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過去の記憶、思い出した約束

腹に走った熱さに、オレは小さくうめく。

走る痛みに、呼吸する事すら辛い。自分の身に何が起こったのか、一瞬判らなかった。痛覚が麻痺し、身体が痙攣する。傷はそう深いものでは無い。だが、手当てもせずに、このままでいれば確実に血を流しすぎて、オレは死ぬだろう。

負った傷を震える手で押えると、粘つく血が手から溢れるのが分かった。速く浅い呼吸を繰り返し、痛みを堪えながら、うっすらと目を開ける。

仰向けに倒れているオレの目に優しい夕焼け色が映った。

「っつ・・・。なん・・・で・・・?」

痛みで動かない身体を覆い隠すかのように、オレは彼に庇われていた。

天空からの攻撃は、止む気配すらなく、オレ達を襲う。黒い刃のようなものは劈くような音をたて、絶え間なく、地を切り裂く。

そして、それを受けるたび、傷ついた彼の頬から伝う血が、赤い雫となって、オレの頬にぽたぽたと落ちた。

「やめ・・・ろ・・・。ど・・・して・・・?」

どうして、そんな風に庇ってくれるんだ?助けてもらう理由なんて無いのに。オレより酷い傷を負って、どうして・・・。



「情けねぇ・・・。それが末路とはな・・・。」

錆びたような鉄の匂いが鼻をつく。舞う砂埃の中、くぐもった声が聞こえた。

視線をやると、鋭い牙を並べた顎を持つ、翼の生えた猿のようなものがいた。魔獣だ。人語を話すのは、総じて強い力を持っているといわれている。

青年がゆっくりと身を起こす。すると、流れる血の量が増した。紅い髪も血を吸い、その濃さを増している。あれだけの攻撃を、俺を庇って受けたんだ。当然だろう。ゆっくりと、地に膝をつき、右手で身体を支える。すぐに、オレも倣おうとしたが、頭を上げた瞬間に走った激痛にうめいて、倒れて終わった。

「動くな・・・傷が広がる・・・・・・また、貴様か・・・。くどいな・・・」

前者からは限りない優しさが。後者には、あきれたような、蔑む様な冷たい響きがあった。

そのセリフに、猿がカラスのような黒い羽を広げる。高潮したような顔から判断すると、どうやら、怒っているようだ。

翼を大きく前後に動かすと、無数の黒い羽がオレ達に向かって飛んできた。天空からの黒い刃のような攻撃の正体があれだろう。

瞬間、舌打ちが聞こえ、「すまん」という小さな謝罪とともに、オレの身体ははるか後方へと抱え込まれ飛んだ。大きく動いたせいで走る激痛に、強く唇を噛んで堪える。しかし、意識を保っていられたのはそこまでだった・・・。



夢を見た。

小さいときから、繰り返し繰り返し見る夢。

いつもは、もっとぼんやりしてて、そこが何処なのかも分からなくて。振り仰ぐように見た誰かも、霧がかった様に分からない。

なのに、今日はとてもはっきりと見えた。

――――そうだ・・・。ここは森だ。辺りを良く見渡してみれば、すぐに分かる。まだ、母さんや父さんが生きていたころ住んでいた、オレの家の裏に広がる、森に入ってすぐの、木々が開けた場所だ・・・。

窪んだ地面に、岩と岩の間に出来た小さな亀裂。入り口は、狭いが、中は案外広い。とはいっても、小さな部屋一つ分くらいだけど。そこは、洞窟としてオレに冒険を彩った。海賊ごっこや、洞窟に隠された魔法の剣の物語。その時のオレは、王子になったり、騎士になったりして遊んだ。少しの危険と、大きな好奇心の元が詰まったそこは、オレの庭のようなものだった。

その小さな亀裂から人の気配を感じ、そろりと近づく。

中を覗くと、目を閉じ、横たわっている青年がいた。思わず、息を呑む。

どうしてだ、なぜ、あの人がここに・・・?

