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いつの間にやら偉大な勇者

ラデリアは、パラデア村から、徒歩で3日ほどの距離にある。

村で持たせてもらった食料や水のおかげで、飢えることもなく、獣道をひたすら歩き続け、整備された街道に出たあとは、隊商の一団に混じりながら歩き、オレ達は、今日、めでたくラデリアへとたどり着いた。

ここは、ほんの数十年前に出来た、新興の都市だ。

シリジアという国に属してはいるが、実質上は独立国のようなものである。

街の規模は、年々拡大し、独自の法律まで作られ、違反者や犯罪者を取り締まるための憲兵隊まで組まれた。

そもそも、元はただのだだっ広い平原に過ぎなかったここは、旅人や、行商人達が、1夜の宿にと、ぽつぽつ集まり出したことが、始まりだ。 

地理的に条件のよい場所だったので、商人たちの組合、俗にギルドと呼ばれるものが、国と交渉し、大金をばら撒き、権利を完全に独占した上で、この場所に、街を造り、ラデリア(豊穣の恵み)と名付けた。

そして、スタンフォード山脈から伸びる唯一の街道を整備し、荷馬車の交通の便をよくし、さらに、その街道をこの街で2本に分け、国交の無い、国と国とを繋ぐ事で、物資の流れを作り、商人たちは、更に富んだ。

ラデリアは、名付けられた名の通り、発展を遂げ、今ではもう街ではなく、都市と呼ばれるようになった。

商人たちが、貿易のために拓いた街。

周りをぐるりと城壁に囲まれたここは、別名、貿易中継都市と呼ばれている。そして、その名の通りにありとあらゆるものが流入する。




「とくに、市街地の中心にある市場は、昼ともなれば前に1ミリも進めないほどの賑わいを見せます。お食事所も豊富です。おすすめは、新鮮な食材を使った温かいお袋の味が自慢の、宿屋イズワーフ。また、中央市場では、欲しい品物で手に入らないモノはありません、かぁ・・・すっごいなぁ・・・。」

オレは、読んでいたガイドブックを閉じると丸めて鞄に放り込んだ。

ラデリアに着いて入国料を支払うと、もらえたこれは、最初のページに、ラデリアの周辺の国や山脈、街道の地図が描かれ、2ページ目に、市街地の詳しい地図が、おすすめの店などの宣伝と共に書かれている。

時間は、昼を少し回った頃だったので、市街地の中心に位置している市場は、人で溢れかえっていた。前に進むことが出来ず、人波に揉まれて、まるで、洗濯されてる布のような気分だ。

胸に抱いた荷袋を潰されない様に、庇いながらそろそろと歩を進める。別に、大金などが入っているわけでは無い。その証拠に、この荷物、やたらと重く、時にゴソゴソと動き、おまけに鳴く。そう、中身はアークだ。こういった大きな街には、行商人が多いので、万が一、アークを見咎められてはと思い、ラデリアの手前の森で、荷袋に押し込んだのだ。

それにしても、さっきからちっとも前に進まない。オレは、道に並んだ店を覗きながら行くことにした。

装飾品を売る店先に並ぶのは、透明な石を、グルリと囲うような蔦の葉の細工が美しい銀のブローチ。紫や蒼の石が、はめ込まれた指輪。花をかたどった赤い石の髪飾り。どれも、ビロードの上にきれいに飾られている。

雑貨店の前には、細い木の枝で編まれた籠が積まれ、店内の高い棚には、赤や緑、様々な色で染色された布が幾重にも重ねられている。軒に吊るされた、色とりどりのガラスのビンが、太陽の光を受け、七色に輝く。

物珍しさに、幾度も感嘆の声を上げながら品物を、眺めていたとき、後方から小さな悲鳴が聞こえた。女の人の声だ。続いて、「どけ、邪魔だ。」という男達の声。どうやら、前に進もうとして、突き飛ばしたようだ。この人ごみだ。前に進むのは、至難の業だろうに、人をかき分け、突き飛ばし、罵声を浴びせながら、その男達は、なぜかオレの方に近づいてくる。

