第3話 変わった物、変わらない物(後)
「(ブル〜ン)」
「(はあ〜)」
古いバス特有のエンジン音を聞きながら。
僕は内心で、溜め息を付いていた。
・・・
今、二人は、バスに乗っている所である。
乗客は誰も居なくて、僕とカズちゃんだけだ。
僕は、その事に少し安心した。
なぜなら、先ほどの恥ずかしい場面を。
誰にも、見られて無いからだ。
・・・乗ろうとした時、後ろに倒れようとした所を。
カズちゃんに抱き止められたのを・・・
カズちゃんは、僕の隣に座っている。
前には、僕のトランクがキャスターで動かないよう、脚で挟みながら。
僕は、被っていた帽子を脱いで、膝の上に置いていた。
このバスはロングシートだから、目の前には反対方向の風景が映っている。
見える風景は、一面の田んぼに、遠くには高い山々が見える。
長閑な田舎の風景である。
しかし僕は、それらの風景を見ながら、心の中では別の事を考えていた。
「(カズちゃん、逞しくなったなあ・・・)」
僕を受け止めてくれた、彼の事を思い出していた。
見た目が逞しいと言うより、どちらかと言えばスマートな外見であるが。
それでも問題なく、僕を受け止めてくれた。
そして、彼の腕の中で感じたのは。
「(体温が高いんだね・・・)」
薄い布を通して、カズくんの熱い肌を感じた。
そうやって、僕を受け止めてくれた場面と同時に、昔の事も思い出していた。
”僕よりも小さなカズちゃんと、手を繋いで歩いた事”
”よく、僕の背中にくっ付いて、甘えて来た事”
”暗い所を怖がって、僕が一緒に付いて来た事”
”そのカズちゃんが、こんなに大きくなったなんて・・・”
変わってしまったカズちゃんの事を、思っていたら。
視線が前の風景から、彼の方をチラチラ見る様になってた。
特に、彼の胸元とか腕とかを。
「(あの胸に顔を埋めて、熱い肌を感じたいなあ・・・)」
「(あの胸板に頬ずりしたら、気持ち良いだろうなあ・・・)」
「(あの腕に抱き締められて、頭を撫でられたいなあ・・・)」
カズちゃんを見ながら、そんな事を思っている。
そうやって、妄想に浸っていたら。
「(えっ! ぼ、僕は一体何を考えているんだ!)」
自分が、カズちゃんを見て。
女の子みたいな妄想をしていた事に、驚いた。
体が女になってしまい。
最近では、嗜好も女の子みたいになっていたが。
心の中まで、完全にそうなった訳では無かった。
だから、まだ少し残っている男の心が、それに抵抗していた。
また、一応、性別が変わったので、それなりの振る舞いをしていたが。
恋愛対象や相手の好みが、そう簡単に変わるものでは無い。
例えば、普通、女の子が好きそうな俺様とか。
とてもじゃないが、僕は、近づきたいとは思わない
むしろ、嫌悪感しか抱かない。
もっとも、それは、男時代のトラウマがあるのかもしれないが。
なぜなら、そんな手合の人間は。
相手を見てバカにする事が、往々(おうおう)にしてあるからだ。
大人しかった僕は、そう言う人間から、よくバカにされていたのである。
そんな所一つ取っても。
普通の女の子の様な好みどころか、男の子を恋愛対象と見るなんて、とてもじゃないが考えられない。
しかし僕は今、カズちゃんを見て、何の抵抗もなく欲情していた。
受け止められた時に、彼の感触を感じたら。
まるで、女の子の様な事を妄想している。
これは気心の知れた、従弟だからなのか?
それとも、優しくて安心できる相手だからなのか?
「どうしたの、ミズキちゃん?」
「えっ?」
「こっちをジッと見詰めているから」
突然、カズちゃんが僕にそう尋ねてきたので。
考え事をしている内に、僕は自分がずっと、彼を見ていた事に気付く。
カズちゃんは、少し、恥ずかししそうにしてこちらを見ている。
「ご、ごめんなさい! べ、別に、何でもないの!」
僕は、そんなカズちゃんの様子と、自分が彼を見て妄想していたので。
咄嗟にそう言って、顔から火が出るほど熱くしながら俯いてしまった。
「そ、そう・・・」
僕のそんな反応を見て、カズちゃんは困惑したように呟く。
その後、何となく気まずい雰囲気になった二人は。
目的のバス停に着くまで、無口になってしまっていたのだった。