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パス 1-3

 少女はにやりと笑って自ら生み出した炎に息を吹きかけた。

 炎が消えて再び光源は懐中電灯のみとなる。

「その通り。しかも、体内の炎をコントロールできる、特別な、種なし」

「何だと?」

「お兄さんが種なしについてどこまで知ってるのかわかんないけど」

 パスを見下すように、口元を歪めた。

「5歳のときに風邪を引いて、数日間熱が下がらなかった。そのとき掌から炎が出て、母親は重傷の火傷を負って、あたしは種なしだと判った。––双子の兄は違ったのに」

 少女の右手は空のまま、左手には再び炎を揺らす。

 まるで双子関係を示すかのように。

「元々、利発すぎるって気味悪がられていたからね。無視されたり蹴られたりするのが辛くって家出して、今年で15歳になった。だけど、どうしても親に会いたくなって、こうして探しているの」

 怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えない表情だった。

 パスは息を吐き出しながら視線を地面に落とした。

「双生児の場合、片方が種なしになるケースは多い。しかし種なしの赤子はすぐに命を落とす。お前のように生き永らえている人間に出会ったのは、これで2人目だ」

「そうなんだ!」

 すると少女が瞳をきらきらと輝かせる。

 子どもらしい希望に満ちた眼差しをパスに向けた。

「あたしには自信がある。ひとつは、発病しないということ。もうひとつは、親を確実に見つけられるということ」

 そっと一本の木に触れる。

 左手を離すと、樹皮には焦げたような跡がついていた。頬を膨らませて少女は首を左右に振る。伏せ目になると睫毛の長さが際立った。

「木に触れればどんな人がどんな感情で樹木化したかが判る。少し燃やしてしまうけれど、あたしはこうやって親を探しているの。これは、すっごく絶望しながら樹木化していった男のひとみたい。奥さんも子どももいるのに、って。可哀想」

 少女が赤ん坊をあやすように木の幹を撫でる。そして幹におでこを当てると、呟いた。

「大丈夫だよ。家族も、きっと近くに眠ってるよ」

「……それが、小火騒ぎの真相か」

(精霊王信仰論者だとしたらこの上ないくらい滅茶苦茶にしてやったものを)

 パスの胸中にはどんよりとした感情が広がりつつあった。

「驚かせてごめんね。あたしは自分を傷つけた親にまた会いたいだけなんだ」

「傷つけられたのに?」 

 森中に、パスの声が大きく響いた。

「俺にはまったくもって理解できないな!」

 少女を嘲り笑うように鼻を鳴らす。

 しかしそんな態度は全く意に介さず少女は微笑んだ。

「別に理解してもらおうと思ってないし。でも、いいこと教えてくれてありがとう。あたしはお兄さんより長生きして、親に会ってみせる。じゃあね、スーツのお兄さん」

「おい、待て!」

 制止する間もなく、少女の姿はかき消えていた。


 ***


『発火現象に対して、人類は選択を迫られた。このまま灰となって滅ぶか、もしくは、心臓に特別な種子を植えつけることで炎上病の発症を抑えるか。ただ、種子が植えつけられた場合は、人間そのものが最終的には木と化してしまう。土に還る。結局、後者が選ばれたんで今がある』


 数日後、関東第一管区に戻ったパスは、精霊樹木大学校で講義を行っていた。

 映像の映し出されたスクリーンを背にして、やる気をみじんも感じさせない態度でマイク越しに喋る。

 くたびれたスーツに、皺だらけの白衣。黒縁の眼鏡は伊達だ。


『25世紀。精霊王と人類が契約を結んで百年ほど経った辺りから、精霊王信仰を否とする動きが現れた。結局のところ、精霊王は人類を救う為ではなくて、人類を完全に滅ぼす為に種子を与えたんじゃないかという価値観で、現在ではこっちの方が主流となってるな。まぁそういう人間たちが集まって何かできないかって始めた活動が、精霊樹木医っていう職業だ。命名されたのは西暦2445年』


 100人ほどの制服姿の学生が講義に耳を傾けていた。

 全員、精霊樹木医の研修生だ。


『それまでも存在していたという普通医とは違って、ぶっちゃけ、精霊樹木医の仕事には希望はない。知っての通り、治療薬というものがないからだ。俺らにできるのは苦痛を取り除くことと、できるだけ穏やかに樹木化できるようにケアしていくことくらい。いつか特効薬ができると信じて、働き続けるしかないんだ。まぁ、薬については精霊調薬師の仕事なんで、別の話』


 パスは学生たちを見渡した。

 真剣にメモをとっている者、明らかに遊んでいる者、態度は人それぞれだったが、その中に突き刺さるような視線を感じていた。

 その主は一番前の席に座っていた。

 一重だからなのか少しきつい顔立ちの、しかしどこか幼さの抜けきれない雰囲気の少年だ。

 視線が合うと待ち構えていたように少年は右手を挙げた。

「質問があります」

 悪戯を企むような楽しげな瞳に既視感を抱きつつ、パスは彼を指名した。

 立ち上がった少年は背が高く、ひどく痩せて見えた。眉の上で切り揃えられた前髪から育ちの良さを窺うことができる。


「伝説の精霊樹木医について教えてください」


 静かだった教室が一石を投じられたように波打つ。学生たちは小さな声で話し出して一気に騒がしくなった。

 質問の主は注目を浴びていることににやにやしているように見えた。

 パスを睨みつけて、解答を心待ちにしているようだった。

 ちっ。小さく舌打ちしてパスは教卓に教科書を置く。

「伝説だぁ? そんなもん、ただのおとぎ話だろ」

「いえ、おとぎ話などではありません。西暦2447年に発表された精霊樹木医学会の論文のひとつに、発芽しかけた患者が人生を全うできるよう、確実に治療を施すことのできる精霊樹木医について記述があります」