もう、今が夢なのか、それとも現実なのかわからなくなった。

記憶としての過去を、魔法か何かで見ている気分だ。この身体に、確かに小さかった時のオレも存在して、その背中越しに、今のオレは全てを見ている。だから、オレが動きたくないと思っても、足は動くし、喋りもする。不思議な体感。

オレは、ぺたんと膝をつき、地面に敷かれた干し草の上に散らばる赤銅色の髪に手を伸ばす。あと少し、もう少しで届くと言う所で、青年の目が開かれる。一瞥され、硬直する。寄せられた眉に、自分の失敗を悟った。

「触るな・・・」

射殺さんばかりの目つきで睨まれる。怒りのせいか、その目も濃さを増し、燃える焔のようだ。

「ご・・・ごめんなさい・・・。」

「傷なら、ほおっておけば治る。」

「あ・・・そう。あの・・・。」

「帰れ。」

発せられた言葉の鋭さに、何度か話そうとしたが、結局外にでる。

その間、青年の視線は、ついぞ、オレに向くことはなかった。

なぜなんだろ。オレは、あの人と昔、会ったことが逢ったのか?じゃあ、どうして、オレは覚えてないんだろう。どうして・・・?


ぼーっとしながら歩く。見知った森だから、足はかってに家に向かう。あの木々を抜けたら、5分もしないで、家だ。

父さんと母さんを亡くして、家を離れて、ガウリ叔父さんの家に引き取られてからもう、何年もたってる。村に帰っても、多分もう何もないに違いない。だから、夢でも、幻でも、もう一度見ることが出来るなら、見たい。

記憶の中では、花で飾られた綺麗な家だったような気がする。

「・・・ん?なんだ・・・?」

近づくと、家の扉の前が村の人で鈴なりになっていた。

ごめん!通して!と、人の波をかき分けて、家の中に入ったら、肩を落とした村長が奥の部屋から出てくるところだった。オレと目が合うと、村長の眼は、気まずそうに伏せられる。嫌な予感に駆け出す。

オレは知っている。この後、起きる全てを。そして、起きた全てを・・・。

「いかん。キラ・・・」

前進しようとする身体を拘束する腕を振り切り、部屋に飛び込む。

ベッドの上には、泥と血にまみれた服の残骸と、父さんが大切にしていた短刀の鞘が乗せられていた。

頭がクラクラして、水を吸った綿のように身体が重い。

これは、あの日だ。

オレが家族を亡くした日。床に座り込んだオレは、なかば、引きずられるようにして、村長の家へと連れてこられた。

村長の家は周りの家よりも一回り大きく、暖炉も立派だ。薪が爆ぜる音を聞きながら、ぼうっと村長の話を聞いている。

いつもは、陽気な気質の村長が、言葉を選ぶように、ゆっくりと語る。

「魔獣に襲われたんだそうだ・・・」

「魔獣・・・」

うん。知っているよ。父さんと母さんは、祭りの用意にと村の人達と隣村に行っていた。

『お土産期待してろ』と、父さんが頭を撫でて。『夜更かししちゃダメよ。戸締りも、しっかりね』と、母さんが笑った。

そして、隣村での用が済み、その帰り道、突然襲われ、父さんは、怪我人を助けようとして、道を引き返し、他の村人の避難を手伝っていた母さんも、村人の静止を聞かず、父さんの所に引き返し・・・。

結局、父さんと母さんを含めた村人4人が死んで、2人が怪我をした。

「すまんな・・・。カナイを止められんかった・・・。エナも・・・事情を聞いて、すぐに、村の者を連れて行ったが、あれしか残っておらんかった。刃の方は捜したんだが、見当らなくてなぁ。なかなかにいい直刃だったから、盗まれたか、崖下にでも落ちたんだろう・・・。」

「・・・・・・」

そうだよ。結局、刃の方は見つからなかったんだ。だから、形見の品として、鞘だけがオレの手元にある。

「・・・ガウリには、連絡した・・・明日の午後にでも、お前を迎えにくる。」

ずっと俯いたままのオレはそのセリフに顔をあげた。

「まだ、お前も小さいんだ・・・一人で生活はできんだろう・・・手紙でよく、頼んでおいた。叔父さんに大人になるまで面倒を見てもらえ。」

どうしてだろう。大事な・・・とても大事な人を一気に亡くしたのに、涙すら出ないなんて。

思うだけで、胸が重くて。息する事すら厭わしいのに。


明日には、叔父さんの所に行くことが決まった。あの家から離れたくないと言っても、まだ、子供だから駄目だと言外にされた。

だから、あの人に、もう一度会いたい。森にのあの場所に、その姿は無くて。

周りを見渡す。広く、深い森だ。

見つかる分けないか・・・と、溜め息をつき、空を振り仰ぐ。赤や黄色に色づく木々の間に、鳥の巣が見えた。今は、もぬけの殻なんだけど、春になると、ショコ鳥という野鳥があの巣に戻ってくる。いつも、父さんと一緒に見に来てたけど、もう、来れないんだ。

