魔法で火や水が出せるなら、○○が出せたって良いじゃない!
タイトルを伏せようかネタバレにしようか迷いましたが、伏せてみました。
『貴方は、抽選の結果、特賞【異世界の神として転生】に当選しました』
「はあ?!」
霧に包まれた様な空間に突然そんな声が響き、私は耳を疑った。
『おめでとうございます。拒否権はありません』
「え?!」
そのまま説明も無いままに、何処かへ放り出される。
「良く来てくれました」
眩しくて良く見えないが、恐らく女性に声をかけられた。
「実は、人間に魔法を授けるのを忘れてしまったのです。ですから、貴女が代わりに授けて来てください」
そして、再び何処かへ放り出された。
幼くして捨てられ、飢えて死ぬ者達。
動物に畑を荒らされて、飢えて死ぬ者達。
不作が続き、飢えて死ぬ者達。
重税を課せられ、飢えて死ぬ者達。
戦争が長引き、飢えて死ぬ者達。
異世界を歩いてそれ等を目にした私は、人間達に授ける魔法を決めた。
「何だ、あいつは?!」
長い杖を持ち・何事か呟いている正体不明の人間がいる事に気付いたのは、砦の見張りだった。
地面に何やら図形が現れて光る。
それはどんどん巨大化し、彼等に知る術は無いが星全体に広がった。
『貴方達に、神の祝福を』
頭の中に、女性の声が響いた。
『魔の法を授けよう』
人々の身体から、【本】が出て来た。
『その【本】は、己が使える魔法を視覚化し、効率化させるもの。15になれば授けよう』
声が止み・光が消え、人々は半信半疑で【本】を開いた。
「……何だ、こりゃあ?!」
「ここって、もしかして異世界って奴?」
気が付いたら地面に倒れていて、体から【本】が出て来たので、俺はそう呟いた。
「これは、何? 魔導書?」
得体の知れない【本】を恐る恐る開くと、知らない文字で記されていたが、日本語訳が宙に浮いて現れたので読めた。
「……何でレシピ?」
【本】に書かれていたのは様々な料理のレシピだったが、MPが書かれていたので首を傾げた。
「まさか、魔法で料理作れるって事か?」
材料は無いが、試しに魔法を使ってみる事にした。
「『ポタージュスープ』」
バッシャーン!
「あっつ! 水! 『水』!」
バッシャーン!
材料が無くても魔法で出せると判ったが、どうやら、器が必要らしい。
「……取り敢えず、彼処に見える街に行くか」
200m程歩いて街に辿り着く。
「ようこそ。旅の方。入門料は××イーツです」
「物納では駄目ですか?」
「構いませんよ。何を頂けますか?」
門番はどんぶりを手にした。
え? まさか、この世界の人、誰でも料理出せるの?! 俺限定のチートじゃないの?! がっかりだよ!
「『鶏肉の唐揚げ』」
××イーツが日本円で幾らか判らないので、ヨーロッパ系なら肉好きそうと言う偏見の元、俺が好きな肉料理を出した。
「ほう……。初めて聞く料理だな」
門番は一つ口にして、驚愕に目を見開いた。
「な、何と言う美味さ! これだけ美味い鶏肉を出せるとは! 何たる技量!?」
え? 魔法で出す料理の味って、魔法の技量に依るのか?
「これは、××イーツ以上の価値がある。釣りとして、私の魚料理をやろう」
「済みません。皿を持って無いので、貸してください」
魔法を使おうとした門番を止めて頼む。
「そうか」
彼は、唐揚げが入ったどんぶりをテーブルに置き、其処にあった浅皿を手にした。
「『鯨のステーキ』」
鯨って魚だっけ?
「ほら」
「ありがとうございます。頂きます」
ん~。硬いな~。焼き過ぎなんじゃないか?
「御馳走様でした」
「ああ。では、お通りください」
一時間ほど前に街に入った俺の目の前には今、長い列が出来ていた。
一人の女性に魔法で出す料理の交換を持ちかけられてショートケーキを出したら、美味しいと大騒ぎされてこの有り様だ。
彼等はスポンジケーキもホイップクリームも知らなかったので、天才だの何だのと大絶賛されて否定するのが大変だ。
更に、俺がお菓子以外も出せる事が門番からばれて、数種類の料理が出せるなんてやはり天才と騒ぎは大きくなる一方だった。
「あの……交換してください」
前に並んでいた人が退いて次の人の姿が見えたが、そのやせ細った姿に俺は驚愕した。
皆が料理を出せる世界で、自分に出せない料理も交換して貰えば良い世界で、何故、こんなにもガリガリの子供が居るのか?! 病気だろうか?
「あの……こんなパンしか出せないんだけど」
彼女が出したのは、小さくて硬そうな黒いパンだった。
「私、魔力が少ないから、一個しか出せないの」
この子は独り暮らしなのだろうか?