「はっ。100年前なんてよく調べたな」

「僕の目標は現在の伝説となることです。その為の研究は惜しみません」

 少年の態度が鼻につき、パスは眉を顰める。

(子ども特有の自己顕示欲か? それとも)

「そりゃすごい、頑張って精進してくれ」

「先生は、因みに、伝説の精霊樹木医についてどう思いますか?」

(こいつは、俺から何を引き出そうとしている?)


「……そんなもんずっと大昔の話だろう。俺たちが向き合っているのは、今現在の樹木化だ」


 タイミングよく終業のベルが鳴る。パスはスクリーンの電源を切って息を吐いた。

「今日はこれで終わりだ。各自、テキストの次の項目について予習してくること。以上!」

 教室から学生たちが飛び出していく。昼食休憩の時間なので、我先に食堂へ向かうのだろう。

 パスにとっても長居は無用の空間だ。苛立ちをそのままにさっと廊下に出る。そこへ、質問をしてきた少年が追いかけてきた。


「藤神先生!」


 無視してパスがすたすたと早足で歩いていくと少年は負けじと走り出した。

「待ってください、藤神先生! 先生!」

 少年がパスに追いつき前に立ち塞がった。

 背が高く、パスは見下される体勢になる。パスは顎を上に向けて少年を睨みつけた。

「何の用だ。おとぎ話の件はもう終わっただろ」

「自分は相渡ダントといいます。15歳です」

 ダントと名乗った少年はネクタイを締め直して、ぴしりと直立した。

「先ほどは失礼しました。僕は中部選抜出身です。貴方にずっと憧れていて、まさか特別講師としてお会いできるなんて思わなかったので、お話しできる機会をずっと狙っていたんです」

 選抜というのは、各管区で成績優秀な子どもたちを集めて教育する学習機関のことだ。

 15歳で選抜出身。飛び級をしたということだ。

 政府からかなり期待されているのだろう。

 そして自ら名乗るということはよほどの自信家ということだ。

(気に障る)

 率直な不快感をパスが口にしようとしたときだった。

「さっき質問させていただきましたよね。僕の意図は、お気づきだと思います」

 ダントから笑みが消えた。


「ずばり、伝説の精霊樹木医の正体とは、貴方のことです」


 取り出したのはぼろぼろになった古い雑誌。発行日は100年前。

 表紙にはパスと同じ顔をした人間が写っていた。

「名前こそ違うものの、実績といい、100年以上歳をとらない外見といい、藤神パスは特殊な種子の持ち主であると僕は考えています。貴方の種子の謎が解ければ、人類にとってすばらしい結果をもたらすことでしょう。是非研究対象にさせていただきたい」

「断る」

「否定しませんでしたね」

 言質が取れたと声に喜びを滲ませるダント。

 パスは腰に手を当てて俯いた。そして、大げさに溜息を吐き出す。

「否定も肯定もしない。俺はお前に興味がないし、お前みたいな若造に構っている余裕なんてないんだ」

 ダントが表情を歪めた。

 先ほどの笑顔が造られたものであるのは明らかだった。

 何か反論しようとする彼を遮って、パスは早足で歩き出す。

「邪魔だ。どけ」

 ダントはもうパスを追いかけようとはしなかったが、その背中に向かって叫び声をあげた。

「何故ですか。それこそ人類の為なのに! 中途半端に精霊樹木医を続けるよりも有意義なことなのに! 僕は世界を救いたいだけなんです。どうして解ってもらえないんですか。とにかく、僕は諦めませんから!」


***


 パスは乱暴に教官室の扉を開けると教材を机の上に叩きつけた。

 小さな冷蔵庫からお茶のパックを取り出して一口飲む。窓を開けて、呼吸を整えて、壁にもたれかかった。

 盛大に溜息を吐き出す。

「おかしなガキばかり。全部、ウィルアの所為だ。ちくしょう」

 すると、ありえない場所から声がした。

「落とし物を届けにきたよ」

「!?」

 パスの背後、窓枠に、人間の両手が現れる。

 よいしょと声がして現れたのは共同墓地で出会った少女だった。

「こんにちはー」

「ここは2階だぞ! まさか壁をよじ登ってきたのか?」

 答える代わりに少女は室内へと侵入してきた。

 どこで入手したのか、女子学生のブレザー姿。

 膝上丈のプリーツスカートの土埃を手で払うと、にっこりとパスに向かって屈託のない笑顔を向けた。

「また会えた」

「おい、質問に答えろ」

「今日はこれを渡しに来たの」

 ブレザーのポケットから琥珀のペンダントを取り出す。

 太陽の光を受けて、封入された指輪が静かに煌めいていた。

 うっとりと眺めて少女が呟く。

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