そう思ったら、なんだか世界に一人取り残されたみたいな淋しさがこみ上げてきて。気がつけば、涙がぽろぽろ零れる。静かな森に、嗚咽が響く。

もう、慰めてくれる人も、涙を拭いてくれる人もいないのに。俯いて、唇を噛んで嗚咽を噛み殺す。

風が吹くたびに葉が揺れ、地面に光の地図を広げる。

俯き、涙で滲む目に光が飛び込む。

「ん・・・?」

頬を暖かい風が撫でた。涙と鼻水でぐしょぐしょの顔をあげると、ヒュウと風が鳴り、見開いた目から零れた涙を拭っていく。

「・・・?」

目を凝らす。空には何もない。空を見上げても、晴れた青と太陽が目にまぶしいだけ。けれど、なんだか、気配がする。何だろう・・・?

「うっわぁ・・・。」

ぼんやりと空を見ていたら、背中を押されて前につんのめった。

暫しの思考停止。

「あっちに、行けばいいの・・・?」

おずおずと尋ねれば、風がそうだとでもいうように、再び、耳元で鳴り、今度は軽く背を押される。

オレは、ゆっくりと歩き出した。予感がしたんだ。会える、と。何故だか判らないんだけど。

そして、木齢を重ねた大木の前に、あの人がいた。

「あ・・・」

思わず漏れた声に、青年が振り返る。

風に揺れる、真っ直ぐな針金みたいな髪。紅い目がオレを捕らえた。じっと見つめられ、酷く居心地が悪い。邪険にされて、視線も合わせずにいたから、初めて真っ直ぐに目を合わせた。長い沈黙に、たまらずに口を開く。

「あの・・・」

「なぜ。」

「え・・・」

「なぜ、来た。」

静かな目だった。じっと、合わせてもくれなかった視線が返される。

「あ・・・あの・・・。」

なかなか喋ろうとしないオレの様子に、青年の眉が顰められた。思わず、俯いて視線を逸らす。

「あの・・・」

何か話さなければと思うほど、唇が動かない。

貴方は誰ですか?名前は何ていうんですか?何故、オレを助けてくれたんですか?

聞きたい事はいっぱいあるのに。ぎゅっと目を閉じ、深呼吸。覚悟を決めてバッと顔を上げる。

「あの・・・。怪我・・・治ってよかった・・・ですね。」

それだけ言い、ぺこりとお辞儀し、逃げ帰るように家にたどり着く。

だから、オレは知らなかった。その言葉を聞いた時、青年の目が驚きで微かに動いたことを。

村人の去った家はがらんとしていてとても静かだ。

家の壁は、いたる所に蔦が這い、黄色い小さな花が咲いている。そうめずらしくもない雑草の一種だ。何処の家でも、芽が出れば直にでも刈り取ってしまう。でも、母さんは、これに毎朝水をやって育ててた。

「雑草なんて名前、酷いと思わない?一生懸命に咲いたのに、人間の都合で刈り取ってしまうなんてなんてかわいそうよねぇ?」

そう言って、笑いながら。

中に入ると、古い木のテーブルと椅子が3つ。その中の、1つだけ不恰好な子供用の椅子は、オレ用に父さんが作ってくれたものだ。けして器用とはいえない父さんが、それでも苦心して作ってくれた。

到るところに思い出がある。

奥の部屋のベットの上に置かれた鞘を手に取る。幾重もの皮を重ねて縫い、銀の留め具の付いたそれは、父さんの宝物で、オレが成人したらくれるという約束をしていた。

暮れる陽で赤く染まる鞘を、ベッドに膝を抱えながら横目にする。

独りが無性に怖かった。


日が暮れ、僅かな月光が差し込む部屋で、いつまでも膝を抱えていた。

うとうとしていたオレが、それに気づいたのは、うるさい位に鳴いていた虫達が、いっせいに鳴き止んだからだ。

寝ぼけ頭と腫れぼったい目で眼をやると、窓の前、満月を背に、あの青年がいた。そういえば、家の鍵は掛けていなかった。入ってくるのは簡単だろう。それとも、これはオレの淋しい気持ちが見せた幻だろうか。