俺は、交換で貰った食べきれない量の料理を見た。
「アレ、食べきれないから、良かったら貰ってくれない?」
「ごめんなさい。お母さんが『施しなんて受けるな』って怒るから」
何処の世界にも、我が子の健康より自分のプライドの方が大事な奴がいるんだなー。
「あ」
「あ?」
少女の視線を辿ると、太……ふっくらした女が俺が交換で貰った料理を物凄い勢いで食べ始めていた。
「それ、俺のなんだけど!」
「沢山あるから貰ってあげるわ!」
「お母さん、止めて!」
「五月蠅い! あんたは黙ってな!」
施しは駄目でも盗みは良いのか?!
「またお前か!」
行列を整理していた憲兵が駆け着けて引き離す。
「あたしは悪くないのに、何でいっつも!」
「ごめんなさい!」
「そうだよ。あんたが悪いんだ!」
うわあ……。
「あんたもあんただよ! こんな所に置いておくのが悪いんだ!」
今度は俺の所為にしやがる。
「この子が悪いって事は、あんたは子供に保護されるほど頭の中身が幼いんだな? だから、こんな所に置いている俺が悪いんだな?」
「そんな訳無いだろう! 馬鹿にすんじゃないよ!」
俺に掴みかかろうとしたが、憲兵に阻まれる。
「馬鹿にしたのはあんた自身だ。俺は、確認しただけだ」
「自分で馬鹿になんてする訳無いじゃないか!」
「他人の物を勝手に食べる事で品位の無さをアピールして・子供や俺の所為にする事で根性の悪さをアピールして、この街の皆に自分が嫌われるようにしたじゃないか。それに、人の物を勝手に食べるのは窃盗だ。逮捕して牢にぶち込んでくれとは、よくまあ、其処まで自分を嫌えるもんだ」
「何だい! 訳の分からない事を言って! 頭おかしいんじゃないか?!」
怒鳴る女は、話している最中にも連行されようとしていた。
「そうか。俺が悪かったよ。あんたはとても魔法が下手で・とても腹が減っていたんだな。それ全部、食べて良いよ」
「施しを受けるほど、落ちぶれちゃいないよ! 馬鹿にするのも大概にしな!」
「娘に碌に食わせてないのは、落ちぶれたからだろう?」
「違う! 魔法が……【本】が消えて無くなったから!」
消えたと聞いて、俺も人々も驚き場がざわめいたが、憲兵は事も無げに言った。
「犯罪者だからだろ」
文字が消え、白紙になり、ページが減り、最後には【本】ごと消えるそうだ。
「盗んだり・奪ったり・子供に食わせなかったりすると、そうなる」
「へぇ」
「だが、成人前に【本】無しで使えた魔法は使えるのだから、こうはなるまい」
ガリガリで擦り切れた服を着た子供に対して、健康そうに太……ふくよかで新品らしき服を着ている母親。
「私は盗んで無い! 貰ったり・借りたりしただけ!」
「お前が幾ら嘘を吐こうが、神の目は誤魔化せないと言う事だ」
「嘘なんて吐いて無い! 何で私ばかりこんな目に!」
泣き喚く女を庇う者は一人もいない。娘ですらも。
「話は聞かせて貰ったわ」
その言葉に振り向くと、貴婦人らしき見た目の女性が立っていた。
「領主様!」
「ようは、他人と居るのが悪いのよ。彼女しか居なかったら、他人の物を貰いたくなったり・借りたくなったりしないのだから」
とても良い事を思い付いたと思っていそうな笑みを浮かべて。
「だからね、無人島があるから、其処で暮らしなさい。そうすれば、誰にも罪人扱いされずに済むわ」
それは流刑じゃないんですかね?
流石に領主には何も言えないらしく、女は呆然とした様子で連行されて行った。
「一件落着ね。それで、目新しいお菓子と交換して貰えるのは此処かしら?」
「あ、はい」
領主様は意外にも列の最後尾に並んだ。
その後、少女は親戚に引き取られて別の街へ行き、俺はケーキの評判が王都まで届いた所為で、王都に住む事になった。
「それにしても、何故、戦う為の魔法を授けなかったのですか?」
放り出してくれた女神様の所に戻った私に、女神様はそう尋ねて来た。
「……ありきたりだから?」
「そんな理由ですか」
「いや、一応、餓死者が多く目についたと言う理由もありますけど。魔物とかいないみたいだし、良いかなって」
「まあ、仕方ありませんね」
女神様は溜息を吐いた。
「こんな凄い魔法を全人類に授けられるなんて、貴女は創世神になれたかもね」
「言い過ぎですよー! 私、元人間で俗物だったんですよ! 無理に決まってるじゃないですか!」
「そうかしら?」
女神様は釈然としない様子で首を傾げた。
「魔法で食べ物出すなんて、火とか水とか出すのと一緒ですよ!」