序章
高台から眼下に広がるのは、溢れんばかりの常緑の世界。
一見すると川を中心に広がっているありふれた街並みだったが、隙間を埋めつくすようにして森が存在していた。様々な色が存在する筈なのに緑の占める範囲が多すぎて、街というよりは、森にしか見えない。
一人の男が憂いを帯びた表情でずっとその景色を眺めていた。
特異なのは足元まで伸びた、白色に近い銀髪。風を受けて微かにさらさらと揺れている。
彼は鈍い銀色を帯びた服に全身を包んでいた。
若いのか老いているのか、顔立ちや風貌から判断することはできない。
「いずれ滅びゆく人類と引き換えに、森は永遠に残るだろう」
発した言葉は風でどこかへ飛んで行ってしまいそうだった。
彼の右隣にひとりの少女が立っていた。黒くて短い髪は少年のようだった。きりりとした眉が意志の強さを表している。
彼女はそっと男の右手を取ると、自らの両手で優しく包み込む。
––彼女の左腕には中央にひびが入り、肌から若葉が芽吹いていた。
少女は顔を上げて真っ直ぐに男を見つめた。
「いいえ、王」
はっきりとしたよく通る声だった。
ゆっくりと男が体を女性に向ける。
男の瞳は、宝石のような紅い色。人間の体内を流れている生の証と同じ色の瞳。人間のものではない、鈍い光を放っていた。
少女が男に断言する。
「人間は、たとえ跡形もなくなったとしても、生き続けます。だから悲しまないでください。私は貴方の心の中で永遠に生き続けるのです」
「心の、中?」
男はゆっくりと瞬きを繰り返した。
「そうです。心とは、記憶のことです。貴方が世界を統べている限り、私は貴方の記憶の中で変わらずに微笑んでいるでしょう。そして、記憶は繋ぐことができます。私たちの宝物に、私のことを語ってあげてください。いつでも見守っていると、伝えてください」
幼子を諭すような柔らかい口調で告げると、男の掌を自らの腹に当てた。
「どうか悲しまないで。寂しくならないで。愛しています。世界でたったひとりの、貴方のことを」
彼女が王に向かって微笑みかける。
王もまた、ぎこちなく、笑った。
それは世界が新たに構築される為に、必然の物語だった。