けれど、今は、どちらでも構わなかった。

僅かな沈黙が流れる。

月光とは違う紅い光を身に纏う青年は、ただの人には見えなかった。あれほど酷かった傷が、もう殆ど無いのだ。

精霊か、それとも魔物か。

けれど、不思議と畏れは感じなかった。声を掛ける事も無く、ただ、見つめていると、低い声が聞こえた。

「オレが・・・怖くないのか。」

「・・・怖くないよ。」

幼いオレが喋る。怖くなんか無い。だって、本当の怖さを知っているから。

独りになることほど怖い事は無い。

遠い過去のこの日、オレの全てが泡のようになくなってしまった。

深い静寂の中、見守るような静かな瞳に、恐る恐る聞いた。

「・・・あの・・・名前聞いてもいい?」

「名前」

「うん。教えてもらってなかったから。ダメかな」

「いや・・・」

「あ。オレはね。キラっていうんだ」

じっと青年を見つめると、やがて。

「名は無い。だから、何とでも、好きに呼べばいい」

「どうして・・・?」

「・・・厭わしかった。だから捨てた」

「厭わしい・・・。」

聞きなれない難しい言葉に、むむむとオレは眉根を寄せる。響きから判断して、嫌いになったからかな?なんて思って。

しばらく考えて、やがて浮んだ名前は、我ながらぴったりだと思った。

「アレクはどうかな?」

「アレク・・・」

「うん。オレの好きなおとぎ話に出て来る、竜の名前なんだ」

嬉々として返すオレとは違い、あまり嬉しそうじゃない様子に気に入らなかったのかと不安げに聞く。

「別の名前がいい?」

「いや・・・。」

「よかった・・・。その竜はね、すっごく強くて、一人で世界を護ってるんだよ」

「護る・・・?」

「うん、えっとね、昔、昔のお話で・・・」

浮上しかけた幼い意識は、母さんが聞かせてくれたように低い抑揚で語る昔話でまた、沈みそうになる。



―――世界に光が生まれ、地上に命が広がりました。

大地には、昼と夜があり、命は穏やかに流れました。

しかし、天高い所に、小さな闇も存在しました。その闇は、だんだんと大きくなり、やがて太陽すら覆い隠すほどになってしまいました。

やがて、地上から昼が消え、夜が続き、人々が光を忘れてしまいかけた時、赤く燃える星が竜に姿を代え、地上に降りました。

竜は、闇を背に乗せ飛びあがりました。太陽を覆い隠していた闇を天高く持ち上げ、どこまでも、どこまでも、高く飛び続けました。

そして、地上には、再び昼と夜が戻りました。―――



「かっこいいよね。昔は、オレ、竜になりたかったんだ。でも、無理だって言われたから、今は、勇者になりたいんだ。」

「勇者?」

「うん。大事な人を護ったりできる勇者に。」

「・・・そうか」

語る将来の夢の、本当の理由を知っているかのように、静かに呟く。

「だから、だからね。勇者になって、守ってあげるよ・・・。友達だから。約束だよ・・・。だから、もう、誰もいなくなったりしないんだ。」

それは、大人から見れば、他愛もない子供の約束だったんだけど、オレにとっては、本当に、本当に大事な約束だったんだ。

「・・・なれるだろうな。お前なら。」

「なるよ。ぜったい。」

与えられたのは温もりと微笑み。

頭を撫でる手は大きくて温かい。父さんの手に少し似てる。冷たく細められる目が、夕日みたいに綺麗だな。って思ったんだ。なのに。

「・・・この日の事は、夢にしよう。オレはお前に会わなかった。お前もオレに誓わなかった。夢と忘れて、けして、思い出す事はない。・・・すまなかった。本当に・・・すまない」

突然襲ったひどい眠気にクラクラする。もっと、いっぱい話したいのに。やっと、話せたのに・・・

とても、優しい声で、冷たい言葉・・・。

けれど、その響きは泣いているみたいに聞こえた。

「やだ・・・忘れない・・・覚えてるんだ。絶対に・・・」

なんだろう・・・?すごく、眠くて・・・。意識を保っていられない。振り仰ぎ見た紅い目が、嬉しそうに・・・すこし哀しそうに細められた。

「だから・・・」

「・・・夢と忘れて、けして、思い出す事はない。もう、二度と・・・」

彼は、まだ何かを言っている。

けど、もう意識を保つ事が出来なくて。

そして。目ざめると、オレは自分のベッドに寝ていて。

朝日の中、不思議と孤独は感じなかった。まるで今まで、誰かがかたわらにいてくれたみたいに。ずっと、頭を撫でていてくれたみたいに。

ずっと、独りじゃなかったんだ。っていう不思議な思いがあった。ずっと忘れていたけど、思い出した。

出会ってたんだ。オレ達は・・・。

約束したんだ。守るって・・・

おき

だから。夢からおきよう。


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