「なんだ・・・?一体・・・」

見え隠れする彼らの姿に背伸びすると、先頭の男と目が合った。目の細い、神経質そうな印象の男だ。すると、彼はオレを見て、大きく目を見開くと、こちらを指差して大声で叫んだ。

「いたぞ!!奴だ!!」

とたんに、オレの周りから波が引くように、人が離れていった。

「ええ!?オレ?!」

いったいオレが何をした?ここに入るときの、通行税だって15ぺコラ、ちゃんと払ったぞ!今だって、今夜の宿探しながら、市場を散策してるだけで、ほかには何もしてないし・・・

「まさか・・・」

オレは、視線を荷袋に落とす。いつの間に眠ってしまったのか、ピクリともしない。

(奴らの狙いはシュガか!?)

逃げなくては。バッと左右を見る。さっき見ていた装飾店と、雑貨屋の間に狭い通路が見えた。とっさに走り出す。

「うわあ。ごめんなさい。すみません。通して!退いて!!」

何人かとぶっかり、花売りの女性の抱えていた籠をひっくり返す。

辺りに甘い花の香が満ちた。撒き散らされた花を避け、平謝りしながらも、オレの足は止まらない。

「待て!!お前だろ!!キラっていう勇者のは!?」

「逃げる気か?!俺達と勝負しろ!!」

全力疾走するオレの背に男達の声が掛かる。

(勇者?何の事だ?)

ラデリアについて、そうそうこれだ。オレの知らないところで、何が起こってるんだ?

夕闇が街を染める。

宿屋の呼び込みも言うまでも無く、酒場からは怒鳴り声、何かが割れる音が絶えずに聞こえてくる。

遠くからは、楽の音が響き、暗い路地の入り口に薄布を纏った女性の姿がちらつく。街は昼とは違った顔を見せる。

お袋の味が自慢だという、その宿屋、イズワーフに着いたのは、30分ほど前の事だ。昼、太陽が一番高く上った頃から、傾き、街が赤く染まるまで、オレは、逃げ回っていた。

連中が、執拗なくらいにオレを追いまわしてくれたからだ。おかげで、もうくたくただ。

飛び込んだ古着屋で厚い綿のマントを買い、頭からすっぽりかぶると、道の隅を目立たないように歩く。

(宿屋。どこでもいいから、宿屋・・・)

入り組んだ路地を行き、目に飛び込んだのがここだった。部屋が空いてるというので、さっそく、銅貨5枚を払い、角部屋を借りる。

部屋は意外と綺麗で、シーツからも石鹸の匂いがする。

粗末ながらもベットとテーブルに椅子2脚が置いてある。眠っていたシュガをベッドの下に残し、施錠を確かめると、空腹を満たすために、階下へと下りた。

ここは、2階が宿屋で、下が酒場というつくりになっており、1階は、木でできたテーブルが並び、一日の仕事を終えた男達が酒を煽りながら、騒いでいた。その間を、酒つぼを持った女性達が、あちらこちらへ移動する。

狭い室内は、光源となる獣脂蝋の燃える匂いと、おしろいの匂い、男達の酒気に満ちており、薄暗い奥は、酒のビンが並んだ、カウンターになっている。そのカウンターの隅。騒がしい喧騒を背に、オレは薄汚れたエプロンをかけた、恰幅のいい店主が運んできた夕食を目の前にして、石と化していた。

よりにもよって・・・。

カウンターで夕食を注文して、出てきたものは、計5品。

明らかに火の通しすぎだとわかる、焦げた肉。

 釘が打てそうに硬い黒パン2つ。

 ぬるいイガ豆のスープ。

 紫色をした、謎の果物・・・のようなもの。

 そして、小皿にこんもりと盛られた、スクジーア。

これは、薄切りにしたサルアという果物を、何年も酢に漬け込み、原形がわからないくらいにドロドロにした、酢漬だ。周りのドロドロは酸っぱくて、でも、噛むと苦くて・・・。

なぜ、こんなにも詳しいのかというと、オレの村の特産品だからである。春の暖かい日に、村のお年寄り達が、総出で漬ける。暖かくないと出来ないんだそうで、村中が、酢の匂いに包まれる。そして、1週間ほどは、その匂いが消えることは無い。

オレは、食べ物の中で、唯一これだけは食べられない。というか、体が食べる事を拒否する。これは、人間の食べるものじゃない!!

こみ上げてくる怒りを必死で押えながら、先の欠けたフォークを手にする。そして、それで、小皿を遠ざけると、ホッと肩の力を抜く。

しかし、遠ざけた小皿は、独特の匂いで、強烈な存在感を放つ。しばらく小皿とにらめっこをしていると、ふいに、後ろのざわめきが消えた。続いて、軋む扉の音。誰かが入ってきたようだ。

(ん・・・?誰だ?)

振り向こうとしたオレは、その声が聞こえた瞬間、固まった。

「まったく・・・。これだけ、人数そろえながら、ガキの1匹取り逃がすとはな。」

そう・・・。聞き間違えるわけが無い。昼間、オレを指差したあげくに、追い掛け回した奴だ。となると、一緒にいるのは、あのときの仲間か?集団で入ってきた連中は、カウンターで夕食を取るオレの後ろのテーブルに着いた。

「おい。酒だ。いつものヤツ、5つ頼むぜ~。」

「はぁい。ただいま。」

「だんな方、いらっしゃい。」

いっせいに集まる女性達。やがて、周りの喧騒も戻り、何事も無かったかのように騒がしくなる。どうやら、男達はここの常連らしい。

「もう、ご無沙汰ね。」

「そう言ってくれるな。傭兵っていうのは、名を上げる事が仕事みてぇなもんだからな。」

「おおっ。いうじゃねーか。アーロン。」

そうか。あの神経質そうな男は、アーロンっていうのか。しかも、傭兵だったとは・・・。

(でも、どうしてだ?傭兵なんかがなぜ、オレを追い掛け回した?しかも、名前まで知っていたみたいだし。)

連中から逃げたとき、彼らは確かに、オレの名を叫んだ。次々と浮かぶ疑問に内心首を傾げる。そのあいだにも、男達の会話は続く。

しばらくして、酒が回り出したのか、次第に声も大きく、饒舌になってきた。オレは、一言とて、聞き漏らすまいと、背中に神経を集中させる。

「しっかし、あんなガキが勇者ね。背は、ちびっこいし、この俺を見て、尻尾を巻いて逃げ出すとは情けねえヤツだったな。人違いじゃなかったのか?」

「そうそう。あんなのが勇者様なら、俺は神様ってかぁ!!」

握り締めた手がプルプルと震える。本人を背にし、知らぬとはいえ、好き放題に言ってくれる。ケッ。チビで悪かったな。伸びないもんは仕方ないだろ。ほっとけ!! 心の中で悪態をつくと、スープに浸して柔らかくしたパンを口に放り込む。

「でもよー。俺が見たのは確かにあのガキだったぜ。」

「なあに。何の話なの?」

ぽつりと言ったアーロンに、女性が聞く。すると、今度は、別の男が話し出した。

「3日ほど前に、けっこうでかい仕事が舞い込んできてよぉ。」

「でっかい仕事?」

「おお。街道沿いに魔獣が出て、人を襲ったってゆうんで、憲兵の奴らと退治に行ったら、もう、誰かに退治された後だったんだ。一面焼け野原。どうやったらあんなになるのか。んでよぉ。街道が近いもんだから、憲兵の連中、このまま捨て置いちゃあならねえとか、抜かしやがって、魔獣の死骸の片付けに追われるわ、戦ってねぇとかほざいて、報酬、値切るわで、散々な目にあったぜ。」

ちっとも大変そうじゃない口調で言った男の言葉に、女性の笑い声がかぶる。

「あらら。それは、大変だったわねぇ。」

「ちょっと待て。おめえら、死骸の片付けなんて、アホのする事だって言って、しなかったじゃねーか。それに、何だかんだ文句付けて、先に帰っちまったろ。魔獣の駆逐が仕事だったんだぞ。あのまま全員が帰れば、契約不履行で逆に違約金取られるところだろうが!!」

「おお!?そうだったっけか?よく覚えてんな。アーロン」

「覚えてるも何も、オレはそこで、危うく死にかけたんだ。忘れるわけねぇだろ・・・あんな光景。」

「何なの?何を見たのよ。勿体つけないで早く話しなさいな。」

「・・・こいつらが帰ったあとで、憲兵の奴らと一緒に、焼け死んだ魔獣の死骸を、穴に放り込む作業してたらよ、そんなかの魔獣が1匹、息を吹き返しやがったんだ。それで、ヤツが牙を剥いて襲い掛かってよ・・・。殺されるって覚悟したら・・・」

「したら・・・?」

「次の瞬間、地響きが聞こえて・・・。死んでたのは、俺らじゃなくて魔獣のほうだった。一瞬だ。死骸の前には、ガキが立ってて、俺らに向かってこう言ったんだ・・・。『オレはスコット村出身の勇者でキラという。偶然通りかかって、魔獣に殺されそうになっていたお前達を助けてやった。深く感謝しているだろう。オレは、お前達の命の恩人だから、恩はいずれ形で返せ。しかし、スクジーアはダメだ。あれは、存在してはならんヤツらしい・・・いいな?けして、忘れるなよ。』そんなセリフ、頬に血飛沫つけた真顔で言われてみろ。忘れようにも忘れられないだろう!!今日、街を歩いてたら、そのガキとすれ違ってよ。あっちは気づいてなかったが、もう、心臓が止まるかと思ったぜ。」

「それで、すっげえ顔して、俺らの所に走りこんできたのな。」

男達が一斉に笑う。ドンとテーブルを叩く音がした。

「うるせえ!!」

「あらあら。じゃあ、昨日泊まっていった商人達が噂していた、まだ子供の勇者ってその子のことかしら?」

「知ってるのか。」

「そりゃあ、毎日のように話を聞くんだもの。ほら、レーア街道を通る商人達を襲ってた盗賊団・・・何ていったかしら・・・?」

「グリフォン?」

「そうそう、それよ。そのグリフォンも、坊やが壊滅させたんでしょう。商人達が、危うい所を助けられたって、話してたもの。目立った盗賊を、ことごとく潰してるんですってよ。」

「ま、強いにしろ、弱いにしろ、そんなヤツを倒せば、俺達の名前も一気に有名になるわな。」

「そうだ。そうだ。この辺りに潜んでるんだ。明日、しらみつぶしに捜せばいいさ。」

言いたい事も出つくしたのか、男達はどこそこの女はイケてるだの、最近は、どこもしけてるだの文句を垂れはじめた。

オレは、店主に銅貨を渡し、干し肉を数枚、油紙に包んでもらうと、その場を後にし、2階に上がった。

ドアを開けると、勢いよくアークが飛び掛ってきた。独りで放置したのがご立腹らしい。

「遅くなって、ごめんな。ほら、夕飯だ。」

買ったばかりの干し肉を床に置くとシャーと、ひと鳴きして、あぐあぐと食べ始める。

本当にこいつは飯が絡むと態度をころっと変える。くすりと笑い、ベッドに倒れこむように仰向けになる。

窓からは月明かりが差し込み、部屋を照らす。蝋燭は高いので買わなかったが、読書をするわけでもないので、光源としてはこれで、十分だろう。

(・・・階下で、アーロンと仲間達が話していたことから推測されるのは、誰かがオレの名前を騙っているということだ。では、ラデリアの魔獣退治も、そいつの仕業なのだろうか。しかも、自己紹介のあげくに、恩はいずれ形で返せときた。得するような事もないのに、なぜ、そんなことをするんだろう。それに、アーロンは見間違えるはずがないとまで言い切って、オレを追いかけた。ということは、そいつは偶然にもオレと同じ顔、同じ名前を持った、別の国のスコット村で生まれた赤の他人というわけか・・・?)

そんなまさかな。自分で考えてバカらしくなってくる。そんな偶然が転がっている訳がない。なんとかして、そいつをとっ捕まえる事は出来ないだろうか。何故、そんなまねをするのか、理由を問い詰めてやりたい。

瞼が重い。野宿続きでちゃんとしたベッドで休むのは、久々だ。

多少埃っぽい気もしなくは無いが、地面よりは百倍マシだろう。そんなことを思いながら、オレは、眠りに落ちた。

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