見上げる。

 にらめっこ勝負のようになると、パスは観念したのか無言で教官室の鍵を開けた。

 するりと後に続くトモは部屋の主を追い越すと窓に背をもたれかけて、懐から袋を取り出した。

「クッキー食べる?」

「要らない」

 とりつく島もない態度に、トモはかえって笑顔で対抗する。

「ひどいなぁ。せっかく作ったのに。あたし、お菓子づくり上手なんだよ?」

「自作のクッキーだと。お前、交通費といい、生活費といい、どこから出ているんだ」

(会話してくれた!)

「頭は回る方なので、色々と、仕事があるの。一人で生活できるくらいの収入もね」

 しかし、訊いてきたくせにパスは無反応だった。

「飲むものあるー?」

 トモはしかたなくクッキーを口に放り、勝手に冷蔵庫をあさり出す。

「お前みたいな脳内が花畑になっている奴を見ていると苛々する」

 パスの声は低いままだ。

 トモにとってはその一言一言が突き刺さってくる。

 めげずに笑い返した。

「ひどいなぁ。あたしにだって悩みはあるよ」

「親を探して小火騒ぎを起こしまくった、迷惑極まりない奴に悩みなんてあるか。俺は忙しいんだ。お前に構っている暇なんてない」

 トモを見ようともしない。

「か」

 トモは言葉に詰まる。

 小刻みに動く右手を左手で押さえた。

「構ってくれなくてもいいよ。勝手に見てるから」

「それが迷惑だっていうのが分からないのか?」

 涙腺の崩壊が近づいてきていた。

(負けないもん!)

 本当ならば巧みにパスの棘を躱して懐をつこうとしていた。実際はそんな余裕はどこにもなかった。

 勢いよくトモは雑誌をパスに突きつける。

「む、昔はもっと、眉間に皺なんて寄ってなかったじゃない!」

 雑誌の表紙で微笑む、名前は違うけれど同じ顔をした人間。

 パスの瞳が大きく見開かれた。

「お前、どこでそれを」

「家のポストに入ってた。今の言い方で確信を持てたよ。本当にびっくりしたけど、100年以上生きているっていうのは嘘じゃなかったんだね。この人は、藤神先生本人なんだね」

 するとパスの表情が、しまった、と少し焦りを見せた。

 チャンスとばかりにトモはたたみかける。

「あたしに構っている暇がないんじゃなくて、自分自身に余裕がないんでしょ。この頃の写真は全部笑ってるよ。もしこれを見てまだ苛々するって言うなら、それはあたしに対してじゃなくて今の自分自身に対して憤ってるっていうことだよ」

 トモは俯いて雑誌を突き出した。パスが、恐る恐る手に取ると沈黙したまま冊子をぱらぱらとめくる。

「あたし、5歳で両親に捨てられたとき、本が大好きなのに1冊も持ってなかったから、資源ゴミ回収施設へ拾いに行くのが日課だったの」

 ぽたりと落ちたのはトモの瞳から溢れた雫だった。

「文字は読めたから、たくさんの本を読んで、ずっとひとりで勉強してきた。生活するのに必死だったし、ふわふわ生きてるつもりもないから、先生に憶測でいろいろと言われる筋合いはない。でもね、この前も、今日も、ここの学生になったつもりで授業聞くのすっごく楽しかった。先生の説明はとっても分かりやすかったよ」

 数滴の涙が床を濡らした。

 トモは制服の袖で目の周りを拭うと、きっ、と顔を上げた。

「最後のページの、女のひとと写ってる笑顔。いいと思う。これ、先生にあげる。あとクッキーもあげる。そんで、また遊びに来るから。シュークリームだって、チョコレートブラウニーだって上手に焼けるんだから。持ってくるね」

 怒ってもいない、笑ってもいない不思議な表情で、トモはパスを見つめた。

 パスはやはり何も答えなかった。

 ただ黙って、自分の笑顔に視線を落としていた